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8 スチームパンクウンディーネ

 ゲネチア共和国の各種族の技術が結集した総合的な発展水準は、総体としては、ローズ達の前世における産業革命期後期に近い技術水準である。周辺国家が産業革命の遥か前で足踏みしているような時代において、それは勿論特筆すべき国家の力であった。

 圧倒的な数的劣勢を打ち消す軍事力も、戦闘の得意な種族の存在だけでなくこの高度な技術力にも裏打ちされていた。

 しかし、ただそれだけの特徴しか持たない国家であるなら、産業革命より後の現代知識を有しているパンジーとローズにとって技術的な目新しさは無い。生産力を頼り部品や資源を輸入するなら兎も角、技術共有を行うメリットのある国家ではなかったはずだ。


 ローズ達が共和国との技術共有に踏み切った理由。それは……総体としては産業革命期後期水準でありながらも、一部の技術、各種族の伝家の宝刀であるような技術において……驚くべき事に、ローズ達の前世においても文明が到達していなかった水準、あるいは未知の水準にまで技術が発展していたからだった。


 例えば、エルフの技術により精製されたバイオ燃料である、エルフオイル。この油は、非化石燃料でありながらも石油に近い性質と熱効率を備えていた。

 エルムントでも得られた情報からの二人の推測では、アルコールを主成分としていた前世のバイオ燃料と異なり、エルフオイルの組成そのものが石油に近い……つまりは炭化水素を主成分としているとの推測が成り立った。

 つまり……石油と同様の分留を行えば、天然ガス、ナフサ、灯油、軽油、重油、潤滑油、アスファルトと言った石油製品が一気に得られるはずであった。

 ……最も、ゲネチア到着直後に行うはずだった検証実験は先日の騒動で先送りになってしまったが。


 ローズ&バレットにチャノキを加えた使節団一行が現在向かっているゲネチア首都ギネチアも、例に漏れず特殊な技術を有した都市であった。


「あ、見えたよー」


 コニファー大森林を抜け、一気に巨大な要塞都市ギネチアが視界に入る。

 意識的なのか無意識的なのか丁寧語をやめているチャノキ。そっちの方がチャノキは話しやすいみたいなので、二人は放置している。


「……すごーい……」

「……すご……」

「そう?」


 そのギネチアの光景に驚愕し口をアングリと開ける二人。見慣れたチャノキだけ淡白な反応だ。

 二人がアホ面になるほど驚いたのも当然だ。それ程ギネチアの光景は、その巨大さ以上に異質な点があった。


 透き通った湖の中央に囲まれ天然の防壁すら有しているギネチア。同心円状の段差で区切られた都市は外から見れば山状に築かれている。うず高い中心部からは大量の水が巨大な滝となって流れ落ち、そのまま橋をくぐって水路を通り湖に流れ込んでいる。

 街には道よりも水路が多く、船や水面を歩くウンディーネが行き交っている。ウンディーネ達の服装は御伽噺のような古式ゆかしいドレスではなく、白、茶色、黒を基調とし金属の装飾品を身に付けたヴィクトリア朝風の出で立ちだ。

 そして、その極めて目を引く水の都の景色よりも更に存在を主張しているのが、もくもくと立ち昇る灰色の蒸気とその発生源であるあまりにも沢山の大小の煙突、都市の壁という壁を覆う程に幾重にも張り巡らされた金属製のパイプであった。


「完っ全にスチームパンクSFじゃない……」

「何ですかそれ?」

「あ、いや、こっちの話」

「「……?」」


 水の精霊であるウンディーネを筆頭に多数の種族が集まって形成され、ウンディーネの保有していた蒸気操作技術にエルフオイルという燃料、ドワーフの工業力が合わさる事で蒸気機関技術が生まれた。

 それによって発展した、この中世の世界においてあまりにも異質な超巨大水上要塞蒸気機関都市、それがゲネチアの首都ギネチアであった。



 ★★★★★★★★★★★



 カンッ、カンッ、カンッ、カンッ。

 ゴウン、ゴウン、ゴウン。


 金属板の道を渡り、ギネチアを進む使節団一行。時折、低く大きな金属音が鳴り響く。ゲネチア国民であるチャノキと現代知識を持つローズはその音が工場機械か何かの音だと分かるが、バレットは正体が分からないため一々驚いていた。

 しかし、そのうち慣れてきたのか驚かなくなった。……別にこの時代の少女がこのように皆肝が座っているわけではなく、ただ単にバレットの順応力が異常に高いだけである。


「うわー……すごー……」


 張り巡らされたパイプと所々の蒸気孔から吹き出る白煙に興味津々の様子のバレット。一部のパイプは赤や白、黄色や黒の標識を伴った上で安易に触れないように隔離されている。バレットは侍女としての教育を受けており十分な識字能力があるが、書かれてある文字は読めない。ゲネチア固有の文字で書かれているからだ。


「これは……蒸気の出てくる穴と大抵繋がっているところを見たあたり、『触るな』とか書いてあるんですか?熱そうですからね」

「そうだよー。よく分かったねー」

「まあ私は触れますけど。熱は平気なので」

「ええ……」


 炎魔術の高度な使い手とは聞いていたが、改めて常軌(蒸気だけに!)を逸した宣言をするバレットにチャノキは困惑する。とはいえ、あくまでヒト種として尋常でないだけの話であり、様々な種族が混在するゲネチアの国民であるチャノキの驚きはそこまでではなかった。

 それよりも、読めない標識の意味を当てたバレットにチャノキは驚いていた。とはいえ、この程度なら勘の鋭い者なら推測出来る事項であったため、それ以上のリアクションはしなかった。

 ……この時点では。


「この標識の目立つ色は蜂や血の色を模して警戒を促しているんですね。外にはこういう標識が無かったので勉強になります」

「……え!?」


 ゲネチアでは警告色による警告表示が既に一般化されているが、ゲネチア外では警告色の塗装や標識を用いて危険を示す文化は発生していない。チャノキはその勤勉さと実際の国外との交流を通して、その事実を把握していた。

 ローズとパンジーは危険物の扱いに関する教育が根付いていない事、扱う者に及ぶ危険性も考慮し、軍用のため致し方なく自ら少数製作した爆撃機ぐらいしか、時代に不釣り合いな危険物を製作していなかった。

 そして、味方による誤爆が存在する前世ならまだしも*、航空機そのものがオーパーツ、固有財産……つまり「敵の航空機」が存在しない、ひいては敵味方の識別が必要ない今世において、爆撃機に目立ちまくる警告色を塗る理由は皆無であった。そのため、エルムントにおいても「警告色の塗装により危険性を示す」という行為は行われていなかったのである。

 ……つまり、バレットは現代知識もなく完全な推測のみで警告色の意味を見抜いたのである。


「この文字がゲネチアの文字なんですね。チャノキさんの村でも同じような文字を見ましたし。口語はヒトの語系と共通、文字のみ違う、でも共和国内では文字はおおよそ統一されている……というところですか?」

「……読めない文字で、なんでそこまで分かるの……?」


 読めない文字は、そもそも「文字である」という事を認識する時点で障壁があり、「文字である」という事が分かっていたとしてもほとんど不規則な図形の羅列にしか見えないものだ。規則性を見抜き別々の書体で書かれた文字が同系統である事を読めないまま見抜くなど、至難の技である。


「……大量の水があって、至る所から蒸気が吹き出していて、燃えやすい油であるエルフオイルが安定供給されていて、何やら重さのある金属がぶつかりあう音が定期的にしている……もしかして、この都市は大規模な工房を内部に備えていて、その動力として蒸気の圧力を利用していたりしますか?」

「いや怖い怖い怖い!!!そうだけどー!!!なんで分かるのー!?!?!?ほんとにただの護衛兼侍女さん!?!?!?」


 ようやくバレットの数多くの主人公補正、そのうちのわずか一つ……「突出した理解力」をにわかに感じ取りビビり始めるチャノキ。そんな彼女に対し、バレットの返した答えは……


「フッ、ちょっと不死身で国内ナンバー2ぐらいの強さで勘がいいだけのただの侍女ですよ……」

「そんなただの侍女さんいないよー!!!!!」


 ……ドヤ顔であった。力や身体を不気味がられるのは嫌でも、ただ単に炎の魔力に関係無い能力にビビられるのは鼻が高いらしい……

*敵味方識別装置(IFF)が発展する以前、軍用機の塗装においては、隠密性を重視して大部分を保護色に塗る一方で、味方の識別のために国籍マークや部隊章等の何かが必ず目立つ色で塗られていた。


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