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7.The past

 とりあえず、この話題(コイバナ)を続けるのはやめよう。そう思って俺は咳払いをした。


「ま、まあ部長はあんまり友だちとか家に呼んで遊ぶかんじには見えませんしね」

「でも以前のあの子は、時々友だちを家に連れてきたりしてたのよ?」

「え?」


 俺の知らない部長の一面を聞かされて、戸惑う。あかねさんがグラスに口をつけると、氷が軽快な音を立てた。


「いろんなことに積極的で、勉強も運動も力の限り取り組む……そんな子だったわ。どんなにきつくても、諦めたり投げ出したりはしなかった」


 語尾に違和感を覚える。先ほどから茜さんの言葉はすべて過去形だ。たしかに、俺の知る部長とは真逆だ。


「もう一年も前のことになるわね」


 俺が訊こうとする前に、茜さんは語り始める。その目線は、俺ではなく俺の背中の先に注がれていた。振り返らずとも、俺には彼女が何を見ているのか、察することができた。

 リビングに通されて、座る前に目に入ったもの。和室の奥。


 仏壇。


「あの子には、弟がいたの」


 ぽつぽつと、茜さんが語り始める。俺はそれを、黙って聞く。

 口をはさむ余地などない。はさめるはずなどない。視線の先にある仏壇。「いた」という言い回し。どんなバカでもここから先は想像がつく。


 茜さんの話を要約すれば、こうだった。



 部長には一つ年下の弟がいて。

 喧嘩することもあったけど仲の良い姉弟で。

 部長と同じ高校を目指して受験勉強をがんばっていて。


 約一年前、中学三年修学旅行の時に――バス事故の犠牲になった。



 茜さんはありのままの事実だとして、滔々《とうとう》と語る。


「正確には今でも『行方不明者扱い』なのよ」


 ニュースでも大きく報じられていたし、当時は受験勉強の一環で新聞をよく読んだりしていたので、俺も記憶している。たしか行方不明者は、中学生二人だったはず。そのうちの一人が、部長の弟ということになる。

 そこで、俺はようやく感じていた妙な感覚の正体を悟った。この家は、欠けてしまっているのだ。本当ならいるはずだった家族がもういないという、決して満たされることのない、ぽっかりとあいた穴が。


「捜索も、もう打ち切られてしまったけれど」


 山間部で起こったバス転落事故として大々的に捜索活動が行われていたことは、連日報道されていたので知っている。が、月日が経過するにつれてニュースに取り上げられる機会は減っていった。なので、捜索が打ち切られていたのも初耳だ。


「警察も地元の人も、全力で捜してくれた。その結果だもの……私も、夫も、受け入れるしかなかった。……けど、あの子は違ったわ」


 茜さんは目を細める。視線の先に、当時の部長の姿を見ているようだった。


「弟はまだ生きてるはずだって、捜せばきっと見つかるのにどうしてって、家に説明に来た警察の人に食ってかかってた。警察が捜さないのなら私が行くってきかなかったのを、なんとかして止めて」


 想像もできなかった。少なくとも、俺の知る部長は何かに対して取り乱したりするような人物ではなかった。


「あの子に何度も言われたわ。……どうして諦めるんだって。家族が諦めたら弟はどうすればいいんだって。

 でも、もう受け入れるしかなかった。私も夫も、もう大人だもの。どんなに辛くても、駄々をこね続けるわけにはいかない。大勢で捜してどうにもならかったことを、私や家族数人でどうにかできるわけがない。そう言い聞かせてきたわ」


 そこまで言って、茜さんはグラスのお茶を飲み干した。残った氷と、グラスにはりついた水滴がいやに輝いて見えた。


「それから、あの子とはほとんど話さないようになったわ。以前と違って、勉強とか、いろんなことをがんばる様子も、なくなった。……今日みたいに黙って学校に行かないようになったり」

「……」


 俺はただ、黙ってそれを聞いていた。聞くしかなかった。行き場をなくした両手は、ずっとグラスを握りしめていた。

 俺のグラスに入った氷は、すっかり溶けきっていた。

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