義弟と義兄、御者に会う 1
馬車と御者をかしだしているのは、エクレンという商会だった。
食事を終えて、ティノーヴァとアーヴァンナッハは、街に出ていた。日が暮れるまでに時間はないし、日が暮れれば大概の店は閉まる。ふたりは少々急いで、街の南西にある酒場から、北東にあるエクレン商会へ向かった。
道中、お互いが知っていることについて話したが、アーヴァンナッハが初耳だったらしいのは、フィルラムが再度留年したら、即刻魔法学校を退学してノーシュベル村へ戻り、ダエメク樹の世話に専念する、と誓っているということだけだった。ティノーヴァは、この約束には納得していないし、大人の横暴だと思うので、くわしい経緯などは明かさない。
反対に、アーヴァンナッハが知っていて、ティノーヴァが知らなかったのは、メイノエの金銭事情だ。支援がないといっても、メイノエは王女なのだから、服飾品は揃えてやっているのだろうと思っていた。だが、金銭でもものでも、三年間いもうとに送ったことはない、と、アーヴァンナッハは断言した。なんだか悔いているような表情に、ティノーヴァには見えた。
御者は戻ってきていた。無精ひげのある、やつれた、三十歳くらいの男だ。
エクレン商会で、アーヴァンナッハがメイノエの義兄であること、そしてティノーヴァがフィルラムの義弟であることを説明し、御者を呼びつけると、暫くして御者は出てきた。首をすくめ、あおくなって。
エクレン商会はにぎわっていた。客がひきも切らない。商売の邪魔になってはいけないので、傍にある飯屋へ這入った。
昼時を過ぎて、飯屋は客が少なく、がらんとしていた。アーヴァンナッハは御者へ、出入り口近くにあるテーブルへ着くよう促し、ひと渡り店内を見てから自分も席に着いた。ティノーヴァはちょっと逡巡したもの、アーヴァンナッハの隣に座る。この席順でもかまわないだろう。アーヴァンナッハはしっかりしているし、ちゃんとした大人なのだが、義妹のこととなるとやけに動揺する。ティノーヴァは、なにかあったら自分が助けなくばと思っていた。
「本当に申し訳ないことをしたと思って……」
最後にティノーヴァが着席するや、御者は俯いてそういった。義弟と義兄は顔を見合わせ、また、御者を見詰める。ティノーヴァが喋りかけた。
「あの……申し訳ないって?」
「魔物の少ない、街道を行ってたし……」御者はごくっと唾を嚥む。「それまで、魔物と戦うことも、多くなかったんです。丁度衛兵隊と冒険者で、魔物戦をしてから、すぐだったし。メイノエ嬢は、値が張るだろうに〈厄除けの蝶〉を惜しまずにつかってくれて、フィルラム嬢のほうは、ぶつけると燃える玉だとか、そういう、戦いに役立つものを持っていて、魔物と戦う時も一緒で、それに怪我は、メイノエ嬢が治癒してくれて、だから俺、気をぬいていたみたいで、あのほんとに、大事なお嬢さんふたりを預かって、おれ、おれ……」
御者はどんどん項垂れていく。体が資本の御者にしては、痩せている。フィルラム達が行方不明になって、責任を強く感じているみたいだな、とティノーヴァは思う。
「君」アーヴァンナッハが呻くようにいう。「謝る必要はない。悪いのはおいはぎだろう」
「でも」
「とにかく謝罪は要らない。義妹達の様子を教えてほしい。彼女らはその辺りの地理に明るいのか」
アーヴァンナッハの切り口上に、御者は顔を上げた。こんな口をきくけど優しいやつなんだ、とティノーヴァが庇う間もなく、御者は小さく頭を振って喋る。
「いえ。度々、フィルラム嬢から質問されましたから。あの川の名前はなんというのかとか、ここらはどうして小石だらけなのかとか、どういう魔物が出てくるのかとか」御者はもう一度頭を振った。「俺は、何度もあの辺へ行ってますが、川や丘の名前は解りませんし、小石だらけの理由も解らないんで、魔物の話しかできなくて。集落や村の場所をもっとちゃんと教えとくんだった」
御者の口調が湿る。ティノーヴァは唸る。
「ああそりゃ、あいつらしいや。ことあるごとに訊くんだ。どうして? どうして? って。壊れた〈口伝て鳥〉みたいだって、とうさんが」
「ティノヴラセッツェン」
ティノーヴァはぎくっと体を強張らせた。そう呼ばれると、村を思い出す。
義父にくっついてダエメク樹の世話へ行く時、決まってきちんとした名前で呼ばれるのだ。いつもはティノーヴァと呼ぶのに。
その扱いがいやで、この頃はダエメク樹の世話をするのもいやになっていた。昔は平気だったのに、ティノヴセラッツェンと呼ばれるとうんざりしてくる。
だが、アーヴァンナッハにそう呼ばれても、村を思い出しはするが、そこまでいやな気分にはならなかった。オークメイビッドの訛りがかすかにあるからだろう。義父がいうのと違って、アーヴァンナッハのいいかたはやわらかい。
ティノーヴァはしかし、肩をすくめていた。アーヴァンナッハに冷たく横目で睨まれていたからだ。
「……ごめん」
「なにが悪いか、解っているな?」
「ああ。義理とはいえ姉なんだから、あいつなんて呼ばないよ」
ぼそぼそというと、アーヴァンナッハの眼差しが和らいだ。幼い子どもを見るような目だ。子ども扱いが、ティノーヴァは面白くない。
御者の話は長くなかった。
ふたりをのせ、グルバーツェを出た。ふたりの要望で、成る丈安全な道を、ゆっくりめに進んだ。ふたりは仲睦まじく、夜遅くまでお喋りしていることも多かった。
道中、魔物に襲われたこともあったが、御者とフィルラムで撃退した(ほとんどフィルラム嬢がやっつけた、と御者は表現した)。
冒険者も雇わずに大丈夫だったのかと思ったが、それは試験対策であるらしかった。
三年次の修了試験は、村を発展させる、であるとか、辺境の地で治癒院をかまえて自活する、というような、時間がかかり、ひとりでは難しいものが多い。だから、複数の生徒でひとつの課題に取り組む。
そこに冒険者がはいりこむと、この冒険者が働いたのではないか、というような疑いをもたれる。学校側がどう考えているか解らないが、生徒達はそういう認識だ。だから、冒険者はつれていかない。
それだからおいはぎに襲われて行方不明になるのだとティノーヴァは思って、不機嫌だった。
出発して三日目に、おいはぎが出た。全員成年に達していると思しい男で、数は多くなく、また三十歳を過ぎているらしい者は居なかった。何人かは怪我をしているようだったと御者はいう。
アーヴァンナッハが片眉をぴくりとさせた。御者がびくついて、目を伏せる。アーヴァンナッハは、指先でテーブルを二度、叩く。
「怪我?」
「はい。包帯をまいてるやつが……グルバーツェには治癒院があるし、教会でなら安く治癒してもらえるし、……たまに、治癒魔法を学んでる生徒さん達が、無料で治癒してくれる催しがあるんです。だから、包帯をまいている人間なんてめずらしいんで、はっきり覚えてます。あの、あれは怪我の時にまくやつでしょう?」
ティノーヴァは頷いたが、自信はなかった。包帯なんて、直に見たことは数回だ。骨折を治す時に、妙な格好で骨がつながらないよう、おまじないで、あれをまいていた覚えがある。ウィーマルラんとこのヴィゼッラが、骨折しても泣きもしないって、大人が感心していた。
アーヴァンナッハは、包帯に馴染みがあるのか、かすかに頷いた。
「怪我の……特に、出血があるような時に、まく。薬効のある葉や草などをあてた上に。しかし、治癒魔法をつかえる者なら、さがせば幾らでも居るだろう」
「魔法力が足りなくて、治癒が追っつかないんじゃないのか」
「その状態でおいはぎをやるのか?」
ろくに考えもせずに口から出た言葉に、微笑みで返されて、ティノーヴァは詰まる。アーヴァンナッハは微笑みをひっこめて、御者へ訊く。
「馬車は、まわりからはなかが見えないのだったな」
「はい」
「それでは、なかから屈強な冒険者が雪崩を打って出てくる可能性だってあった。それなのに、万全でない状態で襲いかかってくるとは、なかなかの蛮勇だ」
くわしく情況を整理すると、おかしいのは解った。ティノーヴァは組んでいた腕を解き、頭を掻く。アーヴァンナッハが戸惑ったような顔でこちらを見ている。オークメイビッド人は、人前で頭を掻かないのかもしれない。




