幕間 吾輩は■であります
予告です!
近日、大幅改稿に伴い投稿済み部分全てを再投稿し直します。まだ未投稿の部分も含め、第二章終了か第三章序盤までの部分を一気に更新する予定です。
本文はその改稿内容のチラ出しです。第一章と第二章の間の話です。ボコボコにされた例のオッさんが大活躍するぞ!
よし、これでエタ回避したな(小声)
夜。
屋根と壁と家畜用の鎖があるだけの、粗末な家畜小屋。
明かりは灯されていない。
虫の鳴く音だけが、静かに鳴り響く。
「クソッ……あの恩知らずめが……」
痛め付けられ、鎖に繋がれ死を待つだけの身勝手な男は、未だに自身を客観視出来ていなかった。
散々ストレス解消用サンドバッグとして扱われ、打撲、切り傷、刺し傷、様々な手段によって痛め付けられ、文字通り二度と見れない悲惨さまでいたぶられていた。
両手足の枷は食い込む程に強く締め付けられ、静脈が詰まり鬱血した事で手足が変色していた。爪は全て剥げている。
「ここまで育ててやった恩をなんだと……」
ただ金だけを与え放り出す事を養育とは言わない。
「ガキの面倒などという雑事を貴族がやるものか」
中世の水準から見ても放任が過ぎていた。
「親に対する礼儀というものを教えてやっただけではないか」
親に対する礼儀を問える者は、親の義務を満たした者だけだ。
「それをあのような癇癪を起こしよってっ」
癇癪を起こしていたのは実娘に裸で土下座をさせた方だろう。
「あの薄汚い賎民の小娘が吹き込んだに違いない……」
ここまできて尚、自身に非は無いと信じ込んでいる。
「驚いたであります」
「……ッ!?」
「ここまで反省しない奴は久々に見るでありますな。てゆーか馬耳東風?」
闇夜、何処からともなく聞こえた場違いな声に怯える傲慢な男。
「わ、わかった、も、もうやめてくれ!私が悪かった!」
先ほどまでの威張った虚勢は途端に剥がれ落ちる。責め苦が余程堪えたようだ。
「そう言われましても、先の発言を聞いて信じるのは無理があるであります。てゆーか駟不及舌?」
姿無き声に怯える惰弱な男は辺りを見回す。不労貴族の夜目が効く筈もなく、声の主を見つける事は出来ない。
「ああ、見えないのでありますか……夜目の効かぬ人間の中でもとりわけ盲な奴でありますな。……姑娘!」
謎の声が何者かに呼びかける。
途端、夜闇に何百もの光点が浮かび上がった。光点は蒙昧な男を完全に取り囲んでいる。
「ひぃぃぃっ!た、たすけてくれぇっ!」
軽薄な男は突然の正体不明の現象に恐怖する。
逃げようとするが、鎖が虚しく鳴り響くのみ。
「よく見るであります。お前の濁った眼であっても物を見る位の事は出来るでありますよ」
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
息を切らしながらも幼稚な男は必死にその光点を見る。怠惰な男も生命の危機を感じては流石に勤勉になろうともいうものだ。
光点により増した光量によって、陰湿な男にもその輪郭が薄ぼんやりと見えてきた。
「……ね、猫、だと?」
なんという事はない。正体不明の光点の正体は、ただの百匹以上の野良猫の眼光であった。猫の目が光る現象も、夜の暗い野外に出る事の少ない無知な男には慣れぬ物であったというだけだ。
百匹以上もの野良猫が集まっている状況は、それはそれで異質で危険なものではあるのだが。
「にゃあ」「なあ」「にー」「みゃー」「みー」「なあ」「みー」「にー」「にゃあ」「みゃー」
猫達が拍の合わない不規則な合唱を始める。
猫達の隙間から、ぞわりぞわりと触手状の何かが多数伸びてくる。
「ひ……」
先程まで騒がしかった臆病な男も、異様な雰囲気に呑まれ声をあげる事すら出来ない。
「我々は復讐者。我々は混沌を齎す者。我々は闇に棲む者。我々は貌無き者。血塗られた舌。野獣。嘲笑。」
触手が這い寄ってくると同時に、声の主らしき人物、とは言っても形態がどうやら人間に近いらしいという情報しかないのだが、が足音もなく歩いてくる。その人物が手に持っているランプと猫達の目による光で、漸くその者の姿が見てとれた。
「吾輩は、ニ■■■■■■■■■・■■■。復讐の代行者であります」
名乗りの不可解な発音は言語として聞き取れない。
「見ての通り、吾々は猫であります。てゆーか一目瞭然?」
不気味な光景に似合わぬ猫耳少女が立っていた。
★★★★★★★★★★★
──それが尾であると気付くまで、暫し時間がかかった。
緑を基調とした侍女服を纏った少女。金色の髪は長く、膝の辺りまでふわりと伸びている。エプロンの中央には、三本の引っ掻き傷のような赤色のマークが大きくあしらわれている。靴や靴下を履いておらず裸足であり、足に付着した泥も合間って服の清潔さとは不釣り合いに見える。
一見、少し奇抜な格好をしただけのどこにでもいる普通の少女。
ただし、触手と見紛う程長く曲がりくねった猫の尻尾が多数生えている事、頭頂部の猫耳を除けば。
無論、猫耳と尻尾があるだけでは猫とは言えない。しかし、見ての通りではないだろう、などと問いかける度胸が臆病な男にあるはずもなく、ただ口を開閉させるのみ。
「復讐したい相手はいるでありますか?」
「……は?」
「ですから、復讐でありますよ、復讐!吾々『クロネコサバト』は対価の提供に応じて復讐を代行する者、要は復讐代行業者であります!てゆーか報仇雪恨?」
物騒な自己紹介をする少女。
「どういう事だ……」
「お前だけでは無いであります。死にゆく人々、虐げられた人々、または平和に暮らしている人々でも、誰しも復讐したい相手はいる物でありましょう……しかし、復讐を為すだけの力を持たない人々は、今日も悔し涙を飲み込み、苦しみを抱え込んだまま。願いが届く事もなく、彼らを苦しめた悪鬼どもがのうのうと生き永らえているであります。ああ、何と理不尽な事でありましょうか!世界は何と残酷なのでありましょうか!これでは、彼らがあまりにも可哀想であります……」
少女は拳を握り締め、暑苦しい演説を展開する。肝の冷めるような状況との温度差が激しい。
「そ、こ、で!吾々は思いついたであります!力無き人々に代わって、我々が復讐を行えば良いと!これは我々の慈善事業、社会奉仕であります。復讐したい相手がいる?でも復讐する為の力が無い?そんな時は、吾々の出番であります!吾々に対価を捧げれば、あなたに代わって復讐成就!殺害、拷問、何でもござれ!苦しみの元となった罪深き罪人は裁かれ、抱え込んだ苦しみは解き放たれるであります!……ご理解いただけたでありますか?てゆーか飛込営業?」
なんだ、こいつは。無徳な男も困惑した。悪辣な男であっても、きな臭い相談を表立って持ちかける奴に碌な奴がいない程度の常識はあった。裏でこそこそとやってこそバレないのであり、表で堂々とやるなどバカのする事だ。
第一、ただの少女の姿をした相手との商談など信用不可能だ。頭のおかしな非力な女が吠えているだけにしか見えない。
「怪しい奴め」
「まあ、妖しい奴ではありますね」
「そもそもどうやって入ってきた。見張りがいたはずだぞ」
「ああ……」
少女が小屋の入り口の方向に振り向き、猫特有のゴロゴロゴロと低い音で喉を鳴らす。
ドサッと何かの倒れる音。
「人間は寝る時間であります。てゆーか蚤寝晏起?」
倒れた物は眠らされた見張りであった。その横で猫達の一匹が無関心に毛繕いをしている。
滑稽な男が息を呑む。
「実行能力がある事は理解いただけたでありますか?では、商談に入りましょう」
★★★★★★★★★★★
「確かに、復讐したい相手はいる……だが、対価は何だ。魂というのならお断りだ!」
愚鈍な男であってもそこをまず警戒する。目の前の相手は、野良猫共を従え異様な術を使う。
恐らく、悪魔、邪神の類だ。碌でもない対価を要求するに違いない。魂を奪われては天国に行く事すら叶わない。
不遜な男はまだ天国に行けると思っていた。
「怯える必要は無いであります。何も死後も未来永劫、魂を奪うというわけではないであります。伝統のある方式ではありますが、あれでは代償として高値過ぎて中々客が付かないであります。吾々は顧客増を優先する事にしたであります。てゆーか薄利多売?」
「……どういう事だ」
「吾々との契約との対価は──
──心臓の担保。契約者の死の時まで、吾々に心臓を物理的に預からせてもらうであります」
稲光が轟き、少女を背後から照らしだした。
少女は妖しく笑い、物欲しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
「ヒイィッ」
猫は肉食動物。鈍麻な男は捕食者の笑みに恐怖した。野生の勘というものをおよそ持ち合わせていない鈍間な男でも、捕食と被食の関係ぐらいは理解出来たようだ。
「怯える必要は無いと言ったでありますよ?」
「だ、だって心臓だぞ!?魂を奪うのと同じではないのか!?」
魂のある場所は心臓だ。それを奪われる事は、魂を奪われる事と同義ではないか。それ以前に、心臓を取り出された瞬間に即絶命するのではないか。
「ですから、預かる、とだけ言ったのであります。心臓は契約者の肉体と霊的バイパスを繋げた状態で取り出すでありますから、何ら生命及び精神の危機に至る事は無いであります。吾々は心臓を預かる事で、心臓という魂の外皮と、魂の力の一部を貰い受けるであります。ですが、魂が吾々の手元にずっと残るわけではないであります。契約者が死ぬ、もしくは吾々の預かった心臓が過度な損傷を受けた時点で心臓は割れ、吾々の手元には外皮のみが残り魂は解放されるであります。極めて安価でありますよ?てゆーか如釈重負?」
「だ、だが心臓を預けるのは……!」
弱気な男は逡巡する。
「……お前」
「ヒッ」
その優柔不断な態度が癇に障ったのか、少女の態度が豹変する。肉厚な男の顎を鷲掴みにし、異常な膂力でもって背後の壁に押し付ける。
「お前は己の立場を理解しているでありますか!?もうじき死ぬお前がなぜ心臓を預けるごときで躊躇する!?外皮を貰い受けるとはいえ吾々もなるべく長期間預かって力を貰い続けたい、その点で言えばお前の心臓の価値は殆ど無い、本来契約する価値は無いでありますよ!?それを、ただ死を待つお前を哀れに思い条件を据え置きで持ちかけてやっているというのに、お前はまだ文句があるというのでありますか!?」
常軌を逸した少女のヒステリーに応じ、少女に生えている尻尾が次々と増え、後方の景色が見えない程の密集状態となる。少女の背丈の倍以上もある空間を素早く蠢く悍ましい数の猫の尻尾。
あらゆる種類の猫の尻尾よりも長く、全てが違う色と模様を持っており、動きを止める事なく絶えず不快に蠢き続ける尻尾、尻尾、尻尾。
「吾輩は沢山の死を見てきたであります。貴族ともなれば関わった人が多い訳でありますから、どれほどいけすかない奴であろうとも、大体知人や家族親戚の一人ぐらいは助けようとする人がいるものであります。実際に行動に移す者、裏から手を回そうとする者、関係者を説得しようとする者、手をこまねき行動には移せなかった者、成否が如何なる結果になろうとも、助けようとする事自体がその者が誰かに感謝されていた事の証、その者が世界に残した価値の証であります」
少女は鈍重な男を更に壁に押し付ける。しかし、壁に押し付ける行動は続けたまま、少女の表情は唐突に慈悲深さすら感じさせる微笑みへと変わる。
「しかし、お前にはついぞ、誰も助けが来なかったであります。お前は人望というものが欠片も無い。誰にも感謝されず、誰にも惜しまれず、お前はここでただ朽ちる。哀れでありますな。哀れなお前を哀れに思い、慈悲深き吾々が手を貸そうというものであります」
笑顔のまま壁に押し付け続けるちぐはぐな言動を続けていた少女は、ここでようやく手を離す。
「分かったら、のたれ死ぬか契約かさっさと選べ」
笑顔のまま。
「ハァ……ハァ……、わ、分かった、契約する……」
ニコリ。
「では、復讐する相手の名を、一名。誰でも、どんな奴でも良いであります」
「……一人だけか!?」
「心臓如きで一人ならむしろサービス価格であります。追加注文となると魂が要るでありますよ?」
「わ、分かった、一人でいい」
当たり前に複数注文を行う気であった強欲な男は条件を突き付けられ、慌てて注文内容を考え直す。
暫し考え込んだ後、横柄な男はようやく口を開き、復讐相手の名を口にした。
「───」
「うわ、お前マジでありますか。よりによってそこでありますか?お前が───にした事も棚に上げてそこを選ぶなんて、本当に碌な奴じゃないでありますな。てゆーか厚顔無恥?」
「な、誰でもいいとさっき」
「いや、やるでありますよ?契約でありますから。契約の履行という儀式の繰り返しによって吾々が力を得ている以上、たった一度の契約不履行で吾々の力は減退してしまうであります。ですから、やると言った以上はキチンと最後まで実行するであります。やるでありますが……気乗りしねーでありますなー……」
「い、今更取り消しは無しだぞ!」
「だからやるでありますって。ホラ、さっさと胸を前に出すであります。お前が提供の意思を示さないと吾々は心臓を取り出せないであります」
勝手な男は少し迷った後、胸部を前方に突き出した。
「そう、それでいいのであります」
少女は突き出された胸部、心臓の位置に両手を当てる。人間の手には無いはずの、肉球らしき感触が伝わる。
少女は息を吸い込み、息を止める。
「ニャッ!」
申し訳程度の猫要素が入った少女の掛け声と同時に、少女の手がズブリと脂肪に沈む。少女が手を引き抜く。
周辺の肉ごと、立方体の形に切り出された心臓が少女の掌に乗っていた。
「……何もない」
心臓を取り出されても、獰悪な男の命に別状は無かった。
「ですから言ったでありましょう?……まあ、今から」
少女はそう言うと、切り取られた心臓を顔の高さまで持っていき、
「こうするでありますが!」
バクリ。犬歯を立てて心臓に噛み付いた。
「ガハッ!ゴホッ、ゴボッ!」
瞬時に喀血した哀れな犠牲者はもう喋る事すらできない。
モグモグ、モグモグ、モグモグモグモグ、モグモグモグモグモグモグモグモグ、モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ、ゴクン。
口を血で染めた少女が死体に話しかける。
「お前への復讐依頼が複数あったであります」
「ゴボボ」
「吾々が心臓を預かるのは、簡略化の為でもあるであります。身勝手な動機で復讐を願った奴が、別件で他の人に恨まれていたなんてよくある事であります。そんな時に心臓を持っていれば、破壊するだけで復讐完了であります。まさしく、今のお前であります」
「ゴボ」
「安心するであります、契約は履行するでありますよ。その契約に、お前を助けるという内容もお前を殺さないという内容もなかっただけであります。───に復讐を。……ただし、気乗りしねーので吾輩のやり方でやらせてもらうであります。復讐内容を指定しなかった己を恨むでありますな。てゆーか契約不備?」
少女はそれきり死体から興味を失った。
「行くでありますよ、k'n-yan」
少女が去る。
「ニャー」「ゴロゴロ」
猫達が付いていく。
「ゴロゴロゴロ」
少女はリラックスした猫の喉音で返答する。
「ああ、そうだ」
少女が振り返った。
「うっかりしたであります。吾輩の名は人間に聞き取れないのでありました。最期に、お前にも分かるように吾輩の名を教えてやるであります」
死体は答えない。
「吾輩の名は」
「Nyarlathotep=Punica」
少女は今度こそ死体から完全に興味を失った。
「ゴロゴロゴロゴロ」
少女が去る。
「ゴロゴロゴロゴロ」
少女は親猫のような優しい喉音で猫達を誘導する。
「ゴロゴロゴロ」
猫達もまた喉音で応じる。
「ゴロゴロゴロ」「ゴロゴロゴロ」「ゴロゴロゴロゴロ」「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ」「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ」「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ」「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ」
猫の喉音だけが、響き渡っていった。





