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義兄と義弟、話し合う 1


 アーヴァンナッハはお馴染みの悪夢から目を覚ました。アーヴァンナッハは先王を見取り、自分も魔物に立ち向かう。目が覚めたらくらい平原を魔物から逃げる。目が覚めたらなにかよく解らないものにとらえられて体がばらばらになる。目が覚めたら光を直視していたら目を抉られる。そういう入れ子構造の夢だ。もう慣れているけれど、起きぬけに気分が悪いのはどうしようもない。

 馴染みのないベッドの上だった。

「飯、くえよ」

 椅子に座って、ティノーヴァが食事をとっていた。なにかいい香りと、あたたかい空気が流れてくる。


 アーヴァンナッハは体を起こし、そちらを見た。昨夜、ゴブレットをからにしてから、記憶がない。ティノーヴァはぱくぱくと、なにかの肉を食べている。

 アーヴァンナッハは、頭痛に顔をしかめながら、手櫛で髪を整えた。自分で解いたのか、ティノーヴァがやったのか、寝ているうちに解けたのか、髪を結んでいた紐がない。金髪がさらさらと手からこぼれ落ちた。

 酒など吞むのではなかった。たしかに旨いようだったが、酒は酒、人間の吞むものではない。吞んだ時は楽しいのかもしれないが、明くる朝の気分は最悪だし、頭痛は治まらないし、口のなかにいやな味がある。


 ティノーヴァはアーヴァンナッハを憐れに思ったのか、冷たい水がたっぷり注がれたゴブレットを持ってきてくれた。アーヴァンナッハはそれをうけとり、軽く頷く。体をまっすぐに起こすことができないので、ずっと片手をついていた。頭ががんがんする。「……すまない」

「いいよ。俺が気分が悪くなるような話をしたんだから」

 アーヴァンナッハは否定も肯定もせず、水をひとくち飲んだ。ティノーヴァの話も影響あるかもしれないが、悪いのは酒と、安易にそれを吞んだアーヴァンナッハだ。

 ゴブレットの中身は、冷たくて甘い、おいしい水だった。


 ゴブレットに半分、水を飲み、用足しに立つと、多少楽になった。

 オークメイビッドの人間は、祭りや大きな式典でもない限り、酒を口にしない。人間の分別を失わせ、みっともない姿をさらすだけだからだ。海に恵まれていながら、真水の水源に不自由しないオークメイビッドらしい習慣である。

 海を越えてラツガイッシュに来て以来、食事の度に酒を出されるので、辟易していた。勿論、すべて断ってきたのだが、昨日は義妹(いもうと)のつくったものだったのと、神経が昂っていたのとで、やけになって吞んでしまったのだ。

 後悔しかない。やはり、酒は危ないものだ。


 アーヴァンナッハは食欲がなく、ベッドに逆戻りした。昼までは動けそうにない。ティノーヴァが外套を脱がせてくれたようで、寝違えたりしていないのがさいわいだった。

 アーヴァンナッハは、毛布にくるまりながら、もごもごという。

「世話をかけたようだ」

「いいってば。俺が悪いんだ。あんたに、根も葉もない、妹さんの悪口を伝えて」

 アーヴァンナッハは、椅子にちょこんと座ってるティノーヴァを見る。十五・六といったところか。鍛えているようで、チュニック越しに腕の太さが解る。軍にはいればいい兵になれるだろう。戦いにあこがれがあるようだったし、そうするのだろうか。


 ティノーヴァは頭を掻く。ラツガイッシュの男は大概が髪を短くしていて、アーヴァンナッハは戸惑いっ放しだ。

 神に戴いた体に、必要以上に手を加えるなど、おこがましいことだろう。食事の時や表情を認識するのに邪魔なひげや、作業に支障を来す爪と違い、髪なら伸ばしても問題なかろうに。それに、あのような頭、威厳もなにもないではないか?

「あのさ、金なら心配するなよ。自分の分は払ったから」

「心配などしていないよ」アーヴァンナッハは目を瞑る。「君は善良な人間らしいからな。酔い潰れたまぬけを介抱してくれた」

 ティノーヴァの声が憐れっぽくなった。

「なあ、そう自分をおとしめるようなことをいわないでくれよ。俺は昨日、事情もなにも知らないで、あんたにつっかかったんだ。フィルラムが見付からない、やつあたりだったんだよ。自分のばかな行いを思い出して情けなくなるから、やめてくれ」

 アーヴァンナッハは目を開ける。少年を睨む。「義理とはいえお姉さんなのだから、呼び捨てになどするものじゃない」

「わ。解ったよ。ちゃんとするから、あんたもそう、死にそうなふうはしないでくれ」

 死にそうに見えているらしい。かわった子だ。


 アーヴァンナッハは毛布をひきあげる。顔の下半分が隠れた。ティノーヴァを見ると、表情には安堵があらわれている。わたしの顔を見るのがいやなようだ。

「ティノーヴァ?」

「ああ」

「君は昨夜、どこで寝たんだ」

「ここ」

 ティノーヴァは指で椅子を示した。「あんた、具合が悪そうだったから、ここの奥さんに治癒してもらって。心配だから、見張ってようと思ったんだけど、気付いたら寝てた」

 子どもっぽい口調だ。アーヴァンナッハは、ちょっとだけ笑った。


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