3.ex-client
夕月と別れた後。ペットボトルを捨てるために自販機コーナーに行くと、見知った顔の先客がいた。
「桜庭、先輩?」
「奇遇だねー」
笑う彼女の肩からは、大きめのスポーツバッグがさげられている。
「これから部活ですか?」
「うん。暑いから休みたいってのが正直なところだけどね」
なんて言って苦笑する。暑さ対策なのだろう、ふわふわの茶髪はおさげに結われている。
「あ、そうだ。宵山君、何飲みたい?」
「え?」
「ほらほら、好きなの選んで選んで」
ピンク色のかわいらしい財布から500円玉を投入すると、自販機の前に手招きする。
「いや、悪いですよ」
「悪いことなんかないよ。これはお礼」
「お礼?」
「そ。依頼を解決してもらったお礼」
その言葉に、俺は胸がチクリと痛むのを感じる。
桜庭先輩の依頼に関して、俺は何もできていない。かといって、真実を告げることもできない。お礼をされる立場になど、到底ないのだ。
「まあ、お礼がジュース1本じゃあ不満かもしれないけどねー」
「そ、そんなことないですって」
「じゃあ遠慮なんてしなくていいから、ね?」
「えっと……」
自販機をチラ見すると、すでに全てのボタンを緑に点灯させ、俺を待ち受けている。その隣には、ニコニコ顔の桜庭先輩。さすがにこの状況で断れるわけ、ないか。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
遠慮がちに、アイスコーヒーのボタンを押す。
「すみません、いただきます」
「お礼なんだから、そんなにかしこまらなくてもいいのに」
桜庭先輩は出てきたお釣りでポカリを購入する。喉が渇いていたのか、すぐさまフタを開けて飲み始めた。
「ぷはー。おいしー」
なんて言う先輩の笑顔はまぶしい。依頼の時は強張ったり沈んだ表情ばかりだったので、少しだけ戸惑ってしまう。だけど、こっちが先輩の本来の姿で、やり方はどうあれ、一度消えかけたけれど取り戻すことができたものだ。
そしてそれは、俺ではなく部長の力で取り戻したもの。
「そういえば『諦め屋』やめちゃったんだって?」
「え、なんで知って」
「今日、天文部に行った子がいるでしょ? その子、私の中学の後輩なの」
なるほど。さっき訪れた女子生徒は、桜庭先輩の紹介でやってきたのか。
「東雲さんとケンカでもした?」
「いえ、そういうわけじゃあ」
別に喧嘩したわけじゃない。『約束』の果てにそうなっただけ。かといってそれをそのまま話すわけにもいかない。うまく出てこない言葉を、俺はアイスコーヒーで流し込む。
「たしかなのは、部長が部室に来なくなって、話す機会がなくなったってことですかね」
あの日――部長が退部届を渡してきて部室を去った日から何度も二年生の教室を訪れたが、すべて空振り。スマホでメッセージを送っても、いわゆる「未読スルー」。
「今日にいたっては学校も休んでましたし」
明日からは夏休みなので事実上、学校で会う機会は失われたといっていい。
「まあ、部長はもう俺と会うつもりはないってことなんでしょうね。……部長がそのつもりなら、しょうがないかもです」
「そっか……」
桜庭先輩は、俺の方を向かずに空を仰いでいる。
「宵山君は、東雲さんには会うつもりはないの?」
「……そうですね」
部長は『約束』の負けを自ら認め、自分の意志で天文部を離れていったんだ。そんな彼女に、俺が言えることなんて、たぶんない。
「……なんだか、宵山君らしくないね」