2 ※>△< ↓廿.廿↓ Σ・Д・川 ☆A☆ミ
「や〜だ〜!!!私も一緒に行く〜!!!私も一緒に行くの〜!!!」
お嬢様、駄々捏ねモード。腰を掴まれおなかに頰をすりすりされている。火傷痕のある右頬を擦り付けているのは、マーキングのつもりなんだろうか。
部屋から出ないパンジー様を説得しにきたのに、これでは埒があかない。
「ですから、まだお嬢様は領地を離れるべきじゃないと、何度も言っているじゃないですか。蹂躙ボーナスタイムを他国に振る舞って回るおつもりなんですか?」
クーデターで政権を乗っ取った直後のこの国の政情は、まだまだ不安定だ。少なくとも改革が一段落し政情が落ち着くまでは、最高責任者が領地を離れる訳にはいかなかった。
「サリー、ローズが冷たいわ……まさか私の事嫌いになっちゃったんじゃ……!?」
「うわっ話を急に振るな振るな!側から見れば丸わかりだぞ!」
「それは嫌いって事!?」
「なんでだよ!?相思相愛って事だよ!」
……サリー様、お疲れ……
「お嬢様、私の目を見てください」
私はパンジー様の目の前に思いっきり顔を寄せた。
「ひゃ、ひゃい……?」
後ろで「キャーッ!!!」ってバレットの歓声が聞こえたが無視。
目の前のお嬢様は、たちまち顔を真っ赤にして動揺している。以前はどうしてこんな反応をされるのか分からなかったのだが……今なら分かる。利用させてもらおう。
「私の目を見れば、分かるはずです。こんなに真剣に見てるんですよ」
「……ぶ、仏頂面で分からないわ……」
あれ?失敗した?ローズは振り返って顔を揉んで表情を崩そうとする。
(あ、危なかった……!意識しだしたら大人しくなるかと思ったのに、どうしてむしろ積極的になってるの……!?危うく押し切られるところだったわ……ローズ、魔性過ぎよ……!!)
振り返ったローズの後ろで、パンジーは必死で荒い呼吸を落ち着かせていた。ローズは気付いていなかったが、バッチリ効果は出ていた。
仏頂面のままのローズはパンジーに向き直る。表情を崩すのは中止したようだ。
「まあ、いいです。ずうっと駄々を捏ね続けるつもりなら、こちらにも考えがあります。勝手に決行させてもらいます、それくらいの権限はありますので」
「や〜だ〜!!」
再びパンジー様は私に抱き付き駄々捏ね再開。ええい、離せ!
「このっ、こうです!ふんっ!」
「ああん」
無理矢理拘束を剥がし、部屋を出ていこうとすると……
「ぐうっ!?」
腰に突然疼痛が走った。思わず膝をついてしまい、動けなくなる。
「フフフ……☆さっき抱っこした時に経穴を突いたわ……☆こんな状態じゃゲネチアには向かえないわね……☆」
心理的満身創痍のパンジーの、狙い澄ました一撃であった。
「思い出したように強者要素を出さないでください!」
バレットは「抱っこ……かわいい……」と言い回しの細部の違いに言及していた。
ローズは腰の痛みを耐えながら、フラフラと立ち上がる。
「うふ、うふふふ……うふふ……」
突如不敵に笑い出したローズ。
「ロ、ローズ……?」
フラ付きも相まって、かなり怖い雰囲気であった。百戦錬磨の猛者であるパンジーが、戦慄を抱くほどであった。
「わかりました。わかりましたよ。そっちがその気なら、こちらも実力行使させてもらいます──!」
ローズの貌に、妖しく光る矢印が浮かび上がった。今はパンジーの住まいであるエルムント城に殴り込みを欠けた時と、同じ紋様であった。
「ヒーッ!?」「あ、あの時の!?」
間近で見てその恐ろしさを叩き込まれたサリーは、バレットの後ろにサッと隠れる。パンジーも見覚えのあるそれに驚く。
「こ、ここで暴れるなよ!?」
「安心してください。別の方法を使います」
「な、何を……」
ローズは目にも止まらぬ速さでパンジーの背後に回り込み……一瞬の合間にパンジーを脇に抱え込んだ!
パンジーが戦闘準備をしておらず実力差が埋まっていたとはいえ、鮮やかな手際であった。
「ろろろ、ローズぅ!?」
そして、ローズはパンジーを抱えたまま隣の部屋に飛び込み……部屋を隔てる扉に鍵をかけた。
「な、何なんだ一体……」
サリーとバレットはその閉じられた扉を注視する。しばらく経っても変化が無かったためか、バレットが扉に触れ聞き耳を立て始めた。サリーも渋々それに続く。
「……ろ、ローズ、待って……」
「……待ちません……」
(……ん!?)
漏れ聞こえてきた声の様子に嫌な……というかまたツッコミ疲れする羽目になる予感を感じ悪寒に震えるサリー。
(キターーーーー!!!!!)
対象的に、野次れる予感に大興奮のバレット。……バレットの語彙は二人の影響で、段々とアングラオタク文化に染まりつつあった……
★★★★★★★★★★★
「私がなんで怒ってるか、分かりますか、パンジー様……」
顔に隈取のような矢印の紋様を浮かべたローズに、世にも恐ろしい形相で迫られている。ニコリと笑っているというのに、微塵たりとも穏健な気配が感じられない。薄目で笑いを浮かべている事が、一層その薄ら寒さをかき立てている。
「さ、さあ……?」
「答えてください。答えなさい。答えろ」
話を逸らそうとしたら無慈悲にも返答命令三段活用を突き刺された。次第に壁に追い詰められていく。
「わ、ワガママ言って言う事を聞かなかったかr」
サクッ!
耳元で鳴ったその嫌〜な音を横目で見てみると、矢印の形をした魔力刃が顔をかすめる寸前の位置で壁に突き刺さっていた。
「ひぃ……」
私が気付きもしないうちに、至近距離にこれが撃たれた。もしこれが加害の意図を持ってして放たれていたなら、頑丈な私を仕留められはしないものの大打撃を受けていただろう。
ローズがここまで怒っている理由は分からないが、私が今大ピンチな事は分かった。
「お嬢様に長々と駄々を捏ねられて困っていたのは、事実です。ですが、そんな事は今はどうだっていいんです」
「えぇ……!?」
ならば、何だというのか。
「そうですね、5秒以内に答えられたら許してあげます。54321はい終了」
「今絶対2秒も無かった!」
「何の事でしょう?……さて、答えられなかったパンジー様にはお仕置きが必要ですねえ」
そう言うとローズは目を開けて、艶っぽく微笑んだ。思わぬ所から飛び出したその表情に、私は固まって動けなくなる。
動けない私は、そのまま真横に押し倒された。……追い込まれた位置のすぐ横にあった、ベッドに。
「あ……」
お仕置きという単語と、ベッドに押し倒されたこの体勢。私は遅巻きながらにして、ようやく自分の置かれた状況を理解し始めた。たちまちのうちに、顔が熱く火照り始める。
「ろ、ローズ、待って……」
蛇に睨まれた蛙のような状態になりながらも、ローズを制止出来ないかと悪足掻きで出した声は上ずって情けない音にしかならなかった。帝国最強の魔導師が形無しだなと、自分でもそう思った。
「待ちません。……私が怒っていた理由を、教えてあげます」
そう言うと、ローズの顔が段々私に近付いてきて……口付けをされた。
「〜〜!? !〜〜!?〜〜!?!? !?〜〜!?」
突如交わされた接吻に驚いて声を上げようとするも、口を塞がれて声を出せない。暴れる私をローズは優しく抑え込む。いつもより、力が強い。
もがいても、動けない。触れ合った唇と舌から熱が伝わってきて、火照った顔がますます熱くなる。固く結ばれた手が、汗でしとりと湿り出す。ローズの呼気と、私の呼気が、混ざり合って、熱い。
長く続いたキスが終わった時、私はその熱の交わし合いだけで完全に骨砕けになっていた。汗で、軍服がビショビショに濡れている。
「……私、私の愛を疑われた事に、怒っているんですよ」
真っ赤に顔を染めた私を他所に、ローズは口も拭わず話を続ける。口角から垂れる粘ついた涎は、ローズの物だろうか、それとも私の物だろうか。
「私がパンジー様を嫌いになった、って、言ってましたよね。そんな事、あるはずがないじゃないですか。ムッとしました」
その垂れた涎と潤った唇が一層色気を醸し出していて、もう私は緊張と情欲を抑え切れなくていっぱいいっぱいだというのに。ムッとしたという言い回しが場違いに可愛らしいのが可笑しくて、情報の洪水で思考が止まってしまう。口は解放されたというのに、一言も喋ることが出来ない。
「……綺麗ですよ、パンジー様。困ったような顔も、赤くなった頰も。濡れた髪も、すぼめた唇も……」
私の顔の右横に、そっとローズの手が添えられた。火傷と裂傷で酷くガサついた右頬に、そっと優しく触れられる。
「この、火傷の痕も」
私に貼られた有形のレッテルであり、同時に私の誇りでもあるそれに、そっとキスをされた。
「……お嬢様の全て、私のものにしてしまいたいです。誰のものにも、しません。誰にも、私のお嬢様を渡しません」
その強い口調の断言を、悦んでしまう私がいる。この熱い熱を、悦んでしまう私がいる。
もっと、
熱を、
感じていたい。





