16 恐怖のバックハグ 驚愕の焦らしプレイ
「すごい、こんなに高く飛んでる……!」
魔鉱石英をふんだんに使って作られたらしい特殊な硝子の窓から下を覗くと、眼下には遥か下に畑や家々……そしてなんと雲があった。物凄い速度で眼下を雲が流れていく。
「雲!雲より上!」
その驚異的な景色に興奮が収まらなくて身が跳ねてしまう。
初めてこの深緑のペンキで塗られた鋼の塊を見た時は重くて飛べないんじゃないかと思ったけど、こんな高いところまで飛んでしまった。
「バレットちゃん、あんまり跳ねないでくれるかな、振動が、ウッ」
ばくげきき?の揺れで酔ったらしいウォルさんがぐったりしている。
本来は2人乗りの乗り物らしいけど、騎手(この乗り物の場合は「ぱいろっと」と言うらしい)がパンジー様しかいないらしく子供三人と大人一人で無理矢理乗っている。
なんでもローズさんも騎乗できるらしいが、降りて戦った方が強いらしく到着したら単独で動くそうだ。えっ、それってこの高度を飛べるってこと……?
前の椅子、操縦席と言うらしい、それが子供用で幾分広いとはいえ椅子が二つしかないので、ウォルさんの右膝にローズさん、左膝に私が座る形になる。当然振動が直で行く。
「これってどうやって飛んでるんですか!?」
思わず聞いた私に、前を向いているので顔は見えないが聞かれて興奮した声のパンジー様が答える。
「どうやって、って事は既存の飛行魔術と異なるものだって考えたのね?大当たりよ☆今までの飛行魔術は、細かい様式に違いこそあれど地面に対しての斥力と魔力による上昇力の合わせ技という方式が全て共通して踏襲されているの、その性質上地面から離れるほど高度維持に上昇力を割かなきゃいけないから機動力と高度のどちらかを犠牲にしなきゃいけなかったわ、しかしこの鋼の竜は違う!魔鉱石を動力としたこの爆撃機は実は前への推進力だけを発生させていて浮く方向への力は発生させてないの、じゃあ何故飛べるのかって?その三角の鋼鉄の翼が、鳥や凧のように風を受けて浮いているの☆その名も『揚力』☆つまり、今までの飛行技術とは反対に速く飛べば飛ぶほどより高く飛べるのよ☆あっ、さっき風を受けているって言ったけどこれは正しい表現じゃなくて正確にはその斜めの翼によって発生する風の流れにクッタ・ジェコーフスキーの定理によって上下に速度差が発生してベルヌーイの定理により圧力差が生ま」
「お嬢様、バレットさんもう聞いてませんよ。その聞きにくい早口もどうにかしてください」
「めちゃくちゃ馬鹿にされたわ☆」
飽きた。
外を見てはしゃぐ作業に戻る。
「よ、よくそんなに元気にはしゃげるね……」
「あらウォル、高くて怖いのかしら☆なら下は見ない方がいいわ☆」
顔は見えないけど声がニタニタしている。
「そそそそのような事ありませんよこここ怖いなど」
「生まれたてのフェンリルみたいになってるわよ☆」
騎士としてだいぶ頼りない感じになってしまったウォルさんだけど、魔法の届かない高さから帝国軍を攻撃するというこの荒唐無稽としか思えなかった作戦に迷いなくついて来たのもウォルさんだった。
「……ウォルさんはパンジー様を信用しているんですね。こんなめちゃくちゃな作戦に」
「……それは、見てきたからかな。襲撃事件の時も、山火事の時も、お嬢様の活躍で守られた命があったから。こんなに大火傷を負ってまで。突然魔力が強くなる前からも、変な事ばっかりする人だったし」
私の知らないパンジー様をこの二人は近くで見てきて知っているのだ。ずるい。
……あれ、今私嫉妬して……
「……あ、お嬢様、御召し物が乱れております。先程着替えた時ですね」
この乗り物に乗る前に急いで室内着から異国の物っぽい軍服に着替えていたので、服を整える暇が無かったんだろう。
ローズさんはスッとウォルさんの膝から降りて立ち上がると……操縦席の後ろからパンジー様の服に手を回した。
「ひゃい!?!?!?」
突然のバックハグに、相変わらず顔は見えないがとても動揺したパンジー様の声が聞こえた。多分今顔が真っ赤だ。
な、なんてダイタンな……!?
「あ、あのあのあの、ローズ!?顔が近……息がかか……あっそこはちくb」
「……?動かないでください、御召し物が整えられません」
手綱のようなもの?から手を離す訳にもいかないので身動きが取れないパンジー様。なすがままだ。可哀想に……
(……えっあれで気付いてないんですかローズさん!?本当に!?)
(ローズちゃんビックリするぐらい鈍感なんだよね……将来どうなることやら……はあ……)
あまりに思わせぶりな態度に思わず尋ねた私に、ウォルさんは半ば諦めたように首を振る。
どうやらローズさん、他者からどう思われているかを感じ取る能力が致命的に欠如しているらしい。
(……お嬢様が意気地無しなんだって思ってたけどこれはだいぶローズさんも悪いですね!?)
(うん……)
これは、先が長そうだ……頑張れ、お嬢様……
お嬢様は早口オタク