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004 お風呂での親睦会?

お嬢様との出会いを果たした樹理。

 真理様との生活は通常の使用人生活の何倍も大変でした。彼女はわたしよりも歳上だとは思えないほど子供っぽく、我儘でした。出会ったときと同じような悪戯を何度も仕掛け、その度にわたしを困らせました。窓のさんに埃が被っていると文句を言ったり、食事も自分の好きなものが出ないと、食べなかったりしました。


 しかし、必ずそういった理不尽な行いの後は、感謝の言葉をかけてくれたり、なにかものをくれたりするのです。飴と鞭の使い方を心得ているというか……憎もうにも憎めません。


 また、真理様はとてもだらしのないお方でした。目を覚ますのは昼食が終わる頃で、絶対に朝は起きてこないのです。それなのに、二十一時頃には眠りについてしまうのです。


 そのため、朝はお嬢様の世話をしなくてもいいので、他の使用人方の手伝いをしようと聞いて回ったのですが、「お嬢様のお世話で疲れているだろうからしなくていいよ」と、同情を含んだ言葉をかけられ、気がつけばわたしもお嬢様と同じように昼まで寝て、二十一時に寝るという自堕落な習慣が身についてしまったのでした。


 そんな真理様の使用人としての生活が始まって、一か月が過ぎたある日……わたしはお風呂に入っていました。


「……ふう」

 

 温かな湯が、溜まった疲労を溶かしてくれます。風呂に入る時間は決まっていて、大体二十一時です。遥さんが気を使ってくれたおかげで、いつもわたしは一人で入浴することができました。ですから、こうして男だとバレる心配もありません。


 しかし、その日ばかりは違っていて、


「……ん?」


 着衣所の方から音がします。誰かが忘れ物でも取りに来たのでしょうか。


 しかし、予想は外れ、扉が開かれて――


「――入るぞ」


 真っ白な布一枚だけの真理様がそこにいました。わたしは暫し呆然した後……思わず、


「きゃあ―――――――――――――――――――――――――――――――――っ‼」


 女の子のような悲鳴をあげながら、風呂の端まで逃げてしまいました。自分がすっかり男を忘れている事実に悲観する余裕もなく、悠然とこちらに歩いてくる真理様に向かって叫んでいました。


「お、お嬢様っ⁉ どど、ど、どうしてここにっ⁉」

「どうしてって……風呂に入りたいからに決まっているだろう。それともなんだ? この時間帯はお前専用なのか。こんなに広い風呂を一人で使うなんて、さぞいいご身分なんだろうな?」

「す、すみません……って、お嬢様方は部屋にお風呂が備えつけてあるじゃないですか……」

 

 お嬢様の部屋は使用人の部屋の二倍ほどの広さがあり、トイレやお風呂も個々の部屋にあるのです。ですから、わざわざこんな場所に来る必要はないはずなんです!


「ふん、別にここが使用人専用の風呂場ってわけじゃないんだろう? まさか、お前の許可がないと入れない規則でもあるのか?」

「ないですないです! わたしの許可などお構いなしに、いつでも真理様は入られていいんですよ! はい!」

「ふふっ、そうだそうだ。ま、使用人専用だとしても、わたしは問答無用で入るがな。使用人の分際で風呂を占領など、贅沢が過ぎる」


 真理様の言葉の節々には棘がありました。しかし、心に走った痛みに気づけない程、わたしの心は真理様の体に釘付けになっていたのです。


 服を着ているときもあまり凹凸のない体だとは思っていましたが、こうして裸体に近い状態でも、やはり起伏はなく、女性らしさからは程遠いと見えます。ですが、ここで大切なのは女性の裸体という部分だけで、経験の乏しいわたしにとってはとてつもない破壊力を持って見えました。


 足元から熱が、下半身の上部へとせり上がっていくのを感じます。不測の事態を案じて、わたしも布で体を隠してはいますが、このままでは不自然に隆起したソレを真理様に見られ、屋敷を追い出されかねません。

 

 わたしは湯に浸っている真理様から視線をずらしました。しかし、彼女はそんなわたしをからかうようにして近くに寄ってきます。


「ど、どうされたんですか?」

「なにを恥ずかしがっているんだ? 女同士なんだ。これくらいの触れ合いは普通だろう?」

「そ、そうかもしれませんが」


 肩が触れているんですよ! 柔らかな肌がっ‼


 しかし、ここで取り乱しでもすれば怪しまれるに違いありません。なんとか平静を保てるよう努めます。


「……そうだ、このわたしが直々にお前の体を洗ってやろう。よし、出ろ」

「ちょ、ちょっと、真理様!」


 真理様がわたしを湯船から出させようと、手首を掴んできます。抱き着くような形になり、薄い柔らかさを感じました。緊張や、不安、恐怖などがごちゃ混ぜになって、


「――止めてください‼」


 思わず、真理様の手を力任せに振り払ってしまったのです。


 彼女は驚いたように目を見開くと……泣きそうな子供のような表情になりました。しかし、それも一瞬で、すぐにわたしを睨みつけてきました。怒っているようです。


「す、すみませんでした!」


 わたしは咄嗟に謝罪の言葉と共に頭を下げました。使用人の分際で、お嬢様に手をあげるなど、万死に値します。わたしは今この場で、解雇を宣告されるのを覚悟しました。言われても、反論できる言葉などありません。


 湯船に映るわたしの顔は、なんとも情けない表情をしていました。顔は青ざめ、恐怖に怯え、自分の肩を抱きしめています。


 しかし、言葉は一向に返ってきませんでした。不審に思い、恐る恐る顔をあげると、そこには落胆の表情の真理様がいました。いつも強気で、高飛車たかびしゃな彼女からは、想像もできない面持ちです。


「――ごめん」


 一瞬、自分の声だと勘違いしかけました。それくらい覇気のない声だったのです。


「わたし……なにも考えていなかったな。お前の事情なんて気にせず、好き勝手やってた」

「い、いえっ、真理様はなにも悪くありません! 悪いのはこんな――」

「言うな」


 彼女は立ち上がると、わたしに手を伸ばしてきました。


「なあ、わたしの背中を流してくれないか? そして、話がしたい」

「……はい、勿論、です」


 わたしは巻いていた布が落ちないように、気をつけながら立ち上がりました。そして、木の風呂椅子に座った真理様の背後につきました。傍にあった石鹸を布に擦りつけて泡立たせると、彼女の背中に押しつけました。


 水に濡れた真っ白な背中に、思わず喉を鳴らしてしまいます。無意識にこの色気を出しているとしたら、将来、真理様は男に困らないでしょう。


 わたしはそんな雑念を拭うように、布を上下に動かします。


「痛かったりしませんか? もっとこうして欲しいとか……」

「ない、いい感じ」

「そうですか」

「……なあ」

「なんですか?」

「お前は後悔したことって、あるか?」


 神妙な声で真理様は言いました。これもまたわたしの知らない彼女です。


「後悔なら……数えきれないくらいありますよ、本当に」

「じゃあ、もし、過去に戻れるとしたら……後悔をなくせるとしたら、どうする?」

「……どうもしませんよ。まず、過去に戻ることなんて不可能ですし……例え、できるとしても戻りません」

「どうしてだ? 辛いことをなかったことにできるんだぞ」


 わたしは過去を思い出します。結果……最悪だけが生まれました。


「だって、戻ったところでわたしにできることなんて一つもないんです。わたしの後悔の殆どは押しつけられたようなものなんです。そう思っています……だけど」

「だけど?」

「……今、言葉にしてみて、もっと自分のことが嫌になりました。すみません、今の言葉は全部嘘です。きっと、わたしは諦めているだけで、もっと努力をしていれば、後悔しないでいられたと思います。結局、わたしの弱さが全部いけないんです。こうやって嘘で塗り固めて、嫌な過去から目を背ける……こんなわたしが、自分は大嫌いです」


 本心でした。わたしが一番嫌いなのは自分自身なのです。


 真理様は何度か頷いた後、辛そうに言いました。


「そうか……わたしも後悔ばかりだ。できるなら、あの頃に戻ってやり直したいって何度も思う。それに……」

「……真理様?」

「ううん、なんでもない。とにかく、すまん、嫌な思いをさせて」

「いえ、大丈夫です」

「嫌なことがあったら言ってくれ。限度はあるけどな」

「ありがとうございます……なるべく嫌と言わないようにします」

「……はあ、色々とべらべら話してしまった。できれば忘れて欲しい、今の話は」

「善処します」


 この時間だけ、わたしたちはお嬢様と使用人の関係ではなく、ほんの少しだけ年の離れた姉妹のような真柄になっていました。


 やはり、真理様はとても優しい方だと、改めて思いました。


 背中の後は髪もわたしが洗いました。その後、真理様は湯船に浸からずに風呂場を出ていきました。わたしは少しだけ体を温めた後に風呂を出ました。そして、脱衣所で着替えようとしたのですが、そこで問題が発生しました。


「……あれ?」


 服や下着を入れていたはずの網箱の中から、下着がなくなっていました。風呂に入る前まで履いていたものと、着替え用のものと二つ。他の箱の中も見てみましたが、何処にも見当たりません。嫌な予感が頭をよぎります。考えられることは一つ。


 真理様が隠した……!


「ヤバいヤバい!」


 一応、下着は女性ものにしていたので男だとバレる心配はないですが、このままでは色々危険です。


 裸のままで出るわけにはいかず、残っていた使用人服を直接肌の上に着ました。急いで脱衣所を出ます。


(うへ――――! ぶらぶらする―――――――――!)


 服の下で男の象徴が暴れまわります。しかし、いつもよりも解放感があり、心地がいいです。女性用下着はやっぱり位置が定まらないので好きじゃないのです。


 わたしは真理様の部屋の扉を叩きました。しかし、反応はありません。閉じこもってやり過ごすようです。なす術なく、わたしはトボトボと自分の部屋へと戻っていきました。途中、遥さんとすれ違います……何処かで見たことのある色の下着を持った彼女と。


「は、遥さんっ、それどうしたんですか?」

「ん、これ? 廊下に落ちてたから持ち主を探してたんだけど……その様子だと、まさか樹里ちゃんの?」

「…………」

「はは、図星みたいだね。なに? 真理お嬢様の悪戯?」

「……はい」

「あはは、それしかないよね。って、もしかして今」

「なにも下に着てないです」

「ああ……ご愁傷様です」


 同情されてしまいました。とほほ……


 遥さんから下着を受け取ると、自分の部屋に戻って使用人服を脱ぎ、下着を履こうとしました。すると、股間に鋭い痛みが走りました。


「……ん?」


 下着を脱ぐと、なにか紙切れが引っかかっていました。読んでみると、


『わたしよりも小さいのか。はっ』


 煽りの文章が書かれていました。小さい……もしかして、胸のことでしょうか。わたしは男なので、胸に起伏などありません。


「……真理様」


 自分の体のこと、気にしていられたんですね。


 小さい胸に悩む真理様を想像してみると、微笑ましい気持ちになりました。

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