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クピド―~太陽のように笑う君~  作者: 夏目 碧央
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宇治十帖


 美也ちゃんが教室に入って来た。古文の授業である。源氏物語をやっているのだが、これはやたらと主語が省略されていて難しい。が、もうすぐ宇治十帖をやるようで楽しみなのだ。宇治十帖というのは、源氏物語の外伝、その後、みたいなもので、源氏物語の主人公“光源氏”の孫である“薫”が主人公のお話になっている。“薫”は、香を焚いているわけでもないのに不思議と梅の香りがすると言われていて、香しき美少年なのだ。自然宇治十帖の勉強はやる気が出る。早速予習もしてある。

「き、京一。」

小声でそう呼ばれて顔を上げると、前から回ってきたプリントを、薫が俺に渡そうとしていた。はっ、今京一って呼ばれたんだ!顔がニヤける。

「サンキュー。」

そう言って笑いかけた。薫はぱっと前を向いてしまった。


 はあ。なんか切ない。思いを知られたら嫌われて避けられるのではないかと思うと、うかつに話しかけられない。そういえば、もう一度薫がヴァイオリンを弾くところを見たいなあと思っていると、放課後、須藤がまとわりついてきたので、

「須藤、これから部活か?」

「そうだけど。」

「見に行ってもいいか?」

と聞いてみた。須藤はパッと笑顔になって、

「うん!」

と言っていろいろ支度をしてきた。俺は須藤と一緒に音楽室へ向かった。薫は既に教室にいなかったので、先に音楽室へ行っているのだろう。

 音楽室へ行くと、あちこちで楽器のチューニングが行われていた。須藤も楽器を取りに行った。さっと目を走らせ、薫を見つける。

 はああ、やっぱり美しい。凛とした姿。伏し目がちな目。チューニングしているだけなのに、見とれてしまう。そこへ、音楽教師の松永が入って来た。俺は目立たないように後ろのドアの外に立って中を覗いた。

 個人練習をそれぞれやり始め、松永は薫に近づき、何やらにこやかに話しかけていた。薫は、これまたにこやかに聞いているではないか。あんな顔見たことない。褒められたのか?そしてなんと、松永は薫の頭をポンポンと軽く叩いた。よく頑張ったな、とかなんとか言っているのだろうか。むー。なんか嫌だ。

 気が付くと、ちらちらと部員から見られていた。ここは松永ファンが多いのか、アウェイ感が半端ない。薫も俺に気づいて、驚いた顔をしていた。俺は、何か言い訳をしようかと思ったが、辞めて静かに音楽室を後にした。まあ、姿が見られたので良しとしよう。


 翌朝、教室に着くや否や、あるクラスメートから、

「矢木沢、今朝電車の中で女の子からラブレターもらってただろ!」

と言われた。

「なにー、うらやましいぞ!」

「もう読んだのか?」

などとクラスがにわかに盛り上がる。

「ラブレターかどうか。まだ読んでないし。」

と俺が言うと、

「いつもろくに読んでないだろ。」

と彰二が俺の横に来て言った。

「脅迫状じゃないかどうか、確認はしてるよ。」

「いつもってことは、よくあるのか、ラブレターもらうこと?」

と誰かが言ったので、彰二が俺の過去を語り出す。

「こいつはまあ、中学の頃からモテてモテて。バレー部のエースだったからさ、特に女バレにモテてねえ。すぐ取り囲まれちゃうんだけど、それをまた男バレの部員が京一を囲んで阻止しようとするんだよ。俺たちの京一を取られるなって。体育館で見てたらまあ、笑えた。」

彰二のいるバスケ部は、よく隣で活動していたから、いろいろ見られていたらしい。

「卒業式もさ、ボタンくださいって言われることは確実だったわけだけど、ボタンの数には限りがあるだろ?足りなくなったらどうなるのかって、心配した京一はどうしたと思う?」

と、あろうことか薫に向かって質問した。薫は首をかしげた。

「卒業式が終わって体育館から退場したら、速攻ボタンを全部外して隠しちゃったんだよ。外に出たらあちこちで悲鳴が上がったんだ、ボタンもう全部なーいって。」

「嫌味なやつ。」

と、津田がつぶやいた。

「彰二、余計な事言うなよ。」

「へいへい。しっかし、なんでそんなにモテるんかね。小学校の時はそれほどモテてなかったけどな。」

と、彰二は言いながら自分の席へ退散した。薫が、ちょっと眉を寄せた表情をしていた。

「薫?どうした?」

「え?いや、別に。森村君とは小学校も一緒だったんだね。」

「ああ、家がすぐ近くなんでね。腐れ縁が続いてんだ。」

「そう、なんだ。・・・ラブレター、よくもらうの?」

「ん?まあ・・・四月から三通目くらい、かな。」

「へえ。」

それ以上、薫は何も言わなかった。


 放課後、今日は生徒会の打ち合わせの後、雑用をこなしていたらだいぶ遅くなってしまった。もうかなり薄暗い。校舎から出ると、前に十人前後の人だかりが見えた。どこかの部活が終わって帰るところだろう。皆が正門へ向かっていると、一人自転車置き場の方へ向かう人影が見えた。あ、薫だ。俺は何の考えもなかったけれど、思わず自転車置き場の方へ向かった。

「薫、今帰りか?」

俺が声をかけると、薫はびっくりして振り向いた。薄暗くて顔が良く見えないので、思わず近づいた。すると、薫は更にびっくりした様子で少し後ずさり、持っていた自転車の鍵を落としてしまった。俺はその鍵を拾おうとかがんだ。すると同時に薫も鍵を拾おうとかがんだらしく、軽く頭がぶつかった。

「あっ。」

薫はそう言ってぱっと立ち上がった。俺は鍵を拾い、鍵を持っていない方の手で薫の手を取り、その手のひらに鍵を乗せた。薫は鍵を握ったが、俺はついその手を離せずに握っていた。薫の顔を見たら、目が合った。

 思わず、握った手を引き寄せて、抱きしめた。

 すっごくドキドキした。ドキドキするのに嫌じゃない。心地よいドキドキがある事を、初めて知った。薫はじっとしていてくれた。

だが、ふと我に返ると、不安になった。薫はどう思っているのか、気味悪いと思われていないか。俺はパッと体を離した。

「あ、ごめん。なんか寒いなーと思って。あはは。」

薫は何も言わない。ずっとうつむいている。

「じゃあ、また明日な。」

俺はそう言うと、門の方へどんどん歩き出した。何となく振り向けない。恥ずかしいというか、不安というか。なんだろう、この気持ちは。

 だいぶ離れてから、振り返ってみた。薫はまだうつむいたまま突っ立っていた。強く握りしめた片手のこぶしを、胸の辺りに当てて。


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