犬、母を待つ。
風…?
それに木の匂い。土の匂いがする。うっ。これは相当硬い所で寝たな。
確か私は電気布団で……あぁぁぁぁ!!そっか、転生したんだ。犬に。目を開けるとそこは森だった。
ここは前世いた地球なのだろうか。それとも異世界なのか。
……ん?あれ?何で私、前世の記憶忘れてないの!?
神様……これは無いでしょう。次会ったら転生先をドラゴンにでもして暴れてやる。会うか分からないけど。
先程から気付いてるのだが私はちゃんと犬に転生したようだ。
手足と尻尾しか見えないが。毛並みはサラサラ、明るいクリーム色だ。ゴールデンレトリバーに近い感じがする。
これは、結構良い犬。私が人間だったらこの犬と絶対共同生活して、散歩したり遊んだりしたい!!
現実逃避はやめとして、この犬っても私なんだけど、産まれたばかりではない気がする。まず親が居ない。遠くに居るのかとも考えたが近くに川辺は無いし外敵から守れる場所では無い。ここは動いた方が良いのか…?動物の子供って物凄く狙われやすいんだよね。色々天敵がいるっていうか。
あれ、死亡フラグ立ってる…?でもここから動くっていうのはもしかして親が居るのかもしれない、その希望を捨てる事になる。行き当たりばったりで会うかもしれないけど。
とにかく周りを見てみる。木、木、木、木、あ、岩もあった。キノコらしきものも。犬って大抵の物は食べられると聞いた事がある。
玉ねぎ、チョコは食べてはいけない物、ここにお母さん(犬)が居て母乳をくれたらなあ…。
「キューン、キューン」
情けない声が出てくる。ため息ついている筈なのに。
あー!もう、がっつり生きるしか無い!生きる為、だ。
怖いとか人間だった時の感性とかゼロにしよう。警戒心は必要だが。
動物の気配、無い。虫はいる。とても気持ち悪いゲジゲジのような。空を見ても鳥も居ない。異世界だ、地球だと決めつけるには知識が無い。
こう、何か徹底的に違う何かが。
ぐーぎゅるるる…
お腹減った。喉乾いた。食べられる物を探して安眠出来る場所を探さないと。でも、お母さんが居るかも。そう思うと動けなかった。
虫でも食べてちょっと腹の足しにしようかな。
… っは。やばい。腹の空きすぎでおかしくなってる。下に敷いた葉っぱを食べようか迷ったけど毒葉かもしれない、知識の無さに唸るしか無い。
実は私は居るか居ないか分からないお母さんを待つためまず、待つ場所を自分で作ったのだ。そこら辺で落ちていた枝と葉っぱを口で広い、前足で地面を掘った。途中、楽しくなり夢中になって掘っていた。これも犬の特性…。掘った穴の上に枝を被せ、その上に葉っぱを被せる。こうすれば敵にも見つかりにくい。見つかったら即アウトだけど。掘っている時は気付かなかったけどだんだん暗くなってきた。ちょっと怖い。私の鼻息と風の音、時折聞こえる鳥らしき声。前世では、仕事が忙しくて周りの事をよく見ていなかった。今、目の前にある星空がとても綺麗だという事に気付かないなんて人生損したなって思う。しんみりしてしまう。
「わふっ…くぅーん」
眠い。でも警戒心の方が強い。寝たら殺されるかも、でも敵らしき動物はまだ見てない。
でも、私は少し忍耐力はついている。待つこととか、待つこととか…。仕事でアポをとる時もそうしていた。相手がOKと言うまで待つ。姑息なやり方だ、全く。独りになると色々な事を考える。死んでしまったっていう事を後悔しているとか。
ガサッガサガサ…
空が完全に真っ黒闇になり明るさが無い事から怖く震えてた時、音がした。
「っ、!!」
何かが居る…。お母さんかな?待ってて良かった、お母さんだよ!絶対。じゃなかったらどうする?愕然とするかも、でも今は私の近くに居るこの動物?の正体が分かれば。
「フー、フー、グルルルっ、ヴー」
こ、これはやばいんじゃない?何か敵対心のような唸り声が真上から聞こえてくるんだけど。身体が震えてきた。目だけを上に動かすと赤く染まった双眼と目があった気がした。
あ…、駄目だ。これ。私のお母さんじゃないよ、この目は餌を見る時の目だ…!本能が逃げろと言っている。まだ子犬どころか産まれたばかりのに近いのだ、戦ってもすぐに殺され喰われるだけだ。どうする、生きる為なんだ。何か、この状況から逃れられる方法は。
…あった。でも、この方法は1歩間違ったら死ぬ。でも今はこれ位にしか考えが浮かばない。
ぴちゃ。
上に居る奴の涎がかかった。汚い、私を喰いたくて堪らないのだろう。どうやって殺すか考えているのか、こちらをずっと見ている。
私は絶対に目を合わせない様に口に枝を咥えた。これは枝を拾う際噛み具合が丁度よくいつでも噛めるように側に置いていた物だ。これがこんな所で役立つなんて、さあ、準備は整った。大人しく喰われるなんて前世の親にも申し訳無いしね。今の私はアドレナリンが沢山出てるのだろう。目の前の奴は怖いけど倒してやるっていう気持ちの方が強い。
口に咥えた枝を奴の目に飛び掛るようにして顔を振り上げ刺した。何かが潰れる感覚が口元に伝わってゾッとした。
「ギャオォォ、ギュウヴヴヴ」
奴が地面で足掻いている瞬間に私は穴から飛び出した。
「キャンッ!!」
爪が脇腹に引っかかり赤い線を描いた。でも止まらない、逃げなきゃ。
後ろからおびただしいぐらいの殺気が伝わってきた。怖い、足が竦む。こんな殺気に耐えられるかどうか。無我夢中に暗闇の中を転けながら走っていった。赤い点を残しながら。