10.Request in heat haze
翌朝、俺はスマホの着信音でたたき起こされた。
「誰だよ……」
寝返りをうち、手探りで枕もとにあるスマホをつかみとる。ほとんど閉じきった目に映った画面には、見知った名前が表示されていた。
『ハルってば、出るの遅すぎ』
「お前が朝早すぎなんだよ。どうしたんだよこんな時間に」
まだ朝の七時、まだ夏休みは始まったばかりだぞ。新学期には早すぎる。
『今から来て』
「どこへ?」
『部室。天文部の』
「はあ? なんで?」
『いいから』
「いや、だから――」
ぶつり。一方的に切られた。画面には無機質な「通話終了」の文字。
「なんなんだよ……」
かけ直して説明を求めてもいいのだが、電話口のあの調子じゃ意味がないことは容易に想像できた。仕方なく、俺は手早く制服に着替えて準備をする。
そして自転車を飛ばすこと十五分。部室に到着したのは午前八時前といったところだった。
扉を開けると、まだ朝だというのに昨日と変わらない熱気が俺を迎える。そして部屋の中には、腕組みをした夕月の姿。
「遅い」
「お前なあ……」
これでも全速力で来たんだぞ、と文句の一つでも投げつけてやろうと思った瞬間、
「よっ、晴人」
「昴?」
どうして昴がここに?
「悪いな朝早くから。用があるのは俺なんだよ」
あははと笑って言う。なら直接連絡してくれたらいいのに。
「ここが『諦め屋』なんだな」
「なんだ、知ってたのか」
まあ、この間夕月の依頼にこっそり協力していたし、昴が知っていても不思議ではない。
「実はな」
いつの間にか俺の方を向いている昴。だが、先ほどまで顔に浮かんでいた笑みはなかった。
「依頼したいことがあるんだ」
「依頼?」
昴が何か諦めたいことがある、というのか。だが。
「来てくれたところ悪いんだけど、『諦め屋』はもうやってないんだよ」
「東雲先輩がいないから、か?」
「そうだけど」
なんで部長がもう天文部にいないことを知っているんだ、という疑問を考える間もなく、昴は言葉を続ける。
「それなら問題ないぜ。俺が依頼したいのは……お前のことだからな」
「俺?」
いまひとつ言葉の意味がわからない。
「俺に何を諦めてほしいっていうんだよ」
訊くと、昴は表情を変えないまま、言った。
「晴人には、東雲先輩のことを諦めてほしいんだよ」