日記をひもとく 1
アーヴァンナッハは赤面していた。義妹と同じで、はずかしいとすぐに顔が赤くなる。子どものうちに治ったと思っていたのに、ティノーヴァと行動しているうちに、ぶりかえした。
外であのように泣いて、しかも子どもに慰められて、はずかしいことこの上ない。
わたしは疲れているらしいな、と、アーヴァンナッハは思う。海路も尋常ではなかったし(人魚達に船を転覆させられそうになること数多、途中からばかばかしくなって数えるのをやめた)、陸路になってからも、リオディシート大陸とはひと味違う魔物達に苦戦させられた。
スフェアルも、こちらのものは色が違うし、大きい。それに向こうのスフェアルより、刃が通りにくい。それに妖精がどうのこうのと、足止めをくらうことも多々あった。
「アーヴ、ほら、これ」
ティノーヴァが大きなマグを持ってきた。なかには茶色の液体が注がれていて、甘い匂いがする。その香りには覚えがあった。おそらく、イスキア女史に出されたのと、同じものだ。
アーヴァンナッハはマグをうけとったものの、疑いの目で中身を見た。ティノーヴァはといえば、酒と香辛料の匂いがする湯気の立つマグを持ち、隣に座る。
「飯はすぐできるって」
「ああ……」
灯籠亭は今日も繁昌している。
冒険者達が騒々しく酒盛りをしていて、むっとするような酒の香りが漂ってくる。カウンタには、依頼を出したい人間が列を成していた。無口な奥方が対応し、話を終えた依頼人達は満足そうに出ていく。
従業員らしい、十歳くらいの少年と、面差しの似た成人女性が、依頼の紙をはりかえていた。隣国まで行商に行くので護衛についてきてほしいとか、魔物の毛皮がほしいとか、お菓子のつくりかたを教えてほしいとか、そういう依頼がずらりと並んでいた。
人気の酒場というのは本当だ。依頼の数が多い。手数料はかかるのだろうか。義妹達の捜索を依頼するというのはどうだろう。
ティノーヴァはあたためた酒をがぶりとやって、掲示板を見てかたまっているアーヴァンナッハへ、心配げな顔を向けた。「おい、安心しろよ。酒ならはいってないぜ」
「そういう心配をしているのではないが……これはなんだ? ラツガイッシュではよく飲むものなのか」
ティノーヴァは小首を傾げた。
「さあな。グルバーツェへ来てから知った飲みものだ。村では見たことないが、グルバーツェではよく飲まれる。二・三年前に、学校の生徒が考案したものだそうだ。それで、〈魔法茶〉って呼ばれてるらしい。結構旨いし、安いのに栄養がとれるって、金のない駈け出しの冒険者や、食欲が失せてる身重の女、歯がなくなっちまった老人達が、飯がわりに飲んでるぜ」
「成程」
アーヴァンナッハは頷いて、マグに口をつけた。ティノーヴァの情報収集能力は、なかなかのものだ。
こういう人材は得がたいものだな。間違いを認めて謝罪することができ、一応論理立てて喋る術を知っていて、ちょこまかとよく動きまわって情報を集める。それも、義姉の行方に関わりあるかも解らない些末な事柄まで。そういった枝葉末節に思えることが、後々重要な意味を持ったりするのだ。だから、軍にも、報告は些末なことまでしろという。ティノーヴァのような者が居たら役に立つだろう……。
思考が逸れていた。アーヴァンナッハは頭を振る。
「まずいのか?」
「いや。……初めて飲む味なので、旨いかどうかも判断つかぬ」
真実をいうと、ティノーヴァは笑った。〈魔法茶〉は、なにかを焦がしたような匂いがして、とても甘い、ざらつく舌触りの、奇妙な液体だった。
食事をとって、アーヴァンナッハは久々に湯をつかった。灯籠亭には、泊まり客のつかえる風呂場はないので、ティノーヴァも一緒に風呂屋へ行ったのだ。
特段、問題もなく、ふたりはさっぱりして灯籠亭へ戻った。オークメイビッドふうの格好で、いやがられたり蔑まれることが多かったが、服を脱いでしまえばたいした差などない。そもそも、ラツガイッシュとオークメイビッドは、祖先が同じだという話がある。だから、オークメイビッドはラツガイッシュに、どうしても甘くなる。




