6.Distant memory
「それじゃあ、いってきます」
制服姿の弟は、いつもより早く玄関に立っている。
「気をつけるのよ?」
「わかってるよ。姉さんこそ、今日実力テストなんでしょ? 大丈夫なの、ぼくなんかの見送りしてて」
「心配はいらないわよ。今回もばっちりだから」
「おおー。さすが、昨日も諦め悪く、夜遅くまでがんばってたもんね」
「こら、そっちこそ修学旅行の前日に遅くまで起きてるんじゃないわよ」
まさか見られていたなんて。
「あはは、ごめんて」
私の小言が続くと思ったのか、弟はドアを開ける。待ちに待った修学旅行に、声もどこか弾んでいる。
「あ、そうだ姉さん」
「なに?」
「姉さんの学校、屋上に上がって星を見てもいいんでしょ? 今度連れてってよ」
「らしいけど、天文部じゃないから入れないわよ?」
「そこはまあ、生徒の権限とかでさ。お願い、一度でいいからさー」
こっちを拝んでくる。こうなったときのこの子は頑固だ。
「はいはい。帰ってくるまでには考えとくわ」
「よっしゃー。約束だよ?」
にっ、とうれしそうに笑う。太陽みたいに明るい笑顔。
「わかったから、電車遅れるわよ?」
「やべ。それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
玄関の扉が、閉じられる。
どこにでもあるような、姉弟のなんてことのないやりとり。
これが、あの子と交わした最期の会話になるとも知らずに。
夜空に身を投げたこの瞬間でも、記憶は鮮明によみがえってきた。忘れることなど絶対に許さないと言われているように。胸の奥深くに、楔が打ち込まれているように。
……ごめんね。
あんまりお姉ちゃんらしいことしてあげられなくて、ごめんね。
お願い、叶えてあげられなくて、ごめんね。
さみしい思いをさせて、ごめんね。
今、私も行くからね。