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3 ローズティーはまだ熱い

「ヘタレ。ヘタレ女」

「ヘタレじゃないもん!!!」

「あそこまで行って土壇場で止めるお嬢様のどこがヘタレじゃないというんですか」

「ぐふぅっ!……だ、だから心の準備ってものが……」


 言い争い……と言うには些か一方的なそれをしながら隣室から戻ってきた私と、手を引かれながら戻ってきたパンジー様。


「とにかく、離れてたって私は誰にも取られたりしませんよ。それを心配してたんでしょう?」

「ぎくっ……!わ、わかったわよ……でも早く戻ってきてよ!」


 お嬢様に信用されていなかったのが不満だったので、駄々の理由を言い当てて憂さ晴らしをする。図星を突かれてアタフタする顔が見れたので一応満足してやろう。


「全く、可愛らしい嫉妬ですね」

「んに゛ゃっ!?」

「満足しましたか?」

「んに゛ゃっに゛ゃっ!?」


 追撃。スッキリ。ホクホク。


「ウガアアアッッッ!!!離せェェェ!!!盗み聞きさせろォォォ!!!」


 何やら騒ぐ声が聞こえてきたのでそちらに視線を向けてみると……


「あ、アレは聞いちゃダメなヤツだろ!!!失礼だぞ!!!」

「アレってなんですか〜?答えてくださいよ〜(笑)」

「えっ、それは、その……ぐっ……」


 阿鼻叫喚であった。


「もしもーし」

「あ、戻ってきた……危なかった……」

「チイッッッ!!!」


 物凄い舌打ちが聞こえた気がするけど気のせいという事にしよう。


「取り敢えず了承が得られましたので、予定通り私とバレットさんがゲネチアに向かいます。サリー様はパンジー様の政務にご協力を」

「了解した」


 ……明らかにローズの隣でパンジーがモジモジしているのをサリーは見事にスルー。

 どのような方法でパンジーに了承を得たのかサリーはローズに聞かないし、何故暴れるバレットをサリーが抑え込んでいたのかもローズはサリーに聞かない。互いの利が一致した瞬間であった。


「バレットさん、出発の用意を」

「むう……」


 私は部屋を出る。バレットさんは不満気な表情を隠しもしないが、渋々後からついてきた。


「聞けないならせめてサリー様の口が卑猥な単語を喋るのを聞きたかったのに……ブツブツ……」


 恐ろしい独り言が聞こえた気がするけど気のせいという事にしよう。


「な、何だか寒気が……」


 サリー様がブルった気がするけど気のせいという事にしよう。



 ★★★★★★★★★★★



 自室に戻り出発の用意をしている私は、パンジー様がヘタレた言い訳に言った言葉を反芻していた。


(「ま、まだ、心の準備が……」)


 ベッドの上で、顔を赤らめて必死で制止するお嬢様。普段のやんちゃな様子が嘘みたいに、子犬みたいに弱々しくて。それがまた、私の熱を熱くする。


「……心の準備が出来てなかったのは、私だって同じなんですよ……」


 あの時の、お嬢様の顔。……可愛かった。

 濡れた髪、上気した頬、潤んだ瞳。口の中の味まで知っている、震えた唇。はっきりと覚えている。

 感じていた熱の一片に至るまで、鮮明に覚えている。

 これから起きる未知に怯えているような、それでいて期待もしているような、そんな顔。私に縋っている、そんな顔。それが、どうにも欲をそそっていて、熱がやまない。

 もっと怯えさせてみたら、どんな顔をするのだろうか。もっと悦ばせてみたら、どんな顔をするのだろうか。お嬢様は、私がどんな事をしたら、どんな反応をしてくれるんだろうか。

 全部、知りたい、知ってみたい。この熱の疼きを、知ってもらいたい。

 ……あの時、熱と欲望を抑えて自制するには、かなりの自制心を要した。正直に言うと……かなり危なかった。月魔術とは理性を象徴する属性ではなかったのか……


「……お嬢様の心の準備が整うまでに、怯えさせないようになれないとですね……」


 手鏡と向き合い、頬を引っ張る。


「……フェイストレーニングってこうだったっけ?」

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