第１話「プロローグ 追われる男」
運気ゼロ、しいたげ続けられた不幸男子の大どんでん返し、ざまあ！！と思い切り叫び、新たな環境で前向きに頑張って行く主人公の勇姿をどうぞお楽しみください。
ここは、力を示す剣がふるわれ、不可思議な魔法が行使される世界……
多くの人間が日々、糧を求め働き、一喜一憂して必死に生きる世界である……
一方、未知の精霊、妖精、そして人間に害為す悪魔、魔族、魔獣が跋扈する異界と現世がつながる世界でもあった。
そんな世界の中で……
とある大陸に位置する大国ティーグル王国。
王都グラン・シャリオから馬車で約1週間かかる地に、高い防護壁に囲まれた大きな森がある……
この森は……
うっそうとしていて、見通しがあまりきかず視界の悪い森である。
所有者は王国のある『商会』
少し前に買い取り、防護壁を造り、自社の専用訓練場として可動させていた。
通称『地獄の森』とも呼ばれる悪名高き訓練場である。
生きたまま捕えられたゴブリン、オーク、オーガなど、魔物が放し飼いにされ、
もっぱら戦闘訓練に使用されていた。
この『地獄の森』で、日付けが変わろうとする深夜……
地獄さながら『ひとりの男』が魔物の群れに追われていた。
男は粗末な革鎧を着込んでいた。
まだ若い。
20歳を少しだけ超えたくらい、という年齢である。
この森を所有する商会に入社したばかりの『新人』らしい。
この若い男は革鎧を着込んでいるが、一応は魔法使いである。
魔物とのバトルに全く慣れてないらしく、戦意を完全に喪失していた。
だが、『生への執着』は、しっかりとありそうだ。
ガタガタ震えながら……
必死に逃げる男を追っているのは、おびただしい数のゴブリンである。
「だだだだ、誰かぁ～～っっ！！ た、た、た、助けてくれぇぇ～～！！！」
必死に助けを呼ぶ男の声。
しかし返事は全くない。
聞こえて来るのは、ゴブリンの咆哮と唸り声だけ……
他の獣らしき咆哮も聞こえる。
だが、応える人間は『皆無』であった。
男の絶叫は深い闇へ吸い込まれていくだけ。
どうやら、現在この森に人間は、この男ひとりのようである。
改めて見ても、エサだと男を追うゴブリンの群れは大群だ。
数百体は軽く超えていよう。
荒れ狂うゴブリンは相当腹ペコのようである。
そして……
狩りのやり方を知っているようだ。
逃げる獲物の退路を断つという考えなのか、前に回り込み、若い男をあっと言う間に挟み撃ちしたからだ。
怯える男は、四方を見た。
前にもゴブリン。
後ろにもゴブリン。
そして新たに、右にも左にも回り込んだゴブリン。
若い男を追って来たゴブリンどもの動きは、意外なほど素早かった。
すぐに男は、完全に……囲まれた。
これでは、もう簡単には逃げられない。
１対数百体……
普通に考えれば絶望的だ。
取り囲まれた男は、餌食になるしかないだろう。
男はガタガタ震えながら……
怯えた目で周囲を見回した。
ゴブリンどもは目を血走らせ、大きく口を開け、よだれをだらだらたらし、唸っていた。
取り囲まれた男は……
今にも喰われるというギリギリの土壇場で、ようやくゴブリンの弱点を思い出した。
そ、そ、うだぁっ！
こ、こ、こいつらに！
効果的なのは火だっ！
燃え盛る火が弱点なんだ！
だが、この若い男が行使可能な火の魔法は……
かまどの薪に火をつけるぐらいしか役に立たない、地味な生活魔法だ。
絶体絶命のこの場面では、ほぼ効果はないであろう。
いえおおおおおおおおおおおおおおっ！！！
うぎゃおおおおおおおおおおおおおっ！！！
ひえろうううううううううううううっ！！！
いきなり！
一斉にゴブリンどもがいきり立ち、不気味に大きく咆哮した。
ここで死を目前に、男は張っていた気持ちが突き抜けた。
とんでもなく開き直った。
放つ気合が完全に変わったのだ。
心の中で男は叫ぶ。
このくそヤロぉぉぉーー！！
負けてたまるかぁぁぁぁ！！
このまま喰われて、たまるものかよぉぉぉぉ！！
お、俺は！ 死にたくないっ！ 絶対に！ い、い、生き残るっ！！
つ、強くなって！ 絶対に生き残るぞぉ！！
このままでは、終われないっ！！
俺は若い！！
20歳と少ししか生きていないっ！！
苦労して、自分で学費を稼いで、やっと、学校を卒業したんだあ！
仕送りをして、面倒を見なけりゃならない病弱の母親だって居るんだぞぉ！
人生はこれからっ！！
これからなんだあっ！！
邪悪なあいつらに騙されたまま、虚しく死んでたまるものかぁ！！！
歯をむきだし、迫るゴブリンどもに気合負けしないよう、男も勇気を振り絞り、
大声で咆哮した。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ！！！！ ちくしょうぉぉぉぉ！！！ ぶっ殺してやる～～～！！！！ てめえらあああああああああああっっっ！！！！」
窮鼠、猫を嚙む……という。
ここで、奇跡が起こった。
必死に反撃を試みた男の手から魔法が発動し、放たれた。
火属性の攻撃魔法が発動したのだ。
猛る肉食獣のように咆哮した男の手から放たれた『炎』は弱々しい生活魔法などではなかった。
けして、薪をつけるレベルなどではなかったのだ。
ぐああああああああああああああああああっ！！！
ぎゃああああああああああああああああああ！！！
焼かれるゴブリンどもの断末魔の叫びが辺りに満ちた。
追い詰められ、突如「覚醒した」男から放たれた、紅蓮の猛炎は、
矢のように凄まじい勢いで伸び……
本能のまま、おぞましくうごめいていたゴブリンどもを焼き尽くし、あっという間に炭化させていたのである。
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