8.Close friend
星宮家の風呂場から出ると、俺のものではないジャージが置かれていた。
「それ、お父さんのだからー。ちょっとサイズ違うかもだけど、制服乾くまでそれでガマンしてねー」
脱衣所の扉の向こうから、間延びした幼なじみの声。俺は黙って、肘や膝のあたりが擦れてつるつるになったそれをありがたく拝借することにした。
びしょ濡れの俺を発見した夕月は、家に帰ると言う俺を無視して、自分の家が近いからと半ば無理やり星宮家まで引っ張り、濡れた制服を問答無用で乾燥機にぶち込んだ。そして風邪を引くといけないからと、制服と同じように俺を風呂場にぶち込んだ。
そして、今に至る。
手足のすそが微妙に合わないジャージに袖を通した俺は、廊下に出る。木目が鮮やかな床や柱に、若干色のくすんだふすまに障子。昔ながらの和風の家屋、それが夕月の家だった。
「あ、ハル」
ひょい、と階段の入口から顔を覗かせた夕月がポニーテールを揺らしながら、
「上がったんなら私の部屋に来なよー。湯上がりに冷たい飲み物がありますぜ」
「ああ、うん」
乾燥機はまだゴウンゴウン唸っているし、お言葉に甘えることにする。
ちょっとばかり急な階段を上がって二階。手前にあるのが夕月の部屋だ。
「入るぞ」
「んー、どうぞー」
一応ノックをしてから、部屋の扉を開けた。
「まー適当に座ってよ。くるしゅうない、くるしゅうない」
部屋の主がそう言うので、俺はカーペットの上に腰を下ろす。制服を着替えて薄手のパーカーとショートパンツに身を包んだ夕月は、眼帯をしたサメという風変わりなキャラクターのクッションを抱きながらベッドにゆったり座っていた。
夕月の家に来るのも久しぶりだな。それこそ小さいころは一緒に遊んで、しょっちゅうお互いの家に行っていたっけ。さすがに中学に入ってからはほとんどなくなったけど。
「にしても夕月の部屋、こんなんだったっけ」
ピンクを基調とした家具に、かわいらしい小物。少なくとも、俺の記憶にある夕月の部屋とは違う気がした。
それになんだろう、すごくいい匂いがする。
「ちょっとー、レディーの部屋をじろじろ見ないでくれますー?」
とは言ったものの、とくに咎めるつもりはないらしく、ベッドの上でごろごろの往復を繰り返す。
「お前、あんまり勢いよくごろごろするなよ」
「えー、いーじゃん私の部屋なんだしー」
夕月のJKローリングはさらにスピードを増す。
「そういうことじゃなくて。見えてるぞ、下着」
「うそっ!」
がばあ、とその場に座り直し、ショートパンツの部分をクッションで隠す。
「……見た?」
「そりゃ指摘したの俺だからな」
あんまりごろごろするものだから、ショートパンツがずれてピンクのしま模様が露わになっていた。部屋といい、どうやら夕月はピンクがお好みらしい。
「~~~~! ハルのスケベ! ヘンタイ! エロ魔人!」
「待て。俺は何もしてないだろ」
いわれのない罵詈雑言はやめろ。というかなんだエロ魔人て。
「むー」
夕月は頬を膨らませて恨めしそうに俺を見る。恥ずかしさからか、頬も赤い。原因は自分にあるから糾弾もできない、でも何か言い返したい、そんな顔だ。
「……ねえ」
「ん?」
「その、私のパンツ見て……エッチな気持ちになった?」
「いやぜんぜん」
「なんでよー!」
ベッドの上で膝立ちになり、食い入るようにこちらを見下ろす。
「いやだって、夕月の下着なんて小さいころから飽きるほど見てるし」
一緒に川で遊んだときも、お互いパンツ一丁だった。それは夕月だって覚えてるはず。
「そうだけどー! そうだけどさー!」
納得いかない、そんな風に夕月はサメのクッションをばふばふ殴りつける。やめろ、そいつに罪はない。
……まあ、ほんとは少しドキッとしたことは黙っておこう。自分ではああ言ったが、男女関係ない子どものときとは違う。服の上からでもわかる滑らかな曲線といい、すらりとした脚といい、夕月はもう十分「女の子」だ。