表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

#1 1965年

私の自慰的作品をお楽しみください。

※この作品に登場する同名の実際の団体、組織、企業、事件とは一切関係はありません。

※この作品には長期連載および不定期更新が予測されます。ご了承ください。

※この作品には過度な著者の自己満足が含まれています。ご了承ください。

※この作品には誤った情報、解釈、認識、価値観が含まれています。ご了承ください。

―――現在と云うものが常に連綿と続く過去の結果であるとすれば、恐らく、私の目に映る世界が崇高なる文明史の結果として存在しているのは、いつの頃か、歴史に知見不能で致命的な欠陥が生じたからなのでしょう―――


2017/4/16



 上の言葉は事件後に滑川 桃華の自室から見つかったものである。若い彼女が何故、当時のアメリカ大統領を射殺し、入間首相を人質に国会議事堂に立て籠ったのかは、彼女が射殺された今となっては最早知る術はない。しかし、私はこの三行の文面が動機の本質であるように思えてならない。




 木枯らしが吹き荒ぶ大学の並木道を一つの自転車が走っていた。自転車にはマフラーに顔を埋めた若い女性が乗っていた。

 女性の名前は滑川 桃華。北海道大学教育学部二年の大学生だ。桃華は小学校での読み聞かせボランティアの帰りだった。教育学部では近隣の小中学校でのボランティア活動を実施しており、読み聞かせもその一環で桃華は積極的に参加していた。

 桃華は今日の読み聞かせを振り返る。これは毎回行っていることで、読み聞かせは分かり易いものだったのか、楽しいものだったか、次に活かせることは何かを考えるのだが、今回は読み聞かせの題材について思い返していた。

 読み聞かせに使う本は教育委員会の指導の下、前日に小学校側から提供されることになっていて、今回は『ももたろう』が提供された。桃華にとっても幼少の頃に読み聞かせてもらった懐かしさを感じるものだったが、所々に現代的な修正が加えられていた。例えば、お供として付いてくる動物たちは桃太郎のきびだんごを目当てで近づいてくるものだったのが、桃太郎が協力をお願いして快諾するという形に変わっていて、飽くまで旅路の粗食としての役割になっていた。亦、桃太郎が鬼ヶ島から持ち帰る金銀財宝の類は削除されており、単純に鬼を懲らしめただけとなっていた。

 時代の変化に思いを馳せつつ自転車を漕いでいると、道行く先に細長い棒状の物が落ちていることに気が付いた。自転車を停めて見てみれば、それは日本刀だった。剣道部か演劇部の備品かとも思ったが、漆黒の鞘、意匠的な鍔、厳かな柄からは気品と気高さが放たれているように感じられ、模造品の類ではないようだった。ひとまず、見つけてしまったことには落とし物として事務室に届けた方が良いと考え、桃華は刀に手を伸ばした。

刀に触れたその時、猛烈な違和感が指先から這い上がり全身を浸食するような、ほとほと気分の良くない感覚が桃華を襲った。視界が歪んだかと思うと、自らの平衡感覚が上下前後左右に目まぐるしく変化した。人体の中身を掻き回されるような、ストレートで醜悪な気持ち悪さに襲われた桃華は一瞬で嘔吐した。しかし、不思議なことにそんな状況でも刀から手を放すことが出来なかった。

それは一、二秒の出来事だったに違いない。長く思われた悪意の塊のような気持ち悪さは消え去ったが、負ったダメージは相当なもので蹲ったまま動くことが出来なかった。

「君、大丈夫か」

 動けないでいる桃華に男性の声が掛けられた。大病を疑うほどの異常を体験した手前、助けが来たことには素直に感謝した。しかし、顔を上げてみれば、助けに来た男性は少し奇妙な恰好をしていた。

 30代中頃と思われる男性は半長靴にスラックス、オッドベストと云うとてもモダンな恰好は、お洒落と云うよりかは自然に着こなしていた。だが、奇妙な点は服装ではなく、男性の額の両端に小さな象牙のような角が生えていた。それは特殊メイクかのように極々自然に生えており、白くすらりとした角は幽玄に見えた。


「!」


男性は古奈の傍に落ちている刀を見て驚いた様子だ。


「それを持って私に付いて来なさい。早く」


 驚いていると同時に焦っている様子だった。未だ頭が軽い酩酊状態にあり状況が呑み込めていない桃華の手を握ると、そのまま引っ張るようにして歩き出した。駆け足に近い早足だ。

 辿り着いたのは本が大量にあり、書斎のようにも倉庫にも見える部屋だった。天井までも伸びる本棚には所狭しと本が押し込められ、それでも入りきらない本が机に床にと煩雑に置かれていた。「どこか適当なところに座っていてくれ」と男性は言ったが、手頃に座れそうなのは積み上げられた本の上であり、文明人として、人類の英知の結晶である本に座るなどと云う愚行は到底容認の出来るものではなかった。

 桃華は本にカモフラージュされていた木製の小さな脚立を見つけ、その上に当然の如く置かれていた本を退かしてから座った。

 男性は部屋の奥から温めた牛乳を持って来ると古奈に手渡した。恐らく桃華に気を使ったのだろう。既に先ほどの気持ち悪さは無くなっていたが、桃華は厚意に甘えてコップの淵にそっと口を付け一口啜った。だが、期待外れなことに全く牛乳らしい味がしなかった。


「不味いだろう?脱脂粉乳だからね。栄養はあるんだが」


 顔に出てしまっていたのだろう。桃華は透かさず謝罪の言葉を口にする。男性は笑っていた。

 一呼吸おいてから男性が口を開いた。


「私は鬼村 勝之。君は?」

「滑川 桃華です」

「では滑川君。君はこの大学の学生かい?」

「教育学部二年です」

「その刀はどこで手に入れたんだい?」

「手に入れたと言うか、落ちていた物を拾おうとしていたところです」

「落ちていたのか?まさか、そんなことがあるわけ・・・」

「?」

「君はそれが何か分かっているのかい?」

「え?日本刀・・・ですか?本物かは分かりませんが」

「ふむ・・・」

「私も聞きたいことがあるのですが、えっと、鬼村さんのその・・・頭にあるものって何ですか?」

「角だが?」

「角、ですか。ふーん、角ぉ・・・。えっと、特殊メイクか何かですか?」

「もしや、君は私が何者か知らないのか?」

「?」


 鬼村は険しい顔をして黙り込んでしまった。桃華も訳が分からず、辺りに目を移すしか出来なかった。すると、視界に一九六五年と書かれた古いカレンダーが掛けられているのに気が付いた。


「随分と古いカレンダーですね」

「・・・?どれだい?」

「あれです。1965年と書かれたやつです」

「・・・君は、何年生まれなんだい?」

「平成7年、1995年です」

「30年前と云う事か。1965年に何があったか知っているかい」

「1965年ですか?えーっと、東京オリンピックですか?あれ?オリンピックは1964年でしたっけ?えーっと、あとはトンキン湾事件とかケネディ暗殺事件とかですか?」

「トンキン湾、ベトナムか」

「ベトナム戦争にアメリカが本格的に参戦するきっかけとなった事件ですよね。でも、国内情勢の悪化に伴って、結局アメリカはベトナムから撤退することになってしまう。まあ、授業で習ったことくらいしか知りませんけど」

 鬼村は一層難しい顔をする。煙草に火を付けて二、三度吹かしてから静かに口を開いた。

「今の君の話で訂正すべき点は三つある。一つ、あのカレンダーは今年掛けた物だ。全く古くない。二つ、今もベトナムではアメリカ軍が戦争中だ。三つ、東京オリンピックは開催準備中だ」

「へ?」

「当然、君は嘘を吐いていないのだろう。私はそちらの知識に乏しいから理解できてはいないのだけど、君の話はこの、今と云う時間では誤りと云う言葉でしか理解できない事柄であると云うことで、つまり、君は・・・、一体どこから来たんだ?」


 その質問への答えを桃華が持っているはずが無かった。桃華も同様に相手の言動を理解できていなかったのである。


「・・・とどのつまり、私は未来から来たと?」

「分かり易い言葉で言えばそうなるが、もう一つ君に聞きたいことがある。第二次世界大戦後、日本は何か国に分かれた?」

「えっ?分かれたって?」

「やっぱりか。どうやら君は、全く別の次元の時間からやって来たようだ。私の知る歴史では第二次世界大戦後、連合国による分割統治の後、日本は西側陣営の日本連邦共和国と東側陣営の日本民主共和国に分かれた」


 いよいよ、空想の話になっていた。何時かのテレビ番組で日本が分割統治される可能性があったことを扱うものがあったが、それは桃華にとってあり得たかも知れない、あり得ない世界の話だった。


「い、いまいち理解できません。何か確信出来るようなものはありますか?」

「その刀、それはこの世界の物で、存在を許されるものではなく、そして疾うの昔に排除された物だ。それが白昼堂々、落っこちていると云うのはあり得ない。そのあり得ない現状を説明するのに補うのが、別次元と云う話になるわけだ」

「・・・んー・・・」

「まあ、呑み込むのには時間が掛かるだろう。正直、私も相当混乱している。暫くここでゆっくりしていくと良い」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 鬼村は部屋を出て行くと、辺りを静けさが包み込んだ。時計が無いため今が何時かも何分経ったかも分からなかったが、ホットミルクを飲み終えるころには壮絶な暇に襲われ、桃華は膨大な蔵書の中を探索することにした。

 そう思い、脚立を立ったのは本棚に備え付けられた梯子ごと転落する一時間前のことだった。

 ここにある本は大きく文学、哲学、歴史に分類することが出来た。その中から『近世日本国民史』『日本開花小史』『中等歴史読本』を選び取り、暫く眺め見入った所、全くの歴史を歩んでいるわけではないらしく、古代から現代を通して大凡の歴史の道筋は同じような流れを辿っているようだった。しかしながら、鬼村の言う通り別世界であることも色濃く表れていた。

 その大きな相違点としてまず挙げられるのが《人妖》の存在だった。古くは人外と呼ばれていたもので、人とは違う形態が表れている者を指しており、人間とは別の種族として発現した存在のようだった。人間とは違う形態とは、鬼村と名乗った男性のように角が生えていたりするもので、分類学上は《鬼人》として分類されていた。鬼人は古くから存在していたようで、古い合戦を扱った文献の一文にこうあった。


「松原より出で来たり大男、並の鬼に双無き角持ちて、十尺ばかりの大太刀を振るいて陣へ分け入るに、

よもや敵七、八人だけ討ち取つたり。大音声にて喚き戦ふ姿、将に鬼神と言ふべきもの也。」


 これに併せてその時の合戦を描いた絵巻も載っていたのだが、甲冑武者の額に生えた角は彼の物と概ね同じ物と見受けられた。

 桃華は彼に生えていた角を思い出した。真珠のように純白で光沢を放ち、美しく弧を描くように湾曲したその姿は、幽玄と言うに相応しいものだった。

 また、もう一つの相違点として《神》の存在があった。八百万と言われる日本の神々はこの世界では実在の存在として居るようで、中でも重要なのは《天子》の存在だった。文献によれば、天子とは神々の頂点に君臨する神で、有史以来この国を治めてきた現人神である。その権限は先の大戦まで機能していたもので、多くは国会や行政大臣に任されていたものの最終的な最高意思決定権は天子が有していた。

 この国に現人神として君臨する天子だが、その姿を見ることは内閣総理大臣さえも許されることは無く、何人たりとも犯すことの出来ない聖域となっている。しかし、過去に聖域を犯した者の言葉が残されていた。

 天子には世話役として神官が仕えていた。女性は穢れたものとして扱われていたため、仕えていたのは全て去勢処置を施した男性だった。その内の一人が不注意で天子の姿を見てしまったのである。


「御簾のそばの、空きたるつるより見入つれば、側付きに年齢十ばかり、幼げなるにいとうつくしきも神さぶる也」


 聖域を犯した神官は家を断絶、身は切腹を申付けられ、自分の神官としての不甲斐無さを恥じて潔く自害したのだった。

 幾らか時間が経ったと思うが、いまだ鬼村が戻ってくる様子はなかった。恐らく、自分の住んでいたアパートなども存在しないものであると思い、ひとまずは鬼村が戻るまで部屋を出ない方が良いと考えて、褪せた革張りのソファーに腰を落ち着かせ、本棚にあった『ドグラ・マグラ』を読んで待つことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ