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日記7


 なんだか気はずかしい。


 フィルラムちゃん、心配してくれてありがとう。わたしは大丈夫。


 多分。


 大丈夫でありたいと思う。




 今日も馬車移動です。雨が降ったりやんだり。それに


 ううん。なんでもありません。休憩の時には、〈厄除けの蝶〉を飛ばしているし、大丈夫です。


 イスキア先生、〈手紙の本〉には問題があります。書いたことを訂正できないところです。こちらに書かれたものを修正しても、そちらには記録が残るのでしょう?

 重大な欠陥だと思います。




 馬車での移動は明後日までです。急いでも、急がなくても、その後最低三日は歩かないといけません。なら、馬車での移動はゆったりでいいと判断しました。

 わたし達が焦っていても、試験が巧くいくとは思えませんから。


 集落に辿りつくのが明後日だということです。そこで、暫く、村のひとの手伝いをします。

 前も書きましたね。


 なんだか疲れています。馬車での長時間の移動は、入学前にグルバーツェへ来た時以来です。ノイノ村やトアク村へ行く時は、一日馬車に揺られて、後は歩きでなんとかなります。そのほうが気が楽だし、途中でいろんな薬材を入手できます。

 野営にしたって、たとい〈厄除けの蝶〉がなくても、冒険者をふたり雇えばなんとかなります。


 オークメイビッドに居た頃は、わたしはほとんど、お城から出たことがありませんでした。

 お兄さまに、鍛錬につれていってもらったことはあります。でも、馬にのってでした。馬車には慣れていません。特にこういう、屋根のついた馬車は苦手です。式典の時や、お父さま達について宴などに行く時は、屋根のない馬車が普通でした。宴といっても、宮廷内ですから、馬車で二時間くらいしかかかりません。


 お菓子を食べました。御者さんも一緒です。お馬さんにもなにかあげたいというと、お塩をあげたら喜ぶとおっしゃるので、そうしました。


 どうして気付かなかったんでしょう?

 フィルラムちゃんが、窓があるのに気付きました。前方ではなくて、後方にです。扉に窓がついていたのです。

 わたし達は交互に、そこから外を見ました。馬車のなかも、〈いつもの燭台〉で明るく照らされているけれど、外は光の具合が違います。

 窓を開けて、外の光でこれを書いています。〈終わらないペン〉は巧くできています。少なくとも、今はまだ終わっていませんから。15:12:8:29 ひのきでなく竹 ヴァイデでも?


 あなたはオークメイビッドのお城に興味がある?


 あるひとは読んでね。




 オークメイビッド王城は、敷地内に水を張り巡らせています。お城の本棟を中心に、同心円を描いて、幾つもの堀をつくってあるのです。途中々々に、素敵な陶製の、瀟洒な橋がかかっています。

 堀の内側は、魔法か錬金術で、陶器のような材質になっていて、不用意に落ちたら誰かに助けてもらわない限り、一生上がってこられません。

 昔は、敵が攻め込んできた時、まとまって進軍できないように、という目的で。今は、見た目が綺麗だからなのと、火事に備えて。

 堀と堀は、一部がつながっています。堀の構造を知らないと、迷ってしまいます。


 懐かしい。お兄さまは、雷で弱ったヴァイデの木を、切らないでくれたかしら。


 ヴァイデの木はオークメイビッドの国木です。

 年中収穫でき、実は長期の保存が可能で、葉には解熱と収斂の薬効があり、木そのものも木材として優秀。

 ヴァイデはオークメイビッド王家の理想です。国民のおなかを満たし、病を癒し、道具になる。

 王家というのはそういうものだとお兄さまがおっしゃっていました。


 お兄さまはもう少し、ご自分を省みてくれたらいいのにと思います。

 昔はわたしに王位を継がせようとしておいででした。何度も、魔物退治や、魔法の訓練につれていってくださって。

 わたしが戦いに向かないと判断された後は、オークメイビッドのなかでも一番豊かな領地を持ち、またお人柄のよい、サートゥンさまとの婚約をとりつけてくださいました。オルアム公爵の跡取りでらっしゃいます。

 サートゥンさまはとても素敵なかたですが、あのかたはほかに思う相手がおありのようです。わたしが王女なので、縁談を断れなかったのでしょう。お優しい、気弱なかたです。


 お兄さまもそろそろ身をかためれば宜しいのに。

 お兄さまは王位を継がれます。今玉座に一番相応しいのは、お兄さまだと思います。

 傍で支えてくれるひとが必要ではないでしょうか。

 できれば、フィルラムちゃんのような、朗らかで優しいかたが。




 日が暮れる前に、泉があったので、そこで水浴びをしました。ついでに服も洗ってしまいました。御者さんは馬車のなかです。


 もう少しお城の話をしましょう。

 お堀の話は書きましたね。


 国木であるヴァイデの木は、防壁の傍に沢山植えてあります。初夏と、秋の終わりに、お城の人間総出で実を集めます。その時期以外でも実は採れますが、実が小さいですし、なにより一番量が採れるのが初夏と秋の終わりなのです。

 グルバーツェに来てから驚きました。こちらのヴァイデは、年中、たっぷりと実をつけるのです。オークメイビッドよりもあたたかいですし、土の質が違いますから、それが理由でしょう。オークメイビッドは海に面していますから、潮風に運ばれて、土地には塩分が含まれています。グルバーツェは内陸ですから。


 集めたヴァイデの実は、その日皆で食べる分を除いて、お城の外へ運ばれ、街のひと達に配られます。

 食べる分は、女達で一番外側のさやをとり、洗い、薄皮をむきます。さやは男達が燃やし、その火でヴァイデの実を焼いて、お塩をまぶし、皆で食べます。

 ただ焼いて、お塩をまぶしただけのヴァイデの実は、感激するほどおいしいというものではありません。栗やお芋のほうがずっと甘いし、口当たりや舌触りも数段上でしょう。

 でもヴァイデは、長期間保存しても味が落ちることはなく、悪くならないので食べてもあたりません。たっぷり栄養が含まれていて、それなのに、病で弱っているひとに食べさせても負担になりません。

 街のひとも喜んでいるそうです。お兄さまがそうおっしゃいました。


 春にはヴァイデの葉を刈りとります。それを干して、まちのひと達に配るのです。ちょっとした熱や風邪なら、ヴァイデの葉を煮出して()めば、大概はよくなります。


 ヴァイデのことばかり書いていますね。


 わたしが暮らしていた塔の話をしましょう。

 お城の北にある塔です。名前はついていないと思います。二階は本と、画集でいっぱいです。寝泊まりしているのは三階。一階は、誰かを招いたり、誰かが尋ねて来てくだすった時に、対応する為の部屋です。

 オークメイビッドはとても古い国です。古くからある国。ラツガイッシュが王制だった頃と比べても、それよりずっと昔に建国しました。

 でも、戦いを放棄したのは、つい最近です。五百年程前。他国への侵略を繰り返していた王が亡くなって、内乱が起こり、魔物が多くあらわれて、オークメイビッドは危うく滅んでしまうところでした。

 そこで、絶対に必要な魔物退治と、侵略してくる敵へ応戦することを除き、戦いをやめることにしたのです。


 愚かな人間は前車の轍を踏むのだと、お兄さまの言葉です。

 お兄さまは、せめて自分が生きているうちは、また愚かなことをする王があらわれないようにと、願っているそうです。


 だらだらと下らないことを書いてごめんなさい。おやすみなさい、あなた。




 25:40:39

 ウェイザのみ

 30:39:28

 ウェイザ、レーベ(ヤールでも)


 単一のほうが効力としては低い 効かないわけではないけれど時間がかかる

 複合は効力が高いが劣化の心配

 湿気に注意(〈乾燥剤〉使用のこと)




 〈厄除けの蝶〉を替えました。


 星が見えます。

 月がふとってきました。




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