18 グッドモーニングボマー
一連の攻撃、そして次々と不時着または墜落してくる魔導師達の様子に、何事かと両軍兵士が空戦の様子を観察する。
「……子供!?」
敵魔導師が減速した事でようやくマトモに確認出来たその姿は、どう見ても幼い子供だった。
超高速の奇襲でドラゴン一体を落とし、一連の攻撃で計19人の魔導師を落として平然としている……子供。
困惑と恐怖が小隊を支配した。
敵は攻撃の手を止め障壁を張る。着弾した攻撃が全て滑って逸れていく奇妙な障壁を貫通する事は出来なかった。
敵は共振石を仕込んだ拡声器を取り出す。
《警告する。降伏せよ、航空魔導部隊》
「……は?」
《繰り返す。降伏せよ、航空魔導部隊》
こちらは魔導師11人、ドラゴン1。
あちらは魔導師1人。それも、子供。
……舐められた。この数的優勢を考慮してなお、こちらが降伏勧告を受け入れる側だと、そう侮られたのだと魔導師達は理解した。
「ふざけるなああああ!!!」
一人の魔導師が向かっていく。唯一攻撃担当ながら自力で防御して落とされなかった、この小隊で一番の精鋭魔導師だ。
落とされた仲間達の雪辱を果たさねばならない。
「ギャオオオオッ!!!」
呼応するように、同族の亡き骸の側に寄り添っていたドラゴンも飛び立ち向かっていく。知能の高いドラゴン種の目は同族を殺された怒りに燃えていた。
★★★★★★★★★★★
(硬いし、速い)
ローズは苦戦していた。
唯一残った攻撃担当の魔導師は遠距離戦ではこちらに攻撃を通せないと相手は判断したのか、接近戦を仕掛けてきた。
こちらに十分な加速距離を与えないという点でも有効な判断だ。
加えて、前時代的な航法にしては機動力が高く、攻撃・防御術式共に出力も高い。精鋭だ。
更に仲間を殺された怒りに燃えるドラゴンも接近戦を挑んできて、おまけに残った魔導師達の援護射撃。防御担当の火力など高が知れているが、数だけは多い。
まあ、それはいいのだが。
こちらの目的は完全撃破ではない。
「【大蹴り】」
足にかかる力のベクトルを操作し、全力で蹴り落とす。
「【矢離襖】」
周囲の雑魚の上空に魔法陣を発生させ、撃ち下ろすように矢印の弾幕攻撃を加える。
「ノロマめ」
鈍重なドラゴンは私の機動力なら避けるだけでいい。
「ストレス発散に付き合って貰おうか」
「舐めるな……!」
ローズは相手を誘導しつつ、叩きつけるような攻撃を繰り返す。
敵もしっかり衝撃を軽減させ致命打を回避し続けているが、エネルギーを殺しきれず下に移動していく。
次第に高度が下がる。それにより相手の機動力が上がったため、遅滞戦闘に移行した。
遅滞戦闘とはいっても、数で劣るこちらは相手を釘付けにする必要がある。つまりは全力攻撃、やる事は変わらない。
「邪魔だ、ドラゴン」
機動力の上がった相手に対応するため、鬱陶しいドラゴンを処理する。背中に周り、触れた掌から零距離で矢印の弾幕を乱射。
「グガ……」
背中側から貫通されたドラゴンは堪らず気絶し墜落。
……しかし、長い戦闘と連続した魔力消費で大分消耗してしまった。
好機と見た相手に一気に攻め込まれる。
★★★★★★★★★★★
敵は疲弊している!ドラゴンは落とされてしまったが、今が好機だ。
敵の出力は異様に高いが、それでも相手は子供。肉弾戦である以上、どうしようもない体格差がある。疲弊に付け込めば、勝機はある。
出力を最大まで上げ一気に畳み掛ける。
肉弾戦を繰り返し、相手を更に疲弊させる。
敵の障壁を砕き、決定的な一撃を加えようとしたその瞬間。
敵の耳に付けてあった道具から何者かの声が流れる。それを合図に敵は上空に急速離脱した。そのまま一気に距離を離される。
「タイムオーバーだ。我々の勝ちだ」
どういう事だ。
「おい、なんだあれ……」
魔導師達に動揺が走る。
見れば、敵の遥か後方上空に緑の竜の様な、鳥の様な、しかし羽ばたかない不思議な存在が轟音を上げながら飛来していた。
その緑の存在は地上に魔力炎と思わしき炎弾と黒い球体を次々と落とす。
その炎弾は地上を燃やす。黒い球体は、風魔法を伴い次々と爆発した。
帝国軍の地上部隊がなすすべもなく蹂躙される。
何だ、あの速さは。何だ、あの高さは。何だ、あの火力は。
反撃の長射程術式が集中するも、硬い防御術式をその低火力では突破する事が出来ない。短射程術式や銃撃は、重力に阻まれ物理的に届かない。そもそも高速で自在に飛行する標的に攻撃がマトモに当たらない。
「……誘導された!」
愕然とする。
いつの間にか辺境伯軍側の上空、それも極めて低い高度に誘導されていた。この距離では地上からの攻撃も苛烈となる。
最初からあれに手を出せる空魔導小隊を消耗させつつ遠ざけるための奇襲だったのだ。
帝国軍側上空、高高度を飛ぶあれに有効打撃を加えるには上昇に大きく魔力を割きつつ、十分な速度を持って、敵の叩き落とすような攻撃を躱しつつ、地上からの攻撃にも対処しながら、速やかに速度を出せる低空を進んだ後急上昇しなければならない。
つまり、不可能だ。
「リデル軍戦友諸君!!!あれを見ればやる事は分かるな!?緑の竜にたかろうとするハエ共を撃ち落とせ!!!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!!!!」」」」」
敵魔導師の呼びかけに敵兵達が喊声を上げて応える。
地上と空からの鮮烈な十字砲火に、空魔導小隊はなすすべもなく壊滅した。
★★★★★★★★★★★
何だ。どういう事だ。
あの緑の竜は、何だ。
サリックス皇太子は立ち上がりその竜を凝視していた。
その紅の長髪が乱れるが意に介さない。
謎の魔導師の奇襲により、空魔導小隊が敵地低空に押し込まれた所に現れた緑の竜。
有効な反撃を加えられないまま、帝国軍が一方的に蹂躙されている。
勝ち戦ではなかったのか。
《御機嫌よう、ポプラ帝国の間抜けなアリ共諸君。我輩はエルムント伯爵領軍第五中隊隊長、パンジー・エルムントだ。隣人であるリデル辺境伯の領土が不当にも侵攻を受けていると聞き、馳せ参じた次第だ☆》
緑の竜から声がする。
エルムント?確か……地方の弱小伯爵家だったはずだ。確かにリデル領の隣領だが、進軍開始からこの短時間でやってきたというのか!?
更に、今の声はどう考えても少女の声だった。
「おい、誰か奴が何者か分かるか?」
「はっ。隣領のエルムント伯爵本家長女、パンジー嬢かと」
地理的に近いとはいえ、政治的には無関係の隣領の防衛協力のために、わざわざ本家の娘がこの戦地に!?
それに先程の貴族ではなく軍人としての口上。僕みたいに担がれたのでなければ、実際にある程度の軍事的素養を認められているということだ。
そしてそれが実力に基づいたものである事は今まさに証明されていた。
《とはいえ?独断で他領支援の為に部下を動かすわけにもいかん。第一足が遅過ぎる》
つまりあの竜は騎兵とは比べ物にならないほど速い。見る限りドラゴンよりも速い。
《だからこうして友人達と緑の竜と共にやってきたというわけだ》
つまり、それはその程度の戦力で帝国軍の5000の戦力に勝てると判断したというわけだ。そして、実際に帝国軍は敗色を漂わせ始めている。
《我々も殺し過ぎると外聞が面倒だ。司令官殿には……賢明な判断をお願いしたい?》
仮司令部上空周辺を旋回爆撃しながら告げるそれは、提言の形を取った恐喝だった。
《最も……向かってくるというのならそれでも一向に構わんが?☆》
嗜虐的な声音。それは、圧倒的に数が少ないはずのあちらこそが狩る側である事を端的に告げていた。
「……撤退、撤退だ!!!」
サリックスは敗走を宣言した。