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クピド―~太陽のように笑う君~  作者: 夏目 碧央
19/21

二日目


 宮島を少し散策する時間があった。海沿いの道に出ると、屋台がポツンとあって、そこではもみじ饅頭がばら売りしていた。こしあんもうまいが、ここにはチョコ、カスタード、チーズ、抹茶などいろんな味のもみじ饅頭が売っている。俺はチーズとチョコを一つずつ買った。他の三人も一つか二つ、好みの味のもみじ饅頭を買った。後でおやつに食べよう。

 それから、いよいよ厳島神社に参拝。あの平清盛が建てたという厳島神社。現在の建物は新しく建て替えられていてきれいだった。しかし、海の中の鳥居はかっこいい。初めは陸の上にあったが、潮が満ちるに連れて海に浮かぶ鳥居となり、鳥居どころではなく、神社のぎりぎりの所まで海になってしまった。

 再びカーフェリーに乗り、本土へ。そこからクラスごとにバスに乗って倉敷へ。街を自由に散策した後は瀬戸大橋を渡り、香川県へ入った。瀬戸大橋を渡るときは絶景だった。

 今夜の宿は、丸亀市にある海の見えるホテル。部屋割りは昨日とは違い、三班合同の十二人部屋。部屋が大きいのだ。今日は風呂より前に食事だった。

 食堂のテーブルには、大きな鍋。ここ香川と言ったら讃岐うどん。釜揚げうどんが食べ放題だった。

「何だこれ、ずげえうまい!」

「さすが本場の讃岐うどん!」

あちこちから絶賛の声。確かにこんなにうまいうどんは初めて食べた。

 食べ終わって、再び風呂。今日は急いで行くのは辞めて、少し空いてからにしようということで、部屋で少し休憩。部屋のメンバーがだいぶ風呂から帰ってきたところで、俺たち四人も風呂へ出かけた。薫と風呂、とか、考えない考えない。

「ああ、いい湯だ。」

「昨日はイモ洗いだったからな、今日はやっとゆっくり浸かれるよ。」

彰二と津田は、なんだか気が合ってきたのか、裸の付き合いをしている。もちろん、俺と薫も同じ湯舟に入っているけれど、おのずと口数が減る。薫は俺の方を見ない。ちっとも、くつろげない。おかしい。

「俺、もう出るわ。」

「おう。」

俺は先に脱衣所へ向かった。これで、薫は安心して風呂を堪能できるだろう。

 暇なので、今日は脱衣所にあるドライヤーで髪を乾かしていた。すると、三人が上がってきた。やばい、鏡越しに見えてしまう。薫の裸が。

「あちっ!」

つい手元に注意が行かなくて、髪の毛が焦げそうになった。危ない危ない。大丈夫。俺は何も見ていない。見えなかった。見ようとしたら髪の毛が焦げそうになって目を閉じてしまった。だから、大丈夫。

「薫、髪の毛乾かしてやるよ。おいで。」

ほとんど人がいなかったので、服を着た薫を座らせ、ドライヤーを当てる。そして、手ぐしでかっこよく決める。

「せっかくきれいにセットしてくれたけど、これから寝るんだよ。」

そう言って薫は笑った。

「いやいや、その前に俺とデートだろ。」

聞こえてた奴、冗談だと思うよな?

「なあ、部屋に戻ったら、また京一ファンがたくさん待ってるんだよな、きっと。」

彰二が言い出した。

「今度は俺たちでガードしとくか?」

意外にも津田がそんなことを言った。

「あー、それって中学の時の男バレじゃんかよー。」

彰二は天を仰いで嘆くように言い、やはり笑った。

「あ、そうだ。荷物預かるからさ、お前ら二人、部屋に戻らずにバックレたら?」

彰二がいきなりそんなことを言った。

「え?」

俺と薫は顔を見合わせた。そして、

「いいの?」

と薫が二人に聞いた。彰二と津田は俺たちの荷物を持って、部屋に戻ってくれた。俺と薫はそのまま、ロビーに向かった。一階にあるロビーには、ソファセットがいくつかある。だが、そこにはたくさんの生徒がいた。

「こりゃだめだな。」

すぐにここは諦め、またエレベーターで別の階に向かおうとして歩いていると、ロビーにいたクラスメートに呼び止められた。

「あ、矢木沢じゃん。相変わらず決まってるねー。」

クラスメートが近づいてきた。薫がさっと離れようとしたので、俺は薫の腕を掴んだ。

「俺から離れるなよ。」

小声で薫に言った。クラスメートは俺の肩に腕を回したが、薫の方も見て、

「お?滝川も髪型決まってるね。」

と言った。

「そうだろ、俺が今セットしたんだよ。」

俺はつい嬉しくなって言ってしまった。クラスメートは、ここにいるってことはいわゆる俺のファンではないらしい。薫の方により関心を示している。邪魔者には早くどこかに行ってもらわねば。

「俺たちジュース買いに行くから。じゃあな。」

そう言って、俺は薫の腕を引っ張って移動した。エレベーターホールには自販機がある。テーブルと椅子もあったはずだ。廊下をエレベーターの方へ向かって歩いていくと、あのフルート、高橋がちょうど向こうから歩いてきた。

「おお、薫!」

そう言って、また薫を抱きしめる。くそー、一番会いたくない奴に会ってしまった。

「あ、僕たちジュース買いに行くから。またね。」

薫は、そう言って高橋の腕から抜けた。よしよし。

 そして、ようやくエレベーターホールに着いた。一階と二階には生徒がわらわらいるので、三階へ移動した。

 誰もいない。自販機の前で、俺たちは向かい合った。まずは薫の手を取り、引き寄せた。そして抱きしめる。薫も腕を俺の背中に回してぎゅっとしてくれた。

 体をそっと離す。目を見つめた。薫の瞳は少し潤んで、キラキラしていた。よし。今度こそ決める。顔を近づけると薫も目を閉じた。

 が、エレベーターのチンという音がした。慌てて薫から離れる。

「あー、矢木沢くんいたー!」

「なんで三階まで買いに来てるんだよー。」

がやがやと、十人くらいの生徒が出てきた。後ろから彰二と津田が出てきて、彰二がごめんという風に手を合わせていた。俺はとっさに自販機にコインを入れ、飲み物を買った。ジュースを買いに来たという設定になっているようだ。友人たちもそれぞれ自販機で飲み物を買い始めた。その辺にある椅子に俺を座らせ、周りに集まってきた。ああ、薫ごめん。

 薫は津田と彰二の元へ行った。俺のそばに置いておけばよかった。


「滝川、ごめんなー。少しは楽しめたか?」

薫は何も答えなかった。

「あいつら、矢木沢が帰って来ないって、騒ぎ出してさ。俺たちに一緒に風呂に行ったんじゃなかったのかって問い詰めてきてよ。ジュースを買いに出かけたって言ったら、自分たちもジュースが飲みたくなったとか言って矢木沢を探し始めちゃったんだよ。それで俺たちも心配で追いかけてきたんだ。」

津田が説明した。

「本当に自販機の所にいるとはな。すぐに見つけちゃったよ。」

「僕たちもロビーで人に捕まったりして、ジュースを買いに行くからって逃げてきたんだよ。」

と薫。そこへ高橋が現れた。

「あれ、薫ジュース買ってないじゃん。」

「なんか、混んじゃって。」

高橋は自販機の前の集団を見て、

「ああ。」

と言った。

「じゃあ、僕と別の自販機に買いに行こうよ。」

と薫を誘うが、薫は行かなかった。

「僕はいいよ。」

「でもさ、あれ、見てるのつらいだろ?」

高橋が言うと、薫は意外にも明るい表情で言った。

「うううん。こうやって遠くから見てるの、楽しいよ。ずっとそうしてたから、慣れてるっていうか。ああやって友人たちと楽しそうに笑ってる京一の事が好きだったんだ、ずっと。」

「へえ。」

彰二はそれを聞いて、いやに感心していた。

「まあ、今日も俺に任せとけって。」

彰二はそう言うと、つかつかと京一ファンの一団に近づいて行った。


 「ほら京一、部屋に戻るぞ。明日も早いし、早く寝ないとな。」

彰二はそう言って俺の腕を引っ張った。俺は素直に引っ張られ、そのまま津田や薫の所へ行った。高橋はそれをちらっと見ると、去って行った。

 エレベーターに他の奴を乗せず、俺たち四人だけで乗って階を移動した。部屋に戻り、また布団を敷く。昨日と同じように。そして、今日も疲れていて、他の奴よりも先に眠ってしまった俺。不覚。


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