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23 このツギハギに100万点!

 大分前に、緩速濾過池から繋いだ水道が屋敷に到達した直後に、水道と繋いで薪と魔鉱石を利用した五右衛門風呂*を屋敷に作った。高頻度で使えるため使用人にも解放しておりすこぶる高評価だ。

 今はローズが入浴中だ。脱衣所と浴室を隔てる扉の前に立つ。大きく息を吸い、意を決して声をかける。


「ロ〜お〜ズ〜☆い〜れ〜て〜☆」

「寒気のする伸ばし方しないでください」


 一緒に入浴しようと誘いかける、ただそれだけの事だ。

 可能な限り平静を装ってはいるが、実際は心臓バクバクである。今まで踏ん切りがつかなかったけど、意を決して挑戦すると決めたのだ。

 勿論やましい意図など無い。ただ、恋愛対象として意識してしまう以上恥ずかしくて踏み出せなかったのだ。

 このままだと事あるごとに距離を詰めてくるローズの独特の距離感の近さに慣れる事すら出来ないし、何かの拍子で顔を寄せられる度に赤面する羽目になってしまう。殺し合いは出来て手を繋ぐ以上の接触は出来ないなんて情けない。いい加減耐性を付けなきゃ。

 あの山火事までの気質が尾を引いているのか、パンジーは未だに己に対してスパルタ気味だった。

 ……いや、やましい意図はマジで無いよ?本当に。決して。

 

「い〜れ〜て〜☆」

「入るなら勝手に入ってください」


 許可が出た。出てしまった。もう引き下がれない。

 パンジーは深呼吸し、頬を叩く。心を落ち着け、表情をいつもの飄々とした笑顔に戻す。

 声をかけた時点で裸だったけど、ローズは脱衣に要したタイムラグだと勘違いしてくれたかな。


 カラカラ……


 引き戸をゆっくりと引く。何の変哲も無い筈の引き戸なのに今日だけやたら滑りがよく感じて、その軽さが憎たらしかった。


「いや〜今日は疲れたわ、書類仕事が多くて」


 特産品の一つのタオルを振り回して平静を装いつつ風呂釜に近付く。ローズはそんな私の方を見て……


「……あっ……」


 小さくそう呟いた後、しまったという風に口を噤んで目を逸らした。


「えっ……」


 その声に、ローズが目を逸らした自分の体を見ると。


「あ……」


 そこには、醜く変色しガサついた皮膚と膨らんだケロイドで酷く凸凹した右半身の火傷の痕と、山肌に打ち付けられて出来た沢山のアザ。右のすね、左太腿、右腰、右の二の腕、そして右脇腹から左胸まで右切上に肉が削られた裂傷の痕があった。



 ★★★★★★★★★★★



 狭い風呂釜に二人。いつもの私なら役得だと大騒ぎしていたところだが、今の私にそんな余裕は無かった。

 醜い身体を、好きな人に見られてしまった。

 無意識に肌を隠せる服を着るようになって、手の甲と鏡に映る顔以外の火傷の痕から目を背けていたから、忘れていた。

 傷痕の痛みに慣れて、日常と共にあるものになっていたから、忘れていた。

 浮かれて、慌てて、馬鹿みたいだった。どれだけ陰口を叩かれても、何とも気にしなかったのに、好きな人に見られた事は何より心を苛んだ。

 好きな人に、己の醜い姿を見られた。その事実が、私の心を何よりも冷え切らせていた。

 傷痕を隠すようにローズの右隣に座り込んだパンジーは、そのまま顔を伏せ体育座りで膝を抱え込んでしまった。

 もう前世も今世もどうでもいいや。──死んじゃおうかな。今度死んだら転生出来るのかな。記憶が戻らなければ、それでもいいや。縋っていた希望を打ち砕かれたパンジーは、そんな事を考えていた。


「……パンジー」


 自分の世界に閉じこもっていた私は、ローズが呼びかける声に気が付かなかった。


「パンジー!」


 ローズ一人でも、なんとかなるでしょ。


「パンジー!!!聞きなさい!!!」


 両手で顔を掴まれ、無理矢理ローズの方を向かされる。頭が捻られた勢いで、右腕と右肩の傷痕がローズから見える角度になってしまった。

 そこで初めて自分が呼ばれていた事に気付いた私は呆気に取られた。


「良い?よく聞いて、パンジー。確かに私はあなたの傷痕を見て思わず目を背けた。でもね、それはあなたの傷痕を山火事以来に見て驚いてしまったのと、あなたの傷痕が痛ましくて見ていられなかったからなの」

「え……」


 醜かったからではないのか。


「目を逸らしてしまったのを気にしているのならそこは謝るわ、ごめんなさい。でもね、誓って言うわ。私は、あなたの傷痕を汚いだとか、気持ち悪いだとか思って目を逸らしたわけじゃない。だから……泣かないで」


 自分が涙をポロポロと流しているのにも、その時初めて気が付いた。涙を流しているのにも気付かないほど、私は思い詰めていたのだ。


「だから……今すぐじゃなくていい。気分が落ち着いたら……とっとといつものウザったいパンジーに戻りなさい」


 傷痕は気にしてないし、醜いとも思ってない。だから、沈んでないでいつもの悪童パンジーに戻れ。そう発破をかけられた気がした。

 凍っていた心が、冷え切っていた身体が熱を取り戻していくのを感じた。


「だって、山火事の時はあんなに怒って」

「それはあなたが痛がっていたからよ」


 ずっと私の事を想ってくれていた。


「この身体を、醜いって思わないの……?」

「何言ってるのよ。あなたのその傷は、人を助けて出来た傷じゃない。綺麗だって思うわ」

「綺麗……?」

「誇りなさい。あなたのその傷は、勲章よ。命をかけて人を助けた、証明。いくら残ったって気にすることないわ」


 勲章だと、綺麗だと、一番好きな人に、そう言われた。醜いと思っていた傷だらけの身体が、誇らしく美しいものに変わっていくのを感じた。


「うん……この傷は勲章、覚えた。覚えたわ。絶対に……忘れない」


 忘れたいと思っていた傷が、一番好きな人の言葉で、愛おしいものに変わっていった。



 ★★★★★★★★★★★



 気分は落ち着いた。落ち着いたのだが……今度は裸体で至近距離でいる事実でまた落ち着かなくなってしまった。

 落ち着け、落ち着け私、この流れでゲスいことしたら台無しだぞ私、大きく息を吸って深呼吸よ私。スーッハーッスーッハーッしまったなんか良い香りする!

 畜生、なんでいきなりお風呂を選んでしまったのよ私は!?手を繋ぐのだってギリギリなのに、フライングにもほどがあるでしょ!

 ローズの方を見れば、風呂の熱で紅潮したローズの頬と、濡れてしっとりした美しい黒髪、潤って光る紅い唇、幼いながら少しだけくびれの出来た身体が色気を醸し出している。

 ぐう……据え膳……いやしかし……理性と欲望の狭間で私の心は揺れ動く。

 いや……ローズはウザったいパンジーに戻れって言ってたわ。ウザったいパンジーなら、少々のスキンシップくらいウザったいで済まされるかもしれない。ウザったい幼女ならスキンシップをしても自然だわ。ええ自然、自然よ。大自然、自然文明、緑マナの力だわ!やましい意図なんて全く無いわ!

 極めて都合の良い解釈を行った私は、あくまでしぜ〜んなスキンシップを装いながらローズに近付く。ローズは面倒臭そうな顔をしたが、動いて離れようとはしない。よし、いけるわ!

 次第に距離を詰めていき、肩に手を伸ばした私は……


 肩に触れる事すら叶わず興奮と血行促進の相乗効果によりのぼせて鼻血を出しながらブッ倒れた。


「あれ?私より後に入ったのに先にのぼせちゃった!?」


 無念……

*五右衛門風呂……かまどに鉄の釜を乗せ、煙突と薪入れ口以外の隙間を無くして釜を直接炎で熱し、やけど防止の木製の板を敷いて入る風呂。

大泥棒石川五右衛門が油茹でによって処刑された逸話に基づく。

実はこの形態のものは本来は長州風呂と呼び、本来の五右衛門風呂は釜の上部が木製の筒になっていて水漏れしたり煙突が無くて煙たかったりする。


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