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クピド―~太陽のように笑う君~  作者: 夏目 碧央
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席替え


 「うーん、おかしい。俺としたことが。」

始業式から一週間が過ぎたというのに、未だ薫と口をきいていない。こんなに席が離れているのがいけないんだ。もちろん、何か理由を見つけて、いや、こしらえて話しかけてしまえばいいのだが、そんなことを考えようものなら、心臓がバクバク言い出してとても普通に話しかけられそうもない。こんなこと、俺の今までの人生にはなかった経験だ。

「ねえねえ、矢木沢君。僕ね、今度ステージに立つんだけどさ。」

席が近いわけでもないのに、この須藤裕貴がやたらと俺に話をしに来る。

「でね、僕はヴァイオリンなんだけど。」

「え?何?」

「ヴァイオリン。僕、室内音楽部なんだよ。」

「そうなのか?」

俺がつい興味を示すと、須藤の顔は晴れやかに輝いた。

 俺は室内音楽部の事を須藤にいろいろと聞いた。この部は、部員は現在八名。四人ずつグループを組んでコンテストに出るらしい。今は二組とも、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、フルートの組み合わせで組んでいるそうだ。

 また、顧問は音楽教師の松永優で、彼自身ヴァイオリンが弾けるので、よく指導もするらしい。優しいのと上品で二枚目なルックスのため、生徒にはかなり人気があるというが、部員の中にはマジでファンな奴もいるらしい。

「京一、お前、あいつをあんなに喜ばせていいのか?」

須藤が自分の席に戻った後、隣の席の彰二が小声で話しかけてきた。

 今のところ、席は名簿順なので、俺は窓際の一番後ろだ。彰二はその一つ内側の一番後ろなので、机はくっつけていないが一応隣だ。この教室、一番後ろの列は俺と彰二の二つの席しかない。他の列は七人並んでいるが、この二列は八人なのだ。この席は非常に居心地がいい。居心地はいいが、薫は教室の真ん中にいる。近くになれないなら、せめて彰二の近くだったらいいのに。そうしたら休み時間に近くに行く口実ができる。

 ああ、せこい。俺らしくない。誰にどう話しかけたっていいはずじゃないか。

「お前らしくないな。いつもなら、ああいうタマは適当にあしらっておくのに。」

「ああいうタマ?」

「矢木沢君ファン。」

「ファン?ばかばかしい。」

「お前は好きでやってるわけじゃなくても、矢木沢京一はわがK高校のアイドルだからな。」

先生が入って来た。これからホームルームだ。俺は斜め前方の薫の後ろ姿を見ながら、突然思い立った。

「先生、席替えを提案します。」

ちょうど、今日のホームルームは何がしたいか、と先生が口にしたところだった。

「早めに席を替えて、多くのクラスメートと親しくなった方がいいと思います。」

「矢木沢君、いいこと言いますね。反対の人がいなければ、やりましょう。」

反対の人などいるはずがない。反対する理由はないはずだ。せっかくいい席なのに、と彰二はぼやいたが、俺の思惑が分かっているので反対はしない。

 で、多くの人と仲良くなるための席替えなのだから、好きな者同士で隣になっていいはずはなく、当然くじ引きだ。くじ運に強い弱いがあるとは思わないが、人間こういう肝心な時こそついていないものだ。

 席替えをしてみたら、俺は廊下側の一番前。薫は窓際の後ろから二番目だった。なんだこれは。初めの席の方が後ろ姿を眺められるだけましだった。すると、後ろの方の席の奴が手を挙げた。

「先生、僕目が悪いので、前の方がいいんですけど。代わってもらってもいいですか?」

すると、俺も、と手を挙げる奴が数人いた。

「ああ、そうですね。目が悪い人は前列限定で決めた方がいいですね。それでは、まず目の悪い人だけでくじ引きして、それ以外の人はその後でもう一度やり直しましょう。」

と、先生が言ってやり直しになった。そうしたら・・・。

 なんと、俺は薫の後ろの席になれた。俺は元の席と同じ、窓際の一番後ろになり、その前に薫が座ることになったのだ。奇跡だ。ミラクル。


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