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第10話「名も無き仮面の賢者①」

 シモン・アーシュは、隣国シーニュの僻地(へきち)における、遺跡探索(いせきたんさく)のデビュー戦を終え……

 無事、ティーグル王国王都グラン・シャリオへ帰国、コルボー商会へと戻った。


 持ち帰った『お宝』は、超レアレベルの魔道具、高額の宝石、骨とう品等々……

 鑑定額は、何と! 金貨約1,000枚を楽に突破!

 これはルーキーのデビュー戦にしては、破格の成果である。


 しかしブグロー営業部長以下、コルボー商会側は1か月間、ず~っと休みなしで働いたシモンに対して、ねぎらいの言葉など全く無い。

 「ご苦労様」のひと言さえもなかったのだ。


 それどころか、たった1日しか休みを貰えず、シモンはすぐに出張を命じられた。

 

 ブグローからの指示書を見て、次にシモンが向かったのは、国内。

 ティーグル王国のはるか南方の小村である。

 小村の近郊に新たな迷宮が発見され……

 発掘と採取の権利をコルボー商会が獲得したのである。


 今回もシモンは単独出張である。

 最初は人寂しいと感じていた。

 だが……生来のボッチ体質。

 逆に開き直って、「ひとりで気楽だ」と思えるようになってしまった。


 何故ならば、シモンは仕事のコツを掴んだからだ。

 

 そもそも、コルボー商会の先輩、同輩は全員がライバルである。

 初めて商会を訪問した時、シモンは1階で社員同士の『ののしり合い』を目の当たりにし、大きなショックを受けた。


 「このやろー!」とか「抜け駆けしやがって!」とか、

しまいには「ぶっころしてやる! てめぇ!」などと怒声が飛び交い、殺伐(さつばつ)とした雰囲気にも包まれていたのだ。

 商会の社員が、互いを見る目には殺気がこもっていた。

 それも冗談ぽい殺気ではない。

 相手を踏みつけ、思い切り蹴落としてやるといった『本気』の殺気であった。


 入社してもファーストインプレッションのまま、商会内の雰囲気は最悪であった。

 社員同士、激しいねたみ、そねみに満ちている。

 下手をすれば、風評被害を流されるは、探索の妨害をされるはで、足を引っ張られる可能性だってあるのだ。


 話を戻そう。

 ある程度の『ノルマ』目標の売り上げさえこなせば、部長のブグローは何も言わない。

 後は自由時間となる。

 ボッチで、のんびりしようと。

 シモンはあまりストレスをためないよう、きままにやろうと決めたのである。


 しかし……

 結局シモンは、のんびりとは出来なかった。


 仕事ぶりを怪しんだ商会がシモンに監視を付けたから?

 否、そうではない。


 シモンは『ぼっち体質』と同時に、とても生真面目である。

 そして人が良かった。

 正義感も非常に強く、困っている者が居たら、つい手を差し伸べたくなる性格でもあった。


 今回出張した辺境の小村は、度重なる魔物の害に悩んでいた。

 村民は襲われて殺され、喰われ、作物は荒らされ……

 恐怖のどん底へ叩き落とされ、絶望の淵へ沈んでいた。

 

 しかし……この小村を治める貴族領主は、非情にも放置していた。

 自分達さえ良ければ、他の奴らはどうなろうと構わない。

 

 下賤(げせん)な村民など、魔物に喰われるか、餓死して勝手に死ねと言わんばかりだった。

 たつきの道を完全に断たれた小村はとても貧しく、自前では冒険者ひとりさえも呼べなかった……

 

 小村を害する敵。

 相手はゴブリン数百……

 以前、シモンが『地獄の森』で襲われた相手である。

 あの頃のシモンなら、難儀する村民達へ背を向けて、逃げるしかなかった。

 

 だが、今のシモンの実力なら、ゴブリン数百体など、容易(たやす)討伐とうばつする事が出来る。


 いっちょ、人助けしようと決意した。

 

 しかし……

 表立って堂々と手を貸すわけにはいかない。

 

 人づてに、王都まで話が行き……

 ブグローの耳にでも入ったら、

「仕事時間中に何やってる! しっかり稼げ、おらあ!」などと、 厳しく叱責され、処罰されるからだ。


 それゆえ素性を明かさずに、絶対に身元がばれないよう村を助けてやらねばならない。

 

 シモンは用心深かった。

 このように正体を隠すような事態もあろうかと……

 念の為、顔をフルで覆う仮面を持参していたのだ。

 

 更に予備の革鎧に着替えれば、ぱっと見、王都から来訪したシモンと同一人物だと見抜ける者はそう居ない。

 シモンは、その小村では初見、全くのよそ者だからだ。


 まず迷宮の探索を終え、お宝をゲットしたシモンは、残った時間でゴブリン討伐に臨んだ。

 

 最初、数十体のゴブリンと戦ってみて、確信した。

 かつてシモンを追い回したゴブリン数百体も、シモンの敵ではなかった。


 火属性の攻撃魔法に、数多のスキル、悪即斬の剣技、バスチアン直伝ぶちかましの格闘術等……

 ゴブリン数百体など、単なるトレーニング。

 否、ストレス発散の遊び相手でしかない。


 こうして……

 小村周辺に跋扈ばっこしていたゴブリン数百体は、シモンの活躍により、

 あっという間に瞬殺された。

 

 仮面をつけた『名も無き謎の賢者』が、何の見返りもなく、ティーグル王国の小村を救ったのだ。


 シモンは小村へ戻り、ゴブリン完全討伐を報告した。

 討伐証拠の品はゴブリンのリーダーたる『上位種の首』である。


 村長以下村民達は、剣に突き刺したゴブリンの生首に恐れおののきつつも……

 シモンが魔法で首を燃やすと、平和が戻った事を大いに喜んだ。


「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ! これでようやく! 奴らに喰い殺された孫の仇が討てました!」


 仮面をつけたまま、別人になりすましたシモンの手を……

 しっかりと握る嬉し涙の村民老女。

 彼女に、故郷へ残した母の面影(おもかげ)を見たシモンは、

 心がほんわかと温かくなったのである。

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