36 逆賊無双
「「「クソガキがあああ!!!!!」」」
「ウンがつきましたね!」
なおも挑発するローズ。防御の指示に従って展開した防殻を、野糞爆弾の単語を聞いた瞬間更に強固に張ったサリーとウォル、そして勿論投げた瞬間に防殻を張ったローズは無事だった。
咄嗟の事に反応できなかった低練度の魔導師、そしてそもそも魔導戦が本職でない多くの兵士達は……お察しの通りの惨状であった。
「クソを撒いてクソガキ……ぷぷっ……」
しょうもない所で笑いを抑えるローズ。勿論、これも挑発のうちだ。
「言ってる場合ですの!?」「信じらんねえ……」
「コ◯コ◯コミックス育ちの女に品性を期待しないでください」
「コ◯コ◯喜劇とやらは知りませんが上品でないものなことだけはわかりますわ……」
怒りに震える兵士達をスルーしくだらない会話を続けるローズ達に対し、顔に飛んできたり鎧の隙間とかに入ったりして大惨事の兵士達はそれはもう凄い勢いで怒髪天だった。今なら天にだって届いてしまいそうだ。
「ぶ……」
「ぶ?」
「「「ブッ殺す!!!」」」
激昂し斬りかかってくる兵士達(野糞付き)。怒りに囚われ我を忘れた相手ほど──相手しやすいものはない。
「【お化け摺足】」
ローズは向かってくる兵士達に対し、ベクトル操作によってノーモーションで急速接近。人は、視界内の人間の動きを想像以上に「動作」によって認識している。必要な予備動作を一切欠いた揺らめくような機動は斬りかかろうとして走っていた兵士達の脳を欺き、逆に近付かれた事すら気付けずに肉迫を許してしまった。
「【ドライダイスミョッルニル】」
ドライアイスの特性にダイス鋼の頑強さを併せ持った大槌を、ベクトル操作を用いて横薙ぎに薙ぎ払う。敵兵達の鎧は、槌に触れた瞬間……瞬時に凍結し、打撃によって粉砕。ベクトル操作によるもののため大槌はほとんど減速せず、凍って砕けた鎧の破片ごと、鎧の下の布と生身に直接氷点下80度の大槌が撃ち込まれる。
「グワーッ!」「アバーッ!」
吹っ飛んだ哀れなヨタモノ達は凍傷と打撲と刺し傷で重傷!
ガイーンと、ドライアイスが硬質な物体に打ち付けられた時特有の耳障りな持続音が響き渡る。
「ギギ……ゲゲゲゲ……ギャーッギャッギャッギャッ!」
「ヒッ……何だこのガキ!悪魔みてえな笑い方だ!」
少女の貌に現れている不気味な紋様も相まって、不敵に笑うローズの様子に兵士達は恐れおののく。
「サーボンさん!ウォリリアさん!やっておしまいなさい!」
「誰ですの……」「誰だよ……」
実は言ってない台詞をもじって指示を出す。サリーもウォルも既に短縮形だが、名を隠匿するに越した事はない。
毒気を抜かれ、半ば呆れた顔をしながらも二人も戦う。
「【サンダーラッシュ】!」
電撃を纏った剣で打ちあうウォル。……技名に凝る文化はこっちでは希薄らしい。中学生的ネーミングを後で教授してやろう。
続いてサリーが光り輝く魔力の大剣を振るう。
「【綺剣】!」
そんな事は無かった。フローズ様、御満悦。……誰が腐ローズやねん!
パンジーによるしごき……チャンバラ……ストレス解消……戦闘指導をローズ・バレットと共に受けていた2人は、既に一般兵相手なら一対多に対応出来るぐらいの実力は身に付けていた。
「クソッ!距離を取るぞ!」
兵士達はこちらを近距離型のみだと判断したのか距離を取り魔術攻撃と射撃に切り替える。おー、早速こっちから盗ったであろう拳銃使ってるね。
とは言っても、魔力を纏ってすらいない低速な拳銃弾では防御術式は到底抜けない。まともな攻撃魔術が使える者は少ないため、本命は本職の魔導師による攻撃だ。少数の魔導師を密集陣形で防護するお粗末……長男……酒クズ……な陣形だが、インファイター相手に即興で出来る迎撃としてはまあまあなものだろう。人数比で押し切れる。
──こちらが本当にインファイターのみだったのならば。
「【平伏せよ】&【柘榴剣山】」
幾多もの赤黒い矢印を地表面を這うように送り込み、同時に重力を強化して飛翔や移動による回避を制限。陣形の中央、ちょうど魔導師のいるところが最大打点となるような位置で術式を炸裂。土魔術により捲れ上がった石畳と硬質化した単魔素子刃の矢印の剣山が一団を壊滅させた。
──ローズの本分は遠距離戦であった。矢印弾による減衰なしの長距離高火力と高速機動こそがローズのメインウェポンであり、ベクトル操作を応用した近接格闘戦と曲芸回避は相対的に不得手な近接戦をカバーするためのサブウェポンに過ぎなかった。
「私のこの力の理由を知ってるか?進む事しか考えないから矢印なんだ!」
邪悪な笑みを浮かべ哄笑するローズ。顔を這う矢印が怪しい光を放つ。やっぱり、こっちの方が性に合う。
私が、私こそが悪役令嬢だ。
その場にいた兵士達は粗方無力化した。城内を駆ける中、サリーが疑問を口にする。
「ローズさん、何だか突然強くなってません……?」
「あー、今までは迷いがあったからですね……慣れないことはするモンじゃないですね。むず痒くてイーッってなります」
「わたくしと同じくらいの強さだと思っていたのに、迷っていてあれだったんですか……」
魔法は精神の力である。勿論理論、経験、鍛錬や魔具など様々な要素によって性能は変動するが……根本的な出力は想いの強さと気合によるものなのだ。
前世において、理子と菫が国内の魔導師のツートップであった理由も、根本的に言ってしまえば、一方は苛烈な理性に、もう一方は剥き出しの攻撃衝動に裏付けられた、迷い無き戦闘行為への姿勢が生んだものだったのだ。迷えば、力は衰える。
進んだ理論、前世の戦闘経験、機動隊と軍での鍛錬、前世知識で開発した魔具……それら全てによる優位すら、ローズの気の迷いによって帳消しにされていた。ローズが前世の記憶を思い出してからその能力を遺憾無く発揮できていたのは、迷う要素が無かった山火事からのパンジー救出時のみであった。
リコのように清く正しい人間になりたいという理想と、劣等感にまみれた惨めな自分という現実、その矛盾を抱えたまま死んでしまったローズは、「善人でいなければならない」という強迫観念すらも前世から引き継いでしまい、その性悪な本性を無意識下で抑えてしまい苦しんでいたのだった。
「今後は多分迷わないので、パンジー様程とは言えませんがバレットさんくらいの戦力にはなれると思います。吹 っ 切 れ た、というやつです」
確信を得られたわけではないが、以前よりは間違いなく大きく好転するだろう。
「わたくしと同い年の三人がわたくしより強くなってしまうと、置いていかれるようで悔しいですわ……多分この中で一番良い教育を受けてきたというのに……」
「それを言われると大人なのに三人に勝てない僕はどうすれば……」
「……二人とも将来はもっと強くなれると思いますよ。鍛錬を怠らず、研究を怠らず、挑戦を怠らなければ、ですが」
ゲーム本編での二人の強さを知るローズはそう伝える。この二人もちゃんと本編時点には、ネームドキャラにふさわしい気骨と精神性によって強さを獲得していた。
「私とパンジー様が年不相応に強いのには理由がありますし」
「……バレットさんが強い理由は?」
「……人間性ですかね?」
「一番難しい壁ですわね……」
主人公に主人公補正が乗るのは優れた人間性を持っているからだ。精神の力である魔法なら尚の事だろう。ちくせう。
ビリッ。空気が揺れた気がした。
「……?今、何か空気が揺れませんでしたか?」
「揺れた気がしますわ。何でしょうかね?」
「さあ……まあ、今はそれどころじゃないですね」
「いたぞ!あそこだ!」
応援に駆けつけた兵士達に見つかる。だが数が少ない。兵力のほとんどを外に展開していたのか、伝令が機能しておらずほとんど兵士が戻ってこない。
「キヒイーッ!!!雑魚雑魚雑ァ魚ォ!!!」
ビイイーム!!ドッカーン!!
「「「ギャーッ!!!」」」
出オチにさせた。
「私を倒したいなら、もっと纏めてかかってきなァ!!!」
「悪役っぽくはありますけれど、絶対に令嬢ではないですわ!」
ノリノリでブチのめすローズ。戦力の逐次投入など、愚の骨頂だ。……そしてサリーは出撃前の口上と比較して率直な感想を述べた。
侍女というものは使用人としては最高峰に近い地位であり、この時代の平民女性の職業としてもかなり高位の職業である。下級使用人からはお嬢さまと呼びかけられ敬意を払われるべき、そういった存在なのだ。令嬢と呼ばれても、まあおかしくはない、そのあたりの地位だ。その中でも特別に護衛を拝命しているローズであれば、尚の事だろう。
……野糞爆弾を投げつけ世紀末笑いをする令嬢がいればの話だが。
「……悪役というより悪童だよね……」
……ウォルの率直な感想は、「パンジー様が増えた……」だった。





