8.Warmth of hands and Starlight
数分経って、私の身体は屋上へと戻った。宙に浮くことは、もうない。
私をつかんで離さなかった彼は、私の横で脱力している。ふたり並んで、柵に背を預けている状態。すると、自然と私の顔は上を向く形となり、
「あ……」
まぶしいほどの、満点の星空。春に彼と眺めたときとまったく変わらず、輝く星粒が広がっている。そういえば今日は一度も空を見上げていなかった。
きゅ。
左手に、温かな感触。手を握られていた。さっきまでみたいに力強いそれではなく、優しく、包み込むように。
「さっき、自分のことを最低だって言ってましたよね」
「晴人君?」
「でも、それは違うと思います」
首を振って隣を見る。けれど、彼は空を見上げたままだ。
「俺は知ってます」
彼は言う。
「『諦め屋』で、依頼人のためにがんばっていたこと。嘘をついてまで、きちんと諦められるようにしたこと」
思い出すように。
「そんなことする人が、自分のことしか考えてないとか最低だとか、あるわけないじゃないですか」
そして、私の方を向いて照れ臭そうに笑いながら、こう言うのだ。
「東雲とばりは、ちゃんと誰かのためを思える人間なんですよ」
「……そう、かしら」
「少なくとも俺は、そう思ってます」
その言葉が引き金となり、頭の中で記憶がよみがえる。
始まりの夜から――今日までの、時間。
きっかけは歪だったけど。
君を諦めさせることばかり考えていたけれど。
それだけじゃなかった。
この4か月、君といた時間の中には。
紛れもなく、君と私だけの時間が、あったのだ。
私が君のことを見ていたように。
君は私のことを、見ていてくれたんだ。
「……」
「部長?」
「こっち見ないで」
私が言うと、慌てたように視線を夜空に戻す。鏡に映したみたいに、私も顔を上げる。お互いの視線とは交錯しないけど、私たちは同じものを見ている。
無数の星明りのせいで、やけに明るい。頬に一筋、温かいものが伝ってきたので、そっとストールで顔を覆った。
「やっぱり星なんて、嫌いよ」
君にこんな顔を見られてしまうから。