11.The method to give up
それから、俺はわけもわからないままグラウンドに連れ出されていた。
陸上部がいつも練習しているスペース。いつもならかけ声や砂埃が舞っていであろうその場所は、静けさに満ちていた。
「気を遣わなくていいぞ。部活は午後からだからさ」
「いや、俺が気にしてるのはそこじゃなくて」
訊きたいことは他にある。しかし俺の言葉を無視するように、
「それで、晴人は東雲先輩に、戻ってきてほしくないのか?」
なんて問うてくる。
さっき部室で言った依頼内容――俺に部長のことを諦めてほしい。そのための問いであることはわかる。だからといって、いきなりすぎる。
「その前に説明して――」
「いいから答えて」
遮るは夕月。誤魔化すことは許さない、とでも言うように。
だが、俺の答えは変わらない。
「……部活をやめるのは個人の自由だ。俺がどうこう言うことじゃないよ」
こんなのは建前の正論でしかないことは、わかっていた。だが、今の俺――部長の事情を知ってしまった俺は、やっぱり彼女に会う意味も、かける言葉を見いだせない。
「そうか……」
俺の答えに、昴は小さくつぶやく。今ので理解してくれたはずだ。だからこれ以上、不毛なことはやめよう、そう言おうとしたとき、
「それでも晴人にはきっぱり諦めてもらうぜ」
こちらをまっすぐ見据えて、言う。
「なんで」
「でないと、俺も想いを伝えられないからな」
「昴……?」
「俺は、東雲先輩のことが好きなんだ」
少しの澱みもなく、告げてくる。己の気持ちを。
知らなかった。まさか昴が、部長に恋心を抱いていたなんて。
「本当、なのか?」
「わざわざ呼び出しておいて、嘘なんか言うわけないって」
「……いつから?」
「はっきり自覚したのは、この間の遊園地かな。そこで俺は気づいたんだ。あの人が……好きだってな」
少し照れ臭そうに言う。
「東雲先輩がどうして天文部をやめたのかは知らないけど、俺は向き合う。どんな理由だとしても、東雲先輩がどんな人だとしてもな」
声は決して大きくないが、決意がこもっている。誰にも曲げさせはしないという、信念を感じた。
「だから、晴人にはちゃんと諦めてもらわないと、俺が困るんだよ」
ようやく、昴が言いたいことが理解できた。
自分が気持ちを伝えるためにも、俺には完全に部長のことを諦めてほしいのだ、と。
「……どうやって?」
「勝負をしようぜ」
言って、顔を横に向ける。
そこには、石灰で引かれた直線――普段陸上部が短距離走を練習していると思しきレーンがあった。
「今から百メートル走をする。それで……負けた方が東雲先輩のことを諦める」
俺は気づいた。昴が勝負の方法として、陸上部が断然有利な短距離走を選んだ理由を。
俺に、どうあっても諦めさせたいのだ。そして、俺が負けても仕方ないと思える方法を、選択したのだ。
「もういいって思ってるなら、別に断る理由もないだろ?」
有無を言わさない真剣な表情で、訊いてくる。
ここまで決意を固めた友人に、今さら上っ面の言葉や理屈は必要ない。それは、『諦め屋』としての依頼かどうかなんて、関係ない。
だから、俺は静かに首肯する。
「……わかった」




