21 このメリケンサックを落としたのはだあれ
外見美少女の皇太子は語る。
「今までは外聞が悪いから、公の場では男の格好をしていたが……もう担いでくる家臣共もいなければ面倒な儀式も無いからな。勝ち戦を惨敗して帰ってきた僕を対立派閥は寄ってたかって潰してきたから、謀殺される前に自ら人質を名乗り出て脱出したというわけだ。あ、今になって考えてみれば攫われるって部分だけ半分くらい当たったな?」
「ぼっ……謀殺!?」「謀殺!?」「謀殺……」
身内で刺し合うような規模のデカさがそもそもないエルムント家の侍女達には刺激が強過ぎたようで、フラフラと倒れる者が出る。
「皇帝の座を継げる望みが無い以上いくら陰口を叩かれても構わん。慣れてるこの格好の方が良い。持ち出せる爵位が公爵から侯爵に格下げされてしまって済まなかったな」
「成る程、かたや顔面大火傷の疵物令嬢、かたや敗軍の将の疵物皇太子。二人合わせて疵物同盟ね☆」
「おま……気にして言わなかった事を……」
「お互い様よ☆」
己の生命の危機をあっけからんと語る肝の太い皇太子とはいえ、条約締結交渉の場でパンジー様の目立つ火傷跡を見た時は驚いていた。触れなかったあたりは流石だが。
パンジー様は距離を詰めて皇太子の顔をガン見する。そんな縮地みたいな距離の詰め方すると怖いと思う、皇太子もビックリしてるし。
距離を詰めて何を言い出すかと思えば……
「……はあ〜〜〜っっっそれにしても……とっっってもかわいい〜〜〜っっっ!!!☆」
皇太子にかける言葉としてはちょっと特殊だ。
「フフンそうだろう、かわいいだろう!落ちぶれようとも容姿にだけは自信があるぞ!」
ゲッこれでもかって感じのドヤ顔してる!たしかに誰も否定出来ないぐらい似合ってるし、ゲームでも女装初お披露目で完璧な女装でドヤ顔していたので覚悟していたが、やっぱりこの人もパンジー様と同じタイプの人間のようだ。めんどくさい!
というかゲームでもルートに入った後はずっと女装してたし、相変わらず華奢で美人で低身長だったし、完全にイラストのタッチも女性キャラ扱いだった。共通ルート時限定の、そのままのタッチで男装していたショタ顔皇太子サリックスがレア扱いされるぐらいだ。
そりゃあ幼少期も美少女だわ……
「そうだ!☆このまま皇太子をサリックスと呼ぶと、目立って危ないわ☆折角女の子の格好をしている事だし……サリー、って呼んでも良いかしら☆」
「お、おう……いきなりあだ名とは何だかこそばゆいな……人質なんだが……」
パンジー様の顔に「よっしゃ☆かわいい愛称ゲット☆」と書かれてあった。
くぉら!それは本来バレットさんがサリックスルートで皇太子に付ける呼び名でしょうが!勝手に取るな!
「みんなもそれでお願いね☆」
「はあ……」
ごめん、バレットさん……
★★★★★★★★★★★
コン、コン、コン、コン。
「誰だ?」
「バレットとローズです。締結交渉の時にパンジー様と共にいた侍女です。サリー様、今よろしいでしょうか?」
「ああ、あの時のか。入っていいぞ」
「失礼します」
バレットさんに引きずられてサリー様の居室にやってきた。一体何なの?
サリー様は書類整理中だったようだ。紅茶を飲み一息つきながらサリー様は尋ねた。
「金髪の方がバレットで、黒髪の方がローズだっけか?」
「はい」
「お、という事はあの高速飛行魔導師がローズか!いやあ見事な飛行と戦いぶりだったぞ」
「気不味いのであんまり触れないでください……」
ついに、前世で戦った相手(パンジー様!)だけでなく、今世でボコった相手(サリー様!)とも接点が出来てしまった。気不味い……というか敗走の原因を作った相手を褒め称えられるサリー様、心が広過ぎる。
「それで、何の用なんだ?」
「単刀直入にお伺いします。サリー様、パンジー様に惚れてますよね?」
ブフォオッ!
サリー様とシンクロして吹き出してしまった。
単刀直入過ぎてお腹に刺さってるレベルだわ!
「な、なな……何故そう思った?」
「一番は会話してた時の様子ですけど、他にもあります。謀殺から逃れるだけなら、馬車に積めるだけの財を積んで遠い地に逃げた方が、よっぽど安全ですよね?。わざわざ怪しい兵器のある謎の小国に、人質外交されにいく理由は皆無です」
言われてみればそうだ。こんな危険極まりそうなところにGOする理由がない。
「もしくはよっぽど国に尽くすお方という可能性もありましたが、語り口からするに臣下に情は無さそうでしたし。おおかた、戦地での啖呵と交渉時の度胸に惚れ込んだとかそのあたりでしょう?」
「……ローズはとんでもない侍女だと思っていたが、バレットも大概だな。当たりだよ、5000の軍隊とやりあって火傷も気にしない豪傑な女に惚れて追いかけてここまで来ちまった」
何ィィィィィィィ!!!!!!!!!!
そ、そういえば、ゲームでサリックスがバレットに惚れる切っ掛けは、戦地で率いていた軍隊ごとボッコボコに叩きのめされて敗走するのが切っ掛け……周囲につまらない臣下しかいない退屈な日々に突如現れた強く勇敢な少女に惹かれ、培ってきた変装技術で国を飛び出すんだったわ……靴が暴力になったシンデレラとか筋肉シンデレラとか言われてたわね……あ、サリックスはドM皇太子とか言われてました。
軍隊ごとボッコボコにして敗走……パンジー様完全にバレットさんのフラグ横取りしちゃってる!バレットさん、ごめーん!!
「とんでもない侍女が二人付いてくるとまでは思って無かったがな。馬鹿な奴だと思うか?」
「いいえ?私、人の恋にちょっかいを入れるのが一番の趣味でして」
「お前、良い趣味してやがるな……」
「それと、お嬢様は面食いで面白人間好きですからすぐに気に入っては貰えると思います。ですが、そこから先は険しい道ですよ?強敵がいます」
「ん?どういう事だ?」
横取り……NTR……いや事前だから寝る前取り……?BSS……?いやそもそも片思いすら発生してないわ……
焦ってブツブツ唸り変な事まで考えているローズに会話は聞こえていない。
「……ちょっとパンジー様に聞かなきゃいけない事が出来たのでこれで失礼します!」
「ローズ!?どうした!?」
ダッシュで部屋を飛び出すローズ。
「あっ今から見られると思います。追いかけますよ」
「えええ……?」
追いかけるバレットとサリー。サリーの足が遅いので途中からお姫様抱っこになり、サリーはずっとおろせと喚き続けていた。
★★★★★★★★★★★
「お嬢様!!!話があります!!!」
「ひゅい!?ななな何ローズ!?」
「ルートのフラグ横取りしてるじゃないですか!わざとですか!?」
「……あっ☆」
「その顔は今気付きましたね!?」
騒ぎを柱の陰から眺めるバレットとサリー。バレットの気配遮断魔術の無駄遣いにより、戦闘意志が無い限りまず二人には気付かれない。これに関してはパンジーよりも上手である。
「……二人は何を話しているんだ?」
「分かりません。時々謎の単語で会話しますけど聞いても誤魔化されます」
「お嬢様はいつもいつもそうです、後先考えずに好奇心で突っ走ってばっかりで」
「あ、あのローズ顔が近」
「聞いてるんですか!?」
「ローズ待っ」
パンジー嬢の顔は真っ赤だ。
「ああ、なるほどあいつか……」
「あいつです。ちなみにあいつの方は気付いてないみたいです」
何らかの秘密の共有にあの態度。おおよそ察しが付いた。
というか本人は気付いてないってマジか……
ふと下を見ると、バレットの握力で柱が凹んでいた。
あっ、この子も自覚してなさそうだけど多分ライバルだな……道は険しそうだな……
サリーは先行きが不安になった。





