犬、巻き込まれる。
柴と出会ってから三年の月日が流れていた。この世界は一年412日、地球とは全く違う。だけども春夏秋冬という季節の流れはそのままだった。
この世界に来て分かったことがある。まず、ここは異世界。グライスと呼ばれている。剣と魔法のファンタジーな小説のような世界。人間は勿論、獣人にエルフ、ドワーフ、妖精に精霊、魔族が居る。
ここも王道であり魔族を率いる魔王が存在し、勇者というのも存在している。
その勇者とやらが柴田 圭。私の命の恩人であり、相棒でもある。柴と愛称で呼ぶのもこの三年の月日で魔物と死闘を繰り広げて得た絆、信頼からでもある。
柴は相変わらず私をワスレナグサと呼ぶのだが。そんな私も犬としてっていうか嗅覚が物凄く優れているので何かと役にたっている。柴が冒険者となり受ける依頼の殆ど(探し物や、薬草、その毛並みを堪能したいなど)が私の出来る事だった。
魔物と戦う事も出来る、長い間柴と一緒に魔物退治してただけある。
そして、遂に今日柴と魔王を倒しにいくのだ。
デゼル王国の大都市、ここは魔王城に最も近いとされてる国だ。やっとここまで来た。長かった、辛かった時もあった。でも楽しい時もあった。
魔王を倒した後は何をしよう、いつもどうり過ごすのも悪くないし穏やかに過ごすのいい。美味しいものを食べていくのもいい……おでん食べたいなー。
「涎垂れてる、垂れてる」
いつの間に垂らしていたか。今までの事を考えてたら柴が横にいた。
さ、魔王を倒しに行こうぜ!!そう思いを込めて柴の黒い目を見つめた。
だが、柴は眉を下げ申し訳なさそうな顔をしていた。
「くぅーん?」
どうしたのだ、ついさっきまで遠足前の子供のように「全く寝付けなかったー!!」と言いながらもはしゃいでいた姿はどこにいった。
「…俺だけで魔王城に行く。だからここで待っててくれないか?」
……は?え?何故に、そんな事を。
「ここまで来たお前には酷な事を言っているのは分かる。でも、これは俺だけで決着をつけないといけない。いきなりこの世界に来て勇者っていわれて、でも魔物と戦うのは怖くて色んな事から逃げてきた。だけどさ、お前と出会ってから守れない事が怖くなった。大事な人達を守る為にって考えれるようになった。俺は自分に決着をつけたい。……だからさ、いい子で待ってて。俺の独りよがりっていうだけなんだけどね」
………そんな事言われたら、ついていけないじゃん。でも、柴ならそう言うと思ったよ。
「ヴォン!」
行ってこい!後でブラッシングして貰うからな!!そう思いを込めて鳴けば柴は「ありがとう、行ってくるよ!」最高の笑みを浮かべて言った。
冒険者になり魔物退治した際に手に入れた材料で作った魔石が入った魔剣と竜の鱗を加工し魔法耐性、攻撃耐性、熱帯性、冷耐性、異常耐性付きのチートな漆黒の鎧を身に付け、勇者というより黒騎士の様な風貌をした柴と門までついて行きそこで別れた。
声は掛けなかった。ただ、そこにある信頼に身を寄せているだけでお互い、何を言いたいのかは大抵分かった。
遠ざかっていく彼の後ろ姿が見えなくなってもずっと門の境界に座り見続けていた。
柴は強い。負ける事は無いと思う。そんな気持ちがあった。
今年の季節は冬。吐く息の白さに街を行き交う人々は何枚のも重ね着をしていた。無論私は犬だから寒く無いけど。
降り積もっていく雪はいつしか私の体を包んでいった。柴なら勝てる、と自信満々に言ったが心の中は物凄い嵐だ。柴を信頼している、だが、もし、勝てな…。いや、やめよう。これ以上ネガティブに考えていたら頭がパンクしてしまう。
落ちていく雪を綿菓子みたいだなーと緊張感無く見つめていたら突然地面が震え出した。微かな振動だったが次第に強くなり、それは突然になった。世界が一瞬赤く、血のように赤く染まった。爆発だった。空気が震え、暴風が吹いた。門は吹き飛び、家や店は瓦礫の下敷きによって潰れその下には血の様な赤いのが飛び散っていた。
突然の事に人々はパニックになり爆発から少しでも逃れようと逃げていく。親から離れてしまった子供は泣きながら地面に蹲り、老人は逃げ遅れ、ある人は愛する者の名前を叫び、ある人は誰かを探すかのように叫び地獄のようだった。
私は瓦礫の下敷きになっていた。なんて運が悪いんだ。いや、守れたから良いのか、うん。私だけだったら避けられた。だが、私の近くにいた少年は崩れ落ちてくる瓦礫を見つめ動けずにいた。幸い私と少年は怪我をすること無く瓦礫の下敷きとなった。
私の体はでかい。2メートル以上はある体長に細くいてがっしりとした筋肉。長毛によってムキムキマンの様な体は隠れて…って違う!ここから出てとにかく皆を避難させないと。
「ん、んぅ……っ!?」
あ、少年が目を覚ました。気絶してたのか、軟弱だなぁ。安心しさせるため頬をスリスリすればほっとしたような顔になった。
取り敢えず私の上に乗っかっている瓦礫を退かさなくてはいけない手足に力をいれ思わず唸り声がでてしまった。視界の隅で少年がびくっとしたが気にしない、気にしない。
「ヴ、グルルルルッ!!」
あがれえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
ふう、何とか退かすことが出来た。少年は深い翠の瞳を見開いてこちらを見ていた。暴風のせいか、雪は止み雲は散っていた。陽の光が指していた。毛に着いた雪は溶け光に反射しキラキラと輝いていた。
少年を瓦礫から出し、周囲に目を配らせた。人数は少ないが生きてる人となるともっと少なくなるだろう。
少年の服を引っ張りついてくるよう促した。戸惑ってはいたが力の強さから観念しついてきてくれた。聴覚を研ぎ澄まし声のする方向に向かった。