義兄と義弟、話し合う 2
ティノーヴァは、無理をするなといって、出ていった。十歳も下であろう子どもに、そんな言葉をかけられたのが、面白い。
アーヴァンナッハは素直に従い、暫く眠った。
昼少し前に目が覚め、今度は食欲もあったので、下の階へおりた。丁度、ティノーヴァが戻ってきたところで、アーヴァンナッハが食事をとろうとしているので、安心していた。
ティノーヴァは当然のように、アーヴァンナッハと同じテーブルについた。食事は、ごわついたパンと、黄色いスープ、ゆでた肉と野菜。粗野だが味はいい。
ティノーヴァは、訊きもしないのに、どこへ行ってなにをしたかを、アーヴァンナッハへくわしく報告した。
義妹達がまわった店を、再びあたってきたそうだ。武器屋も、両替商も、服屋も、アーヴァンナッハに喋ったのと同じことしか喋らなかったようだ。それから、アーヴァンナッハが昨日行き損ねた鍛冶座にも、ティノーヴァは行ってきたらしい。
「フィルラム嬢は鉄を売り、試作品だという銀を幾らか置いて、帰っていった。」それだけだ。
薬種問屋だけは、昨日騒ぎを起こしたので、やめておいたという。
「で、考えたんだけど」
ティノーヴァは匙を振る。「馬車の御者に話を聴けてないんだ。ノイノ村へ行ってるとかで。その御者が、今日明日戻ってくるらしい。そいつに話を聴かないか?」
「……君は、ひとりで調べればいいのではないか?」
アーヴァンナッハは匙で肉をおさえ、小刀で切る。国であれば、二股になった金串があって、それでおさえながら切る。ラツガイッシュにはそういった道具がないようだ。この国は豊かで、発展しているのに、それくらい思い至らないのだろうか。
ティノーヴァは単純明快だった。肉に小刀を突き刺し、持ち上げて、かじる。合理的といえなくもない。
「あんたも居たほうがいい」
「何故」
「俺はレフェト語と、ウル語、ユスニアモラ語はできるけど、ネーラジュ語は少ししかできない。おたくは解るだろ。オークメイビッドのふたつ目の公用語だ」
「ラツガイッシュの者は話さないぞ」
事実、ラツガイッシュではネラージュ語はほぼ、通用しない。
というか、通用している場面もあるが、していないのと同じだ。オークメイビッドが嫌いなのか、わざと解らないふりをする者が多い。どうしてそこまで自国の評判が悪いのか、今まで疑問だったが、義妹に関する根も葉もない噂も原因のひとつだろう。
義妹の思考は解る。オークメイビッドの王女である以上、下手な研究で笑いものになることはできないとでも思っていたのだ。
実際、たいしたことのない研究だったら、反感を買っただろう。だが、義妹は難しい薬なども、幾つかつくってきたらしい。なにをはずかしがるのか……。
義妹の言動が解らないのが気にいらず、アーヴァンナッハは顔をしかめていた。ティノーヴァが普通のことをいうみたいにいう。
「あんたの妹さんも一緒に行方不明になってる。ネーラジュをつかう人間が関わってる可能性も、ないとは限らない」
それなりに考えて喋っているのだな、とアーヴァンナッハは感心した。無鉄砲で直情径行だが、少なくとも自らを省みて、間違いを繰り返さないようにしようと努力する気骨はあるようだ。その言動自体は好もしい。
しかし、アーヴァンナッハは頭を振った。やって後悔する。まだ酒が残っているらしくて、眩暈がしたのだ。
ティノーヴァは表情を曇らせる。
「何故?」
「……君なら解るだろう。わたしも、ここに来るまでで、骨身に染みた。ラツガイッシュではオークメイビッド人は嫌われている。すくなくとも、気にいられてはいない。わたしが君とふたりで、義妹を捜しに動けば、君の妨げになる」
「そんなことはないさ」
ティノーヴァはきつくいい、アーヴァンナッハの腕を軽く叩いた。なんだか親しげに。
「いいか、アーヴ。あんたは間違ってる。たしかに、残念だけど、オークメイビッドに対して悪感情を持ってる人間は多い。俺もそうだった。考えなしで、オークメイビッドは弱虫の集まりみたいな国だと思ってたんだ。それで実際のとこ、あんたは弱虫か?」
アーヴァンナッハは寸の間動かない。しかし、いった。「いや。少なくとも、君よりは相当強い」
「そうだろうとも。骨身に染みたのはこっちだぜ。だから、あんたは弱くないし、オークメイビッドも弱虫の集まりじゃない。……それに、妹さんには、オークメイビッド云々は関係ない。教会でみなしご達や、死期の近い老人達に施し、役に立つ薬をつくり、魔物戦に参加して怪我人の治癒をした」
「義妹はオークメイビッドの王女だ」
「街の人間はそんなの知らない。オークメイビッド出身の感じがいいお嬢さんと、見たこともないわがままな王女さまの、ふたり居ると思ってるんだ。まぬけにもな」
ティノーヴァは肩をすくめる。首の傾げ具合が独特だ。
「それに、俺とあんたはこうして知り合った。お互い、姉妹を捜して。しかも、同時に消えた、今も一緒に居るだろうふたりをな。それで俺達が協力しないのは、おかしなことだぜ。妙な邪推をされたら義姉さんを捜すのにも悪い影響が出るだろう」
それはそうかもしれない。まともに議論できるのだな、と、アーヴァンナッハはちょっと感心する。
ティノーヴァは行儀悪く、スープの皿を持ち上げ、口をつけて飲んだ。片手で大きめの、分厚くて重そうな陶器、しかも中身がはいっているものを、よくもまあ軽々と持ち上げるものだ。
アーヴァンナッハはそれを横目にちらりと見て、匙で上品にスープを掬う。
「君のいうことは、理屈が通っているようだ」
「じゃあ、一緒に捜してくれるのか?」
「ああ」
ティノーヴァは、ほしいものを与えられた幼子のような顔をした。
とりあえず、馬車をかしだしている商会へ行って、ふたりをのせた御者に情況を訊く。その後、お互いの持つ情報を共有する。
それから、日記(と、アーヴァンナッハは認識している)を読んで、今後の方針を決める。
食事が終わるまでに、それだけ決まった。
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