表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

#3 破邪の御太刀

私の自慰的作品をお楽しみください。

※この作品に登場する同名の実際の団体、組織、企業、事件とは一切関係はありません。

※この作品には長期連載および不定期更新が予測されます。ご了承ください。

※この作品には過度な著者の自己満足が含まれています。ご了承ください。

※この作品には誤った情報、解釈、認識、価値観が含まれています。ご了承ください。

「大丈夫かい?」


 銃撃による被害を確認し終えた鬼村は、トラックの横で放心している桃華に声を掛けた。桃華は未だに先程の出来事が信じられないでいた。治安と安全の番人たる警察が盗人紛いの略奪をし、剰え、怒りに任せて無抵抗な一般市民に銃撃を加えるなど努々考えられないことだった。


「私は大丈夫ですが、あの、こっちの警察は皆、ああ言う感じなのですか?」

「皆が皆と言うわけじゃないが人民警察ではああ言う輩は多い。当然、彼らがやさぐれるにも理由がある。市民にとって畏怖の象徴は公共情報保安省とそれに付随する公共保安衛兵大隊だし、市民が頼りにするのは個々の地域社会に設立される最小共同体だからね」

「最小共同体?」

「ああ、最小共同体って言うのは大凡十世帯で構成される組織の事で、食糧供給や衛生管理など、行政に頼らなくても最低限の生活が保障されるように自営能力を有するようになっている。例えば、僕の住んでいる住宅団地だと箱浦団地一号棟共同体みたいな感じで一棟毎に組織されている。この共同体に共通する特徴として帰属意識が強いことと他の共同体に対しての対抗意識が強いこと、そして閉鎖的であることが挙げられる。この社会で上手く生活するためには共同体に参加することが必要不可欠だが、水漏れの修理やら独立記念日の飾り付けやら、何かと共同体絡みで働かなくちゃいけないことが多くて、中々、面倒なんだ」

「へえ、そうなんですか。そういえば、あのお酒もトラックとかと同じように用意していた物なんですか」

「そうだよ。あれは人民警察対策だね」

「お酒って禁止されているんですか?」

「そうだよ?党のスローガンの一つで『酒は飲むな、煙草は吸うな、運動をして野菜と果物を食べよ』ってのがある。ムカベ大統領の言葉を引用したものなのだが、要は健康のために健康を害する物は法律で禁止しようってことさ」

「あれ、でも、鬼村さん、煙草吸ってましたよね?」

「考え事をしていると煙草があればと思う時がある。悲しいかな、そうなってしまうと煙草の事しか考えられなくなるんだ。しかも悪いことに、煙草やお酒を手に入れることはそこまで難しいことじゃない。嗜好品を渇望する人たちが多いことが原因なのだろうが、店舗を持たない個人の卸売業者が富士薬会や置薬組合と言った徒党を組んで活発に活動してくれているおかげで、多少、裏社会に足を踏み入れる必要があるが、一般市民にとって煙草や酒は幾らかの危険と金を払えば手に入ってしまう状況なんだ」

「私は吸わないので分かりませんが、法を犯してまでも吸いたいものなんですか」

「多分、私の考えは他の人たちと同じだろうと思うのだけど、煙草を吸うことは不健康取締法違反になるのだが、実際、所持と吸引だけなら罰金刑が課せられる程度だ。勿論、罰金なんて払いたくはないが、警察に見つかるなんてことは滅多に無いし、罰金を取られたとしても嗜好品を嗜むことを止めるきっかけにはならない。それに、みんなやっている」

「・・・まあ、それは分からないことは無いですかね。私も自転車で誰もいない農道の一時停止を無視していますし、何かを言える立場じゃないですね」

「ただ、罰金刑に収まるのは一般市民だけで、公務員の場合は加えて懲戒免職や減給処分が科せられることになっている。今回はそれを利用したわけだが」

「・・・まさか、撃たれるとは思いませんでした」

「人妖に言い包められたのが余程気に食わなかったんだろう。私のせいだ、すまなかった。今度からは相対する事態にならないようにしよう」


 休息を終えた二人は再びトラックに乗ると、一路、函館を目指した。




 夜中の函館を走ること40分、辿り着いた先にあったのは、工場と居住スペースが併設された小さな町工場のような建物だった。そこの車庫にトラックを停める。有るべきところに帰ったかのように馴染んでいた。荷台の羽毛布団から取り出した刀を受け取った桃華に物陰から声が掛かった。


「お前らが件の小包か?」


 物陰から声が掛かった。声からして男性であることは分かったが、弱々しい裸電灯に照らし出されたその顔は、目尻が裂けんばかりに目は見開き、口は不自然なほどに横に歪んでいておどろおどろしい物だった。それを見た桃華は刀を抱いたまま、腰が砕けたようにペタンと座り込む。


「おいおい、大丈夫か」


 桃華を心配して近づいた男性は、桃華の「ひっ」と言う声に状況を察したようだ。


「ああ、驚かしてすまない。この面は勘弁してくれ。素顔は明かしたくないんでな」


 暗がりのせいで怪物に見えたその顔は、見るも愉快なひょっとこの面だった。


「あなたが運送業者か」

「ああ、そうだ。無事来れるか心配だったぞ」


 男性は桃華を引き起こし、二人を屋内に案内した。部屋は中央に半畳が配置された見事な四畳半で、車庫とは違い傘の付いた電灯があったがそれは点いておらず、代わりに部屋の隅に行灯が灯されていた。「腹減っただろう」と言って男性が持って来たのは茹でたジャガイモの山だった。薄く塩胡椒が掛かっている。


「ドイツ人みたいですね」鬼村が言った。

「ドイツ人の主食はジャガイモじゃないらしいぞ」

「そうなんですか」

「知人が言っていたが、肉なんだそうだ」


 三人はジャガイモを頬張った。こちらに来てから粗悪な牛乳しか口にしていなかった桃華は、ジャガイモの美味しさに軽く感動していた。

 三人揃って暫く黙々と食べた後、ひょっとこの男性が口を開いた。


「さて、良いところで今後の算段をしたいと思うんだが、まずは荷物の中身について教えてくれないか」

「荷物の中身?」

「俺は運送業者で運ぶ物に分け隔てはないが、物に合わせて取り扱い方は変える性質何でな。お前ら二人を西側との境界線まで運ぶことは聞いているが、どう云う状態の荷物だかは聞いていない。心配するな、俺にも流儀はある。もし、お前がこんな可愛い女性をかどわかしている屑野郎でも、運ぶこと拒否したりはしない。なんてことは無い、お前らにややこしい事情があるなら俺にも準備が必要って話さ」

「私は鬼村 勝之、大学で準教授をしている。故あって、この子を西日本まで送らなければならないんだ」

「この子は何をしたんだ?政治家の嫌がらせに平手打ちでもしたのか?」

「軽口を叩かないでくれ、彼女は何もしていないんだ」

「すまんすまん、じゃあ、何で西に行くんだ」

「彼女は・・・神人なんだ」

「は?こいつが?マジか」


 信じられないと云った感じでジャガイモを頬張る桃華を見る。この間抜けな顔に、この上なくややこしい事情があることを知って、ひょっとこの男は暫く愕然としていた。


「・・・仕事を受けられないとは言わないよな?」

「勿論、勿論!流儀があるからな。ただ、もしかしてお前ら追われてる?」

「すまないが、状況は最悪なんだ」

「そうか、いや、お前らを運ぶのは請け負う、嫌々だけど。だが、一つ条件がある。30万を上乗せしてくれ」

「あの金額では足りないと言うのか?」

「まあ、結構良い金額を提示しては貰ったが、神人を運ぶとなれば話は別だ。俺は神人がどんな存在か知っているし、お前らも今の立場を理解しているんだろう?だったら、分かると思うけど」

「・・・分かった、30万を追加で払おう。但し、君が私たちを裏切らない保証はあるのか?」

「その手の話は時々、別の取引相手からもされるんだが、その度に言っていることがある。この場合の保証は俺が用意するものじゃない、お前らが用意しとけってな。前に品性の無いろくでなしを嵌めたことがあったが、後になって襲撃されてな。その時に俺のせいで自分がどんだけ損害を被ったかを怒鳴られたんだ。馬鹿な奴さ、信用できない奴と組む時は裏切られても良いように準備しておくべきだ。そうしたら裏切られることもないし、トムラウシで自然に還ることもなかった」

「なるほど、君の言うことには一理ある。追加で30万払おう」

「話が早くて助かるよ」

「但し、追加分の30万は君が裏切った時の為の対処費用として手元に残しておく。君が裏切らなければ、そのまま君は30万を手に入れることが出来る」

「なるほどね。良いだろう、取引成立だ。それで、お前らは西との境界線まで行きたいんだよな、それってもしかして、日本連邦共和国じゃなくて日本神道共和国に行きたいのか?」

「ん、日本神道共和国?」


 聞いた事の無い単語に桃華が反応する。


「どういうことだ、日本神道共和国を知らないのか?」

「・・・鬼村さん?」


 鬼村は思いつめた顔で沈黙している。何か重要な事を隠していることは明らかだった。桃華は口内のジャガイモを飲み込むと、確実に聞こえるようはっきりと言った。


「鬼村さん、詳しく説明して頂けませんか。日本神道共和国とは何ですか?私は今、どんな状況なのですか?教えてください」

「・・・煙草、貰えませんか」


 男性は胸ポケットから煙草を取り出し、その中の一本を鬼村に手渡して火を点けた。一息分の紫煙を掃き出し、鬼村は今の状況を説明し始めた。


 桃華が時間旅行をするきっかけとなった大太刀、名を「破邪の御太刀」と言う。

その昔、人生50年と言われた時代、守護領国制で領地の自治権を与えたが為に民の忠誠心はその領主たる者に帰し、信仰を依代とする天子は力を無くした。力の均衡化によって世は乱れ、遂に戦乱の世となるに至り、その宙に浮いた政治の大綱を巡る争奪戦は多くの血を流し、幾多の新興国を滅ぼした。

天子は民の心が離れたのは時勢と考えて飽くまで静観を貫いていたが、終わりの見えない戦乱を嘆く民を憂い、この争いに宣戦する決意を固めたのだった。

 しかし、当時の天子の力は、名を広めつつあった大名と比べると明らかに見劣りするものだった。そこで天子は、今川義元を桶狭間の戦いで打ち破った尾張国の守護大名、織田信長と同盟関係を結ぶことにした。その際、天下統一のために天子直属の戦闘集団である《神人官軍》が結成され、舞台には天子が直々に神力を込めた神具が支給された。その内の一つが、この大太刀だと云う。

 長い内戦の末、江戸幕府の誕生によって安寧の世となると、神人官軍に軍事的存在意義は薄れて行き、幾度かの再編と縮小を繰り返した後、程なくして解体されるに至った。力を宿した神具も開国による軍組織と兵器の近代化が興ると、戦力としての必要性を失い、一部の武官が家宝として保管する以外の物は長い間埃を被ることとなった。

 近代に至り、軍閥の勢力が強くなり、周辺国への軍事侵攻と植民地化、皇民化政策、民族浄化と云った帝国主義に則った政治に移行して行くと、それらを維持するために軍部は勿論のこと、全臣民の結束を諮る必要が出てきた。そこで引っ張り出されたのが神人官軍と神具である。既に大日本神国軍は天子直轄の軍組織である官軍として活動していたが、古くから天子の私兵として広く認知されている神人官軍を復古させることで、軍内部の士気の向上と臣民の支持を得ようとしたのである。日露戦争後の第三次軍備再編計画によって新たに五つの神人近衛師団が編成され、神具は、元帥や師団長などの上級階級の者に下賜され、士官級にはそれを細分して打ち直した軍刀を支給した。精神的示威的象徴としての役割を期待しての政策だったが、軍組織に於ける効果は絶大で、神具を持つ者がその力を使えば、その者の命令は勅令と同等の価値を持ち、亦、その者の言葉は勅語と同等の価値を持った。それは戦争末期に絶大な効果を発揮するになる。

 しかし、精神の戦争は物量の戦争には勝てなかった。敗戦によって大日本神国は解体され、占領国は極東軍事裁判で天子を「平和に対する罪」と「人道に対する罪」で断罪、国政を担っていた重役共々処刑し、偶像と化していた軍刀も多くが廃棄された。しかし、一部の軍刀と純粋な神具は既に廃棄亦は隠匿されるなどして、行方不明となっていた。

戦後、第一世界と第二世界が急速に構築され始めると、日本もドイツと同様に占領軍統治からの独立と新 国家建国が急がれた。極東・ソヴィエト社会主義連邦共和国(極東連邦共和国)、シベリア・ソヴィエト社会主義連邦共和国(シベリア連邦共和国)、ウラル・ソヴィエト社会主義連邦共和国(ウラル連邦共和国)、トルキスタン・ソビエト社会主義連邦共和国(トルキスタン連邦共和国)、ロシア・ソビエト社会主義連邦共和国(ロシア連邦共和国)、沿ヴォルガ・ソビエト社会主義連邦共和国(ヴォルガ連邦共和国)の六つの連邦国家から成るソヴィエト社会主義共和国連邦(ソヴィエト連邦)から支援を受けた日本共産党が憲法を作成し、日本民主共和国を建国した。翌年、ソヴィエト連邦を盟主とする軍事同盟《ワルシャワ条約機構》に加盟。更に同じくソヴィエト連邦主導の《経済相互援助会議》に参加するなど、政治的経済的軍事的にソヴィエト連邦、特に極東連邦共和国と密接な関係を築いた。地理的に重要な地域だったこともあり、大戦で壊滅的被害を受けた室蘭市、釧路市、根室市は早々に復興し、造船業を中心として国家を立て直していった。しかし建国から十数年後、スターリンの死去をきっかけとして、皇道派と呼ばれる天子を元首と崇める人々が、大戦末期に持久戦に持ち込むために山中に隠匿していた兵器を持ち出して武装蜂起。それに同調する一部の国家人民軍や日本国境警察国境警備隊も合流し、〈官軍〉を名乗った。尚、この官軍を現政府は日帝系思想犯集団と呼び、同調していない市民は旧政府軍と呼んでいる。また、侮蔑を込めた呼び方として敗残兵、戦犯と云う場合もある。官軍は東北の一部を占領した後「日本神道共和国」の建国を宣言した。当然、現政府側がそれを認めるわけが無く、直ちに武力鎮圧を開始した。しかし、官軍は山中に防衛線を構築し、遊撃戦を展開して猛烈に抵抗。現在に至るも緊迫した内戦状態が続いている。

 現政権側は当初、これを簡単に鎮圧することが出来ると踏んでいた。数量的にも装備的にも大きな差があった上に確固たる制空権を保持していたからである。この圧倒的な戦力差が存在している限り、思想犯集団に攻勢も持久戦も出来ないと想定された。そして何より、国を戦争に導き、民に災厄を齎した戦争犯罪者に民衆の支持を得られるはずがないと考えていたからである。しかし、想定した様にはならなかった。一部の人民軍の造反、反乱軍の組織的抵抗や善戦も理由として挙げられるが、決定的な理由としては想定していた要因が現実と違っていたことであろう。つまり、占領された地域の民衆が官軍を支持したのである。その実例として挙げられるのが酒田総合運輸都市無血占領事件だ。

 事件当時、武装蜂起した官軍は山形県を中心に勢力範囲を広めていた。これに対処すべく政府軍は酒田港に一個師団を上陸させ、酒田空港に航空隊を配備して臨時の前哨基地とすることを計画した。しかし、実際に軍事作戦が実行されることは無かった。官軍に対する攻撃に反対する市民の猛烈な抗議が巻き起こったのである。更に、軍もこれに応じて官軍に無抵抗宣言をして投降し、酒田空海港都は血を流すことなく占領され、政府軍は当区域に於ける制空権を巡って争わなければならなくなったのだった。

この事件の発生時に撮られた写真に、神人と思われる人物が集まった市民に対して眩い光を放つ剥き身の刀を掲げている物があった。官軍は、嘗て精神的示威的象徴だった神具を再度活用していたのである。これを現政府は古代兵器を用いた集団催眠事件と断定した。

 現時点において、桃華の持つ破邪の御太刀は現政府にとって第一世界の次に警戒すべき国体を脅かす存在であり、歴史的政治的観点から見ても、早急且つ大々的に排除するべき存在である。つまり、現政府に桃華の不幸を斟酌する政治的利点は全くないのである。

 この状況を鑑みた鬼村は、桃華の身の安全を確保するためには敢えて日本民主共和国と敵対する日本神道共和国に保護を求めるしかないと考えたのである。しかし、それには両国が国境線を争う紛争地帯を越えなければならず、大きな危険を孕んでいた。しかも、日本神道共和国は何れの国家からも国家承認されていない国家であり、国体は非常に不安定であることから辿り着けたとしても安全が手に入るとは限らなかった。


「現状、君が最も安全に居られる場所は日本神道共和国、つまりは旧政府の支配地域なんだ。しかし、言ってしまえば旧日本軍の残党が武力占領している地域に行くのは、身の安全を確保するためと言っては余りにも・・・。すまない、要は私に辛い現実を説明する勇気が無かっただけなんだ」

「・・・でも、それしか方法はないんでしょう?鬼村さんが私のために色々考えてくれているのは分かっています。鬼村さんがそう判断したのなら、それは必ず最善の判断に決まっています」

「君は、優しいな。ありがとう」


 蚊帳の外となりつつあったひょっとこと男が、思いついたように二人の間に割って入った。


「なあ、思ったんだが、単純な話、刀を捨てれば良いんじゃないか?」

「・・・捨てる?」


 男性の提案に内心とても驚いていた桃華だったが、何に驚いたかと言えば、その最もシンプルで真っ先に思いつくであろう考えに、今まで至らなかったことにだった。桃華はその提案に乗ろうと希望の眼差しで鬼村を見るが、鬼村は難しい顔をしていた。


「私の考えが正しいとすれば、恐らくそれは難しいと思う」

「それは何故ですか」

「・・・少し、試してみようか」


 鬼村は男性と共に何処かへ行った。暫くして、スレッジハンマーと呼ばれる重さ二十ポンドの大型金槌を持って現れた。鬼村は煉瓦を二つ配置し、その上に剥き身の刀を置くと、金槌を桃華に差し出した。


「へっ・・・?」

「これを刀に振り下ろしてみてくれないか」

「わ、分かりました・・・・・・って、重!持ち上がらないっ・・・」

「そりゃあ、そんな先端握ってたら駄目だよ。片手はもっと根本を持って」


 持ち上げ方についてひょっとこの男から手解きを受けつつ、ようやく肩に担ぐ恰好まで持って行った桃華は落としたかのように振り下ろした。しかし、殆ど自由落下程度の力で振り下ろされた金槌は的を大きく外れ、畳にめり込むに終わった。


「す、すみません」

「いや、それは大丈夫だよ。ここ、俺んちじゃないし」

「えっ、じゃあ、誰の家なんですか?」

「よく知らない出張中のおっちゃんの家」

「嘘ぉ・・・」

「いいから、いいから。もう一回思いっきりやってみて」


 促されるがまま、その後も何度か試してみるが一度も刀に当たることは無く、畳にいくつもの穴を穿つばかりだった。


「はあ、はあ、はあ・・・ふへぇ、疲れたー」

「そろそろ、実験は終わりでいいかな鬼村くん。寝る場所が無くなっちまうぜ」

「そうですね。じゃあ、最後に貴方がやってみてください」

「俺が?まあ、良いけど」

「・・・じゃあ、お願いします!」


 桃華から金槌を受け取ったひょっとこの男は、金槌を構えると自然な流れで力いっぱい振り下ろした。その型に沿った打撃は確実に刀を捉えていた。しかし、実際に金槌の頭部が当たることは無かった。


「えっ・・・」


 金槌は哀れにも頭部と柄が両断されていた。それをしたのは他でもない、刀を振り抜いた格好でぽかんとした阿保面を晒す桃華自身だった。


「今、何が起こったんですか?」

「分かってなかったのか。お前、俺が振り下ろす瞬間にいきなり刀掴んで、すげえ勢いで振り抜いたんだぞ?」

「・・・こ、これはどういうことですか、鬼村さん」

「君が刀を拾った時、君と刀の間に何かしらの繋がりが出来たんだと思う。縁と言った方が良いかな。刀は君の意識に入り込み一時的に意識を支配することによって、言わば相利共生のように君は驚異的な身体能力を得る一方、宿主として刀を保護することを強制される。つまり、今起こったように君は刀を攻撃することは出来ないし、刀に危機が迫った時は享受された身体能力を持ってこれを排除する。そして、これらは無意識下で行われるため、恐らく、捨てることも出来ないと思われる。こんな感じかな」

「なるほどー・・・って、マジっすか。じゃあ、当たらなかったのは私がポンコツなわけじゃなくて、無意識を操作されていただけなのですね」

「いや、君の時間旅行と同じくらい恐ろしいことだと思うけどね。タイワンアリタケかよ。まあ、いいや、じゃあ予定通りに話を進めよう」

「よろしくお願いします」

「まず、日本神道共和国にどうやって渡るかだが、陸路、海路、空路の内、一番おすすめなのは陸路だ。当然、日本民主共和国と戦闘を繰り広げているホットポイントからは渡ることは出来ない。そこで、日本神道共和国の占領地域と日本民主共和国、日本連邦共和国が接する地点が良いだろう。つまり、旧群馬自然保護記念公園だ」

「東西冷戦初期、高まる緊張を緩和させるために旧群馬県の大部分を東西合同で自然保護区に指定し、入植および軍備を禁止する緩衝地帯とした。いわゆる、灰色地区ですね。確かにそこなら常備軍は居ないので比較的突破しやすそうですけど」

「実際のところ、東西平和への歴史的進歩と言われた自然保護公園は国家主権が曖昧ってことで犯罪組織や密入国者、両国のスパイが入り乱れる無法地帯だがな。まあ、俺の輸送路もそこにあるわけだ」

「そうですか。じゃあ、問題はそこまでどうやって辿り着くかですね」

「そうだな。まあ、東北に渡れればその先はそれほど大変じゃない。一番大変で危険なのは北海道から東北に渡るときだ。だが、心配するな。そこにも俺の輸送路はある。それに運が良いことに明日からは勤労感謝週間だ」

「勤労感謝週間?」

「勤労を尊び、勤労に感謝し、労働者同士で喜びを分かち合いつつ労働する週間だよ。毎月23日から29日に開催されるんだけど、各省庁は最終日に労働省に出向いて期間中の成果を報告しなくちゃならないんだ。成果には目標値が設定されていて、出来高によって点数が付けられる。目標値に対して出来高が9割5分なら9.5点、10割なら10点、10割を超えて更に1割なら11点。そして、一年の終わりに毎月の点数が合算され、その合計点が120点を満たしていれば責任者は上級役員へ昇級したり増給したり褒美を受ける。逆に到達していないと叱責を受けて懲戒免職や減給の処罰を受ける」

「へえー、私の居た世界でも同じような名前の祝日がありますが、随分と意味合いが違いますね」

「そっちはどういった感じなんだい?」

「学校が休みになります」

「そいつは良い日だな。こっちも俺にとっては良い日なんだ。俺は既存の交通機関に便乗して物を運ぶんだが、この期間中は運送関係も目標を達成するためにかなりバタバタするから多くの物を運べるし紛れ込ませ易くもなる。フィリピンから輸入された仔羊とか違法性の低いものなら黙認して運んでもらえるし、良い稼ぎ時なんだ」

「それで、私たちは何で運ばれるんだ?」

「それはお前らの状況に依るかな」

「状況ですか」

「お前らがどのくらい追跡されているかの程度。多少余裕がありそうなら偽造旅行券を作って普通の旅行者と同じ快適な旅になるさ。逆に厳しそうなら人を運ぶ用じゃないやつで運ぶしかないかな」

「函館に入るときの検問では酒との交換で見逃されたが、公共情報保安省には確実に追われている。もし、人民警察と公共情報保安省の間に情報提供の規定があるのなら、私たちが函館に入ったことが知れるのは時間の問題だろう」

「やっぱり、状況は芳しくないか。さて、どうするか」

「この件に関しては私たちはどうすることも出来ないので全てを貴方に任せます。もし、何か手伝えることがあれば出来る限りの事はします。追加料金は払いませんが」

「なんだよ、読まれてんのか。追加10万で何とか出来るって言おうとしたのに。まあ、良い、お前にやってもらいたいことがある」

「言ってみてくれ」

「お前らの乗って来たポンコツだが、あれは公共情報保安省の手掛かりだ。あれを囮に使う」

「ほう、で?」

「あんたには囮役として犠牲になってくれ」

「断る。すまないが、それは出来る限りを超えている」

「チッ、そうかよ。じゃあ、囮屋に頼むさ。それより真面目な話、お前にもやってもらいたいことがあるんだ」


 それから暫く北海道脱出計画の話は続いた。この世界の摂理も理も知らない桃華は早々に議論から離脱し、煙草の匂いに足を引っ張られながらも、疲労がいざなう夢の世界へ歩んで行った。


 朝ぼらけ、その見た目相応の重く鼓舞するようなエンジン音が車庫内に響いた。角を隠すためのロシア帽を被った鬼村がサイドカー付きのバイクに跨る。それはひょっとこの男が用意した逃走用のバイクであるが、用意したと言っても三人が一晩を明かした家の車庫に元々あった物である。


「それでは、よろしくお願いします」

「はいはい、そっちも頑張って逃げてくれよ。お前らがへまこいて捕まると俺の評判が落ちるし、何より30万をみすみす手放すのは惜しいからな」

「はっはっは」

「そうだ。嬢ちゃん、これをくれてやる」


 桃華はひょっとこの男が投げた物を驚きの声とともに顔面で受け止めた。それは薄汚れた厚手のコートだった。


「嬢ちゃんの恰好は小奇麗過ぎて目立つからな。それを羽織った方が良いぞ」

「ありがとうございます。・・・これも現地調達ですか?」

「いや?これは隣の家から」

「それも現地調達ですよ」

「そうそう、お隣さんは寝てるだろうから起こすなよ?」

「はあ、もういいです。私も十分共犯者です。開き直ります」


 実際、これで寒さを耐え忍ばなくても良くなったのであるから、桃華も強く否定は出来なかった。


「そんな物欲しそうな顔をするな。心配しなくてもお前にもあるぞ」

「いや、そんな顔してないが」


 ひょっとこの男は鬼村に小さなバックパックを手渡した。こちらも薄汚れている。


「約束の物と、幾つか役に立ちそうな物を入れといた。上手くやれよー」

「それじゃあ、青森で」


 夜明けと言うこともあり、体に当たる風は寒風と言って差し支えが無かった。だが、先ほど手に入れたコートを羽織る桃華には関係の無いことだった。これが本当のどこ吹く風である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ