10.A Photo
何度か経験しているとはいえ、この瞬間は慣れなかった。
放課後の部室。二つ並べたパイプ椅子に座るのは、俺と部長。
学習机を隔てた対面に同じように座すは、依頼人。つまりは桜庭先輩。
『諦め屋』が依頼を受けてから一週間後の今日。依頼人に結果を報告する日。
まだ日は高い時刻のはずなのに、辺りは薄暗い。朝からしとしと降り続く雨は、まるで桜庭先輩がここにやって来た日を再現しているかのようだった。
今日、この人は、諦めることになる。
いや、諦めさせることになるのだ。
それはどう言い繕ったところで、否定できない。
だけど、俺はまだわからなかった。部長が、一体どうやって桜庭先輩を諦めさせるのか。
ちらりと、横目で隣を見る。黒い髪先の隙間からは、いつもと変わらぬ落ち着き払った表情と、澄んだ黒い瞳。そこから彼女の考えを窺い知ることはできない。
猫探しに躍起で部長と話す機会もほとんどなかったこともあって、結局部長からは今回の依頼に関する結論について何一つ教えてもらっていない。俺が依頼内容とは正反対の行動をとっていたからか、それとも単に信用されてないからか……。
「……」
今度は、桜庭先輩の方に目を向ける。唇をきゅっと引き結び、表情は強張っている。緊張からか、微妙に呼吸のリズムもどこか不規則に聞こえる。
雨音だけが空気を震わす室内で、最初に口を開いたのは、やはり部長だった。
「それじゃあ、いいかしら?」
依頼人への問い。それに答えたら、本当に後戻りはできない。
「……はい」
だけど桜庭先輩は、首を縦に振った。引き返せない一歩を、踏み出した。
「わかったわ。でもその前に」
部長は言うと、首に巻いたストールに軽く触れ、俺の方を向いた。
「この一週間、晴人くんが猫を探していてくれたのよ。念のために、ね?」
「えっ、そうなの?」
まさかこっちに話を振られるとは微塵も思っていなかったので、俺は反射的にうなずいた。
「桜庭先輩が聞き込みをしたのとは違うところで、聞き込みをしました。……でも」
俺は必死に言葉を選ぶ。けれど、出てくるのは紛れもない事実を伝えるものだけで。
「でも、見つかりませんでした」
「そ、そうなんだ……」
桜庭先輩の瞳が一瞬、一筋の光明を見つけたかのように開かれたが、俺の言葉を聞くや否やすぐに目を伏せた。
「すみません……」
「あ、謝らないで。むしろ探してくれて、ありがとう……」
消え入りそうな声を聞いて、俺は自分の無力さが嫌になる。机の下で、拳にやり場のない力を込める。
俺がもっとがんばっていれば――
俺にもっと力があれば――
「そのうえで、私たちは一つの結論に辿り着いたの」
俺の思考を遮ったのは、部長の言葉だった。一つの、結論?
部長の話についていけない俺をよそに、部長は制服の胸ポケットから一枚のはがきサイズの紙を取り出して、机の上に置いた。
それは、写真だった。




