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10 左手

 車道のように道の真ん中を太く貫いている水路を行き交うウンディーネ達は、水路の端に設置された歩道部分を進むローズ達を興味深そうに観察している。


「うう……落ち着かない……」

「ヒトがここに来るのが珍しいんですよ……」


 身を屈めるようにしてこそこそと進むローズとバレット。使節が来訪する事は一応機密情報であり、防衛に携わらない一般人には知らされていないだろう。

 同国の住民であるゴブリンはあらためて観察するような対象ではないが、ヒトの来訪、それも周縁部ではなく首都までやってくるのが物珍しいのだ。


「……隠れる?」


 二人の右側、水路から二人の姿を隠す位置に回りそう提案するチャノキ。


「お言葉に甘えさせてもらいます……」


 ……いよいよもって頼れるお姉ちゃんポジが剥奪されている!とローズが気付いたのはチャノキの左側に隠れた後であった。


「……ナチュラル天然イケメンめ……」


 ローズの特大ブーメランにバレットが耐え切れず吹き出した。



 ★★★★★★★★★★★



「ねえ見て。ヒトよ、ヒトだわ。野蛮だわ」

「未開なヒトが、こんな所まで何をしに来たのかしらねえ」


「……あ?」


 誹るような声。声の聞こえた方向を見る。


「やだ〜、こっち見てるわ〜!」

「こわ〜い♡」


 そこにいたウンディーネの子供二格は、一行を蔑む目で見ていた。ゲネチア共和国で最も高い立場にいるウンディーネ様の住まう王都に、人間風情が何をしに来たのだと、そう言いたげだった。


「……あいつら何なんですか?」


 バレットがムッとして聞く。彼女は境遇上、こういった蔑む視線に敏感だった。


「……ウンディーネは善良な種族なんだけど、やっぱりたまにこういうのもいるんだよね……特に子供に……ほら、ウンディーネってそっちで言う貴族みたいな立場だから……」

「……まあ、いない事はないでしょうね。個体差がありますから」


 ウンディーネは、その蒸気操作技術によりゲネチア共和国の発展の中心となった重要な種族である。故に、ウンディーネの主要居住地であったギネチア湖が、そのまま共和国の首都として扱われるほどの重要種族として扱われてきた。

 それだけでない。ギネチア湖は標高の高い山地に位置しており、その蓄えられた水量が周辺国家の河川の水源の一部となっている。……つまり、ウンディーネに喧嘩を売れば、洪水による直接攻撃、渇水による兵糧攻め、水質汚染による毒攻撃などを受ける事になる。

 また、ウンディーネ自身、水上であれば陸上の馬並みの速度と馬以上の航続距離、そして水魔術による高い攻撃能力を発揮する。河川に沿ってのみであれば、敵対国家に対し高機動戦力を短期間で送り込む事が可能であった。

 都市というものは、河川に沿って発展する物だ。つまり、ギネチア湖から流れる河川を利用している全ての国家に対し、急所攻撃を可能としているという事に他ならなかった。

 行動域の制限から侵攻にこそ向かないものの、防衛において確証破壊に近い報復能力を備えている事も、ゲネチアの軍事を支えていた。

 国家の産業と軍事両面において、ウンディーネはゲネチアの原動力となっていた。故に、明言こそされないもののウンディーネは実質的に最もゲネチアにおいて優遇されていた。


 ……実質的な貴族扱い。増長。ウンディーネという種族そのものは本来は大人しい種族であり、ゲネチアの中心的立場となってからも、その傾向は全体としては維持されていた。その証拠に、ここまでのウンディーネ達はあくまで珍しい人間に興味を示していただけであり、特に悪感情は感じ取れなかった。

 だが……種族としての傾向より、個体差の方が大きい。立場に増長する者が出るのは、当然の成り行きであった。


「実社会を支えているエリートはその責任感への高揚で自尊心をある程度満たせますから、しょうもない誹謗中傷で自尊心を慰めたり(マスターベーション)しないものなのですが……学も経験も無ければ、今のところ責務も無い甘やかされた子供ならさもありなんといったところですね」

「言い過ぎですよローズさん。学ぶ意欲が無かっただけですよ、機会はたっぷりと与えられただろうにそれを全て捨ててきただけの事ですよ。彼女らが自ら学ぶ機会を捨てたんですから、経験があって尚それに見合う知性を身に付けなかっただけだと訂正するべきです」

「お、思ったよりもボロクソ言うね……」


 チャノキは二人の毒舌に引いてから、そういえば山道で会った時もそうだったなあ……と無理やり納得した。留学しても罵倒のための語彙はあんまり増やしたくないなあ、と思うチャノキであった。


「や〜いや〜い!お尻ペンペ〜ン!」


 ウンディーネの子供二格は罵倒が聞こえておらず、相変わらず挑発を続けている。


「あ?」(イラッ)


 ローズの沸点は割と低かった。


「こんな安い挑発に乗らないでください、乗るならもっと高い挑発にですね」


 ズレまくった制止をするバレット。


「私、ヒトが分からなくなってきたよ……」


 至極真っ当な感想を抱くチャノキ。


 しばしの間、一行と子供達の睨み合いが続く。


「……なんて手には」

「?」

「引っかからないわ!」


 突如、反時計回りに背後に振り返るローズ。

 身体を捻るそのままの勢いで背後を左手の手刀で切り裂き、一瞬置いて猛烈な突風が周囲に吹き荒れる。ベクトル操作を用いた体術は、1秒ほどの溜めがあれば四肢程度の質量なら瞬時に音速に到達する。

 音速の手刀で斬り払われたその領域には……誰もいなかった。


「……あれ?誰かいた気がしたんだけど……気のせい?」

「ちょっと待って何今の!?」


 いともたやすく振り抜かれたえげつない手刀にドン引きしているチャノキを無視してバレットが地面を調べる。ウンディーネの子供達はあっさり腰を抜かし水上で尻餅を着いていた。器用。


「いえ、さっき斬られた場所の下の地面が湿ってます。多分反応されて逃げられました」

「……マジかー、アレに対応されたかー……」

「いやいや待って!?今ので誰か死んでたら国際問題になってたかもしれないんだよ!?」

「いえ、即死するような相手には軽傷で止められるので。他国民の背後を取る不届き者相手ですし、治療して返せば正当防衛の範疇です」

「えええ……というか軽傷にはするんだ……」


 一撃で致命傷になってしまうような相手にも寸止め……ではなく、寸ぐらい切断された状態で止める、通称:割と効いてる止めは出来るので全力で振り抜いたのだが、それを躱された。不意打ち狙いで魔力を抑えたため、ローズの体術の最高速には遠く及ばなかった事を加味しても、相当な反応速度と回避速度である。


「湿ってるって事はウンディーネよね。ウンディーネ、多湿環境だと気配を隠しやすいのね……」


 水の精が水場において気配を隠せる。まあ改めて考えてみれば、有り得てもおかしくない範疇の話ではあり、その世界観に文句を言うつもりは無いのだが……どれだけ戦争向きの種族特性を持てば気が済むんだ、と冷や汗をかくローズ。


「ホームとアウェイとはいえ、至近距離まで私が気付けない程に気配を隠せて、あれを回避出来て、尚且つ私達に敵対的なウンディーネが少なくとも一格いる……」


 ローズのその推測に、バレット、チャノキも固唾を飲み、一気に気を引き締めた。

 ──この旅は、国際社会の命運を左右しうる旅なのだと。良く思わない者が、いないはずない。軍事強国と軍事先進国の国交を交渉するとは、つまりそういう責任を持つという事であるのだった。



 ……それにしても、さっき、自分の後方を思いっきりぶった斬った時。最初に左手が、ピクリと気配に反応したような気がする。そのまま、左手に引っ張られるように後ろを斬り払った気がしたのは、気のせいだったのだろうか。

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