第二章 サイレント・ナイト08
道の脇に、鈴を逆さにしたような白いスズランが小さく咲いている。
その傍を、佐和がたたっ、と駆けていく。その花と同じく、白いワンピースをひらりと舞わせながら。
佐和は道の向こうへ駆けて行く……その先には、黒い服に身を包んだ男の姿がある。ゆらりと揺れて、柳のような男だ。
佐和はスズランを一束摘むと男に差し出した。
小春はそれを止めようと思った。スズランには、毒があるのだ。
止めようと思って、ふと気が付いた。スズランが咲くのは五月だ。
目を覚ますと、窓から差し込む光は白く、もう昼頃だった。
その懐かしい夢はずいぶん前の出来事のような気もすれば、つい最近のような気もした。その夢はとても懐かしく、淡い色で小春の胸に降り注いだ。
佐和からの連絡がないことを確認してから(小春自身は決して認めようとはしなかったろうが、もう半ば、諦めかけていた)、家中に変わりがないことをやはり確認し、そうして暇になった。本を読んでも良かったのだけど、その気が起きなかった。
チョコレートを囓りながら、ぼんやりと夢のことを思い出した。
あれはそう、佐和と一緒に近くのドヤ街を通りかかった時だった。
二人で一緒に隅田川の畔を歩きに行ったのだ。一ヶ月も前から予定を決めていて、小春はとても楽しみにしていたのだった。
その時佐和は、シャッターの前に座っていたひとりの男と話し出した。
きっかけが何だったか良く思い出せないけれど、どうやら男と佐和はもともと知り合いらしかった。
「ホームレスと、みんなは呼ぶよ。だから、来ない方が良い」
男の顔中が髭だらけだったのを、小春は憶えている。
「あなた、疲れてるんだね」
佐和は言った。
「そうさ。疲れてる。もうずっと、疲れてる」
「私も。私も疲れちゃった」
男は長い髪の隙間から、じっと佐和を見た。
「世も末だな」
「あなた、言わないんだね。君にはまだまだ未来があるのに、って」
「未来があるか、おれは知らないよ。明日交通事故で死ぬかもしれない。それとも、心にもないことを言って欲しかった?」
「ううん、あなた、そのまんまの方がいい。貧しい人は幸い……」
「君、クリスチャンなの」
「クリスチャン? 知らない。でも、貧しい人は幸いって嘘……金持ちが幸いっていうのも、嘘だと思うけど……」
「普通が幸い?」
「普通は一番不幸」
「じゃあ、何が幸い?」
「わかんない。わかんないけど……」
佐和はじっと、手元のスズランの花を眺めていた。
「でもなんだか、優しくて、話のわかる人ほど、苦しんでるみたい……」
「ずれてるんだろうね、世界の歯車が」
「あなた、やっぱり、とっても良い人よ。これまで会った中で一番良い人。なんで辞めちゃったの……?」
「疲れたからさ」
小春はその間、佐和の隣で、話を聞くでもなく聞いていた。拳を握りしめ、路上を睨みながら。
佐和は時おり、ホームレスの話で泣いていた。
二人が話し終わった時には、もう陽が暮れかけていた。




