黒い点
横断歩道の歩行者用信号が点滅をして止まれの警告を出していた。
雑踏に紛れて隠れていた異形だけが少しづつ浮き彫りになっていく。
極自然に手を繋ぐ様に握られた女性の手の先には子供と解る幼い腕が握られていた。
小さな腕は肘から先の胴体は無い。
ただ傷口は何かに喰いちぎられた様で路面には血液がポタリポタリと数滴落としては赤色の斑点で路面を汚していった。
それでもカメラマンさえ居れば然程騒ぎには成らなかっただろうが、彼女に運悪くぶつかってしまった人間によってその場所はドロッとした空気が肌に的割りつく異空間となってしまったのだ。
女性の息は上がって目は常軌を異して白目を多くなっており、ただ爪が割れるほど強く握られ腕の先に在るはずの人物に向けて泣き叫んでいる。
【神隠し】
ネット社会のこのご時世に掲示板は大いに盛り上がっていた。
真しやかに書き連なっていている話は増加して、さながら祭りのようだった。
《人を呑み込む黒い点》
《空中の落とし穴》
《黒い穴》
スレッドが立ち並ぶ。
それはネットだけの荒唐無稽な話だった。
都市伝説。
一人歩きをした噂話も含めて、刺激の欲している一般大衆が興味津々な話題は一点に絞られていた。
《白昼の犯行!子供の腕を持ち歩く女性を重要参考人として保護》
安穏とした生活の中で興奮歓喜な事件ではあった。
各局のTVは子供の腕を持ち歩く女性を猟奇殺人者として扱って、有名ネットニュースも同様の扱いだ。
そしてマスコミは女性が子供を持つ母親であると報じると益々世間は女性を非難するようになっていった。
母親の素性はマスコミによって国民に知らされていく。
事件とは全く関係の無い高校の卒業写真から始まり、小学校の卒業文集や2年生の頃に書いた将来の夢の作文まで報道された。
女性の異常性を精神鑑定の専門医がTVで泡を飛ばしながら熱弁していた。
しかし掲示板からニュースを読み取りアングラな記事を載せているニュースまとめサイト『みんなのニュース』だけは違う意見を述べていた。
《母親と子供は一緒に買い物に出掛けて信号待ちで子供だけ神隠しに遭っていた》
眉唾である。
「お姉ちゃん何観てるの?」
「これなんだけどね」
私の事を姉と呼び、ひまわりの様な笑顔を向ける彼女は妹では無い。
数年前まで近所に住んでいた時によく遊んでいた事もあり一つ歳上の私を姉と慕っている。
「これってニュースの母親の事だよね?」
「そう。だからといって『神隠し』と一絡げにしなくてもいいと思わない?」
「確か警察は『現場には少量の血痕しかなかった』とかで母親を猟奇殺人の重要参考人にしたんだよね………ところで神隠しって?」
「神隠しを知らないのかぁ」
何処か落ち着ける場所へと近年減少している純喫茶へ場所を移した。
「………お姉ちゃんここによく来るの?」
驚くのも無理もない。
長い坂の途中に蔦で壁は覆われて重厚な扉に『open』とだけ掛かっている。
扉を開けて地下へ降りる階段だけの存在。
カウンターにはサイフォン式のコーヒーメーカーとジェットコースターのレールみたいに異常に伸びたガラス管が繋がったこの店の売りである水出しコーヒー用のサイフォンに繋がっている。
「ここにはよく来るけど誰かと来たのは貴女が初めてよ」
「まぁ嬉しい」
白いシャツに黒の蝶ネクタイをしたマスターにコーヒーを二つ注文する。
「それでさっきの話なんだけど………」
「神隠しよね。………」
神隠しの都市伝説は諸説あるけど共通点は、目の病。
目の端に写り込む黒い点の存在。
「……飛蚊症?」
「違う違う!目の端に黒い点が見えるって話」
「その黒い点が見えたからって神隠しと関係無いんじゃ」
彼女に神隠しの中でもオーソドックスなヤツをまとめサイトから引っ張り出して読ませる事にした。
━━━━ 友人から聞いた話で、夏の終わりに友人Aが右目に眼帯をして訪問に来た。
「なんだモノモライにでも成ったのか?」
からかい半分に聞いたが、Aは何かに怯えるように、ただ数日泊めてくれないかと言う。
「まぁ良いけど………何か問題事なら聞くだけなら出来るからな」
「………恩に着る」
「飯まだだろ?カップ麺でも構わないならだけど」
Aはカップ麺を平らげ、風呂に入って就寝しようと電気を消そうとした時。
「待ってくれ!これから話す内容信じてくれとは言わないが笑わずに聞いてくれ」
「わかった」
「………実は最近見えるんだよ黒い点」
「飛蚊症なら眼科だろ?」
「茶化すなよ!その黒い点はな触れる事が出来るんだよ」
飛蚊症が触れるはずもない。
「黒い点を鉛筆で突ついたら喰われたんだよバックリとな」
「それと眼帯の意味はあるのか?」
「右目を塞ぐと黒い点は見えなくなる。それなら点に飲み込まれる心配無い………と思っていた」
「…………思っていた?」
「黒い点は見えていないだけで常にソコに在るのだから………だがそんな脅えて生きるのもこれで最後だ」
Aは眼帯を外すと目の前で右手の人差し指を虚空に向ける。
何かの穴に吸い込まれる様に彼は消えてしまった。
イリュージョンでも手品でもなくAという存在そのものが消えてしまったのだ。
それ以来部屋を暗くして寝るのが恐くなった。━━━
彼女がコピペを読んでいる間店内の柱時計がカチコチと動く音を楽しんでいた。
「ふぅ」
「………どうだった?」
「オカルトなら今一つだけど、猟奇殺人と関連付けるとしたら………子供には黒い点が見えていたというのかしら?」
『みんなのニュース』は繋がっていると考えているらしい。
「さぁ。私は当事者では無いから何とも言えないけどね」
「お姉ちゃん。母親が保護された場所と『みんなのニュース』のサイトに書いてある住所結構近いよ」
サイトのhomeに住所は記されている部分を見て地図アプリを展開した。
現場は駅から少し離れたスクランブル交差点。
編集部は少し道を一本ずらして駅方面に戻る形になる。
「…………確かに近いわね」
「つまりサイト運営の誰かは事実を知ってるのではないですか?」
みんなのニュースの運営に『神隠しと猟奇殺人の関連について話を聞きたい』とメールを送った。
「運営にメールを送ったけど………どうするの?」
「ただの興味本位ですよ。お姉ちゃん」
「興味猫をも殺すって言うから気を付けなさいよ」
「それを言うなら、毒を喰らわば皿までです」
「………全く」
その時携帯の着信。
みんなのニュースの編集長からだった。
《メールでは伝えられないので………》
「後日編集室までお越し下さい………だって」
「お姉ちゃんが嫌なら………ワタシ行くよ!一人でもね」
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その晩、拘置所で騒ぎが起こった。
拘置所に入れるのは警察関係の看守と囚人である。
囚人は看守が見易い様に檻に入れられている。
三ヶ所コンクリの壁。
裏の壁の向こうは廊下であり外へは面して居ない。
全ての灯りは拘置所の室内の電球で賄っている。
時間の観念はただ居るだけなら無くしてしまうだろうが、三食の食事の時に国営放送のラジオ番組が編集されて流される。
自殺の防止で天井は高くロープ一つ引っ掻ける場所なんか無い。
トイレは在るが和式が一つ。
用を足すにも座って下半身だけすりガラス風の強化プラスチックで隠しているだけだ。
判決が出るまでの最短25~48日最大三人で生活をする事になる。
猟奇殺人として拘留二日目の朝。
朝食の弁当を食べた母親は色々な場所を廻って草臥れた新聞を見ていた。
それが看守の一人が確認した最後の姿だった。
拘留中に女性は忽然と消えてしまった。
彼女の居なくなった部屋には、第一面を大きく鋏が入った新聞だけが残っていた。
時間を掛けてユックリ仕上げていきます。
微百合なのでガッツリしたのが好みな方はごめんね。