編集長
早くに母を亡くした父と私。
子供に髪留めもマトモに付ける事も出来ない不器用な父。
そんな二人だけの暮らしは決して楽な物では無かったが、それでも人並みの幸せを感じる事が出来たのは父が頑張ってくれたからだろう。
そして私も父を支えてると自負していた………筈だった。
小学校上がる前にと父から切り出された再婚話。
まだ見た目にも若い義母と誕生日がちょうど一ヶ月違う義妹。
何度か食事会が開かれ会話の中に上手に入れる義妹。
会う回数が増える毎に私の言葉数は少なくなり他所の家族の中で呼ばれたお客さんの気分になっていた。
そんな私の気持ちを置いて二人が新しい家族として一つ屋根の下で暮らす事になったのだ。
父と義母と義妹の笑顔は私には眩しくそして遠くに感じる。
だけど父の幸せを考えて私はちゃんと笑顔で承諾出来たと思う。
「………じゃあ宿題あるから」
自室に戻ると枕に顔を埋めて布団を被って………泣いた。
この時私は義妹に嫉妬していたのを自覚したのだ。
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「恥を忍んで班長に聴きたいのですが、先程留置所にて一人消えてしまったらしいんです」
三人部屋に一部の記事が切り取られた新聞を残して。
それに留置所で人が消えたとあれば警察組織として大問題のはずなのに『らしい』と不確定な臭いを放ったいるのは何故?
「ところで切り抜いた新聞の記事ってなんだったんだ?」
「それがですね解らないんです」
「解らない?」
強面の男は困った顔をして眉を八の字にして答える。
「それに誰も消えた受刑者の存在が無いのです。まるで神隠しにでも有ってるような感じなんですよ」
「それで私を呼んだと」
「えぇ班長には申し訳無いのですが警察組織はオカルトでは動きませんからね。ハハハ」
明治のころには超能力を使った捜査もあったらしいが幾つかの失敗例で現在の警察は科学捜査が主流になっていくのだ。
「消えたのはもしかして例の母親か?」
「………そのはずです」
「そのはずってハッキリしない答えだなぁ」
「そうは言いましても………存在その物の痕跡すら消えてしまって解らないのです」
「それでも居たという事実があるんだよな?」
「実はこれなんですけど……」
留置所の食事は刑務所で作られた弁当を毎回三食届けられる。
その数が現在の受刑者の数より一つ多い日が二日間有った。
その日に裁判で判決が決まった者は居ないのに三日目には現在の数に戻っているのだ。
「もし消えたのが例の母親なら子供の腕の資料があるから調べておいて!」
「班長ぅぅ!」
いい大人が目をウルウルさせてこっちを見るな!
「調べてやるから班長をやめろ!私はネットニュースの編集長だ!!今度班長言ったら殴る!………あと残された新聞はまだ有るのか?」
「新聞は私が預かっておりますが何か問題でも?」
「新聞は当日の同じ銘柄でも版が変われば記事も変わる可能性があるからね」
新聞は締め切りや印刷所の関係で版が変化する。
夕刊だと3版とか4版とか若い版をだすが朝刊とかは関東だと13版14版、関西だと10版11版が配られたりする。
配達地域などで変化するが内容はほぼ同じなのだが稀に差し込みでレイアウトが変わることもある。
「そうなんですか。知りませんでした」
「コンビニと宅配でも変わることもあるからな。後でコピーでも良いから貰えると助かる」
私は腕時計をみると、そろそろ編集室にお客が来る頃だ、副編集長なら大丈夫。
アレを託せる人なら良いのだけどね。
「班長……いえ編集長どうかしましたか?」
「今夜のドラマが気になってな」
「………はあドラマですか」
「探偵物は嫌いかね?」
窓の外を見ると既に雨は上がっていた。
「……これをやる」
透明のコンビニ傘を握らせる、強面にはあまりにも不釣り合いな物だが知ったことでは無い。
「傘ですか?」
「コンビニでワンコインで買える物だ良かったな」
明らかに不満の色を出してはいたが帰りが楽なのは良いことだ。
「班長。復帰をお待ちしてます」
私は声を背に軽く手を振った。
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帰宅して横になると、いつの間にか眠っていたようだ。
昨日は色々有りすぎた。
オマケに懐かしい夢まで見た。
両足が痺れた様に重い。
「あの日泣いてる私を抱きしめてくれた………」
━━━女性は誰だったのだろう?
もう少し寝ていたら答えが出たかもと残念に思う。
緩慢な動作でベッドから出る。
朝はそんなに強い方では無いがキャビネットの上に置いたメモ帳が視界に入ると気持ちが変わった。
《女神は彼女達の手に渡りました》
「編集長起きました?」
「あぁ。昨日は済まなかったな、頼まれついでにもう一つ我儘聞いてくれるかい」
「何でしょう?」
「女神を渡した人の連絡先を教えて♪それと昨日のドラマ録画してあるなら見せて!」
暫時お待ち下さいと彼女はその場を離れた。