7.I lost.
痛いのは一瞬。
一瞬だけ。
それを過ぎれば、楽になれる。
すべてから、解放される。
そう思っていたのに――
「え…………?」
痛むのは、私の腕だけだった。しかも、じんじんと、熱を帯びるような痛み。
たしかに私の身体は夜に浮いている。足だって、ふわふわと黒い海を泳いでいる。
それなのに。
私は重力に引っ張られることなく、地面に落ちることなく。ここにいる。
理由は、見るまでもなかった。
彼だ。
「……っ」
彼が、私の腕をつかんでいる。つかんで、離さない。
「……部長っ」
苦悶の表情。当たり前だ。人ひとりの重さを、両腕で支えようとしているのだから。
「……どうして?」
わからない。
「どうして助けるの?」
わからない。
「今、君が抱いている好意は、私が仕組んだものなのよ?」
わからない。
「私は家族のことを心配するフリをしていて、自分のことしか考えていない、最低な人間なのよ?」
わからない。
「お願いだから、このまま死なせてよ!」
どうして君がこの手をつかんで離さないのか。
「いい加減、諦めてよ!」
わからない――
「とばり!」
「!」
身体に電流が走った。
いつぶりだろうか。こんなにも真剣に私を見て、名前を呼ばれたのは。
「諦められるわけ……ないだろっ」
息も絶え絶えに、彼は訴えてくる。
「誰がなんと言おうと、俺のこの気持ちは……嘘なんかじゃないっ」
身体が少しだけ、浮き上がるのを感じる。
「好きだ」
息が止まりそうになる。それこそ、時間が止まってしまったみたいに。
「俺がそばにいます」
言って、まっすぐこちらを向く。私の視線と、交錯する。
「俺のそばにいて……生きて、生きて、生きて……たくさん生きて。死ぬのは、それからにしてください」
それまでずっと、俺が一緒にいますから。
「だから――」
「死ぬことを、諦めてください」
――嗚呼、そうだった。
君は、誰よりも諦めが悪くて。
どれだけ無様でも、最後まで足掻こうとする人なんだ。
そんなこと、私が一番よくわかってるはずだったのに。
「……そうね」
時間が再び動き出す。息を吸って、吐いて、私は言う。
「諦めるのは、私の得意なことだったものね」
最初から、私の計算は間違っていた。
君が好きになった時点で、こうなることは必然だったのだ。
「今日のところは、私の負けよ」
そう言って、もう片方の手で、私は屋上の端をつかんだ。