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 07・想定の場所

 


 キリエがエリノアを屋敷へ連れて来たとき、周りの関係者は大いに心配した。それは懸念というもので、ダニエラとルークから知らされた内容に、ロデリックが一人悩むぐらいには問題視していた。

 エリノアが、ミレハ出身の子供だったからだ。キリエにとってそれは、間違いなくトラウマを刺激する禍根の元で。そんな子供を引き取ったとあっては、何の目的があって連れてきたのかと勘ぐられてもおかしくはない状況だった。



(今じゃすっかり懐かれちゃってるもんねえ)



 後見人となっているハウゼン家にも、スピカヴィルの騎士団にも連絡をせず、自分の昔の伝手を辿って得た商隊に紛れて移動し、どこかへと向かったキリエ。

 屋敷に不在の事態に、ルークの元に大慌てでハウゼン家の使いから連絡が来た。首でも吊りに出たくなったかと腹立たしく思いながら、目撃情報のあったロベリタとの国境の街へ向かったのだ。

 いざやって来てみれば、キリエは子供を連れていた。ミレハに多い茶髪に、琥珀の瞳の子供。それがエリノアだった。



「共布を使ったほうがよろしいでしょうか?」

「何年前の生地になると思っているんだ?」

「いえ、当時の生地ではありません。同じ生糸、染色、織りで、まだあの布は作られております」

「そうか……なら合わせてくれ」

「かしこまりました。一式揃えるほうはいかが致しましょうか? 流行など追いますか?」

「追わなくていい。伝統形式に近いほうで、華美にならなければ、そちらの裁量に任せる。ただし、靴の踵はあまり高くしないでくれ。エリノアはすぐ転ぶ」

「承知しました、お相手の想定はございますか?」

「……打診は来ているんだがな」



 そこまで言ってキリエは眉間に皺を寄せる。どこまで話を進めてるんだと思うと、ルークはそら恐ろしくなってきた。ここ三ヶ月ほどの間で、完全にエリノアの逃げ道を塞いでいる。それも土木作業員フル稼働の勢いで。

 いったい、アンカルジアで何があったのだろうか。今まで頑なに表に出さなかった弟子を、急に連れ回わそうとするなんて。ある意味で過保護なキリエからしてみれば、表に出さないのは最大限の安全策だったはず。それなのにどうして?



「通常はお相手と合わせた物になりますが……」

「それは問題ない。あくまでも弟子としての顔見せで、相手のエスコートを必要としてはいない」

「でしたら、ある程度合わせやすいお色でご用意いたしますが……」

「……手間をかけさせる事になるが、仮の段階で二色出せるか?」

「期間にもよります」

「ざっと見積もって、来年の春か夏あたりだ」

「……っ!?」



 ケンジットが驚きに声を詰まらせたのは、期間が短いからじゃない。長いからだ。それも、キリエが仕立てた服を使う想定の日が、その場が、逆算で判ったから。



「か、可能です」

「色は薄い青と、緑で」

「かしこまりました。裁断は大きめに取っておきます。仮縫いの段階で、足を運んで頂いてもよろしいでしょうか?」

「問題ない、連絡をくれ。礼服は後に回して構わないから、先にアレを進めてくれ」



 緊張に強張る表情で、それでもケンッジットが「かしこまりました」と絞り出すように言ったのは見事だとすら思う。



「相手の一人は、北大陸の王子の一人だ。向こうが基本として使うのは、紺、青、金、それと白だ。頭に入れておいてくれ」

「き、北大陸の王子殿下ですか……」

「げっ!」



 もう駄目だ、エリーちゃん逃げらんないや。予定が来年の春か夏、でもって北大陸の王子が来る。ってことはそれって、アンカルジアの戴冠式。その後期晩餐会か、小規模の夜会あたりに連れ出す腹積もりだ。

 王族や高位貴族でないならば、確かに今から準備に動いてもおかしくはない。民間人は作法から身に付けないとならないのだから。



「鬼だ、キリエ」

「何か文句があるのか? そもそもお前だって行くことになるんだ、同じだろう」

「え? 行くのかい?」

「俺の場合は向こうが勝手に用意するだろうが、エリノアは違う。要らない羽虫は弾く。ケンジット、すまないがルークの礼服も頼む」

「ええっ!? いいよ! 支給品があるから!」

「せっかくだ、鬼と言われたのもあるし、存分に巻き込むことにする」

「ひでぇっ!!」



 自分の主人は、結構人使いが荒いことを最近実感しているルークだった。

 騎士団の支給品を作ったのもずいぶんと前だ。仕立ての際の採寸は、こんなに時間がかかったものだろうかと、ソファに深く凭れながら思う。

 エリノアが欲しがった本を興味なさげに読むキリエを、恨めしそうにルークは見る。基本的に自分は動いている方が好きなので、採寸のようにじっとしているのは性に合わないのだ。



「葬礼の儀が始まってすらいないのに、何でそんな予定が決まってるんだ。こっちは聞いてないぞ」

「正規のルートを通していない」



 しれっとトンでもないことを吐いてくれやがった!



「最も重要な祭典前に、メンテナンスを求めるのは妥当だろう。それに対してこちらの出した要求は安いくらいだ」

「あー。交換条件が招待状か……」



 キリエは権力を持つ部類、高位貴族とのコネは少ないが、代わりに恐ろしいほどの人脈を持っている。昔得た縁を、今は当たり前のように活用しているのだから、こちらの苦労は多い。それの一部を、エリノアも気付かぬうちに使用していたりする。

 おおかた独り立ちしたら、その人脈のいくつかは貸し与えちゃったりするんだろうなと思う。でなければ、クロードと縁を持たせるはずがない。そうでなくても、キリエからエリノアが引き継いだメンテナンスの顧客に、高位貴族の名前が入っているのだから推して知るべし。



「でもどうするんだ。エリーちゃんは作法関係はからっきしだろ?」

「基礎はダニエラに叩き込ませる。それからマダムを呼べばいい」

「……さいですか」



 もう突っ込む気力もでてこない。表情からは判りにくいが、随分とやる気になっているらしい主人に、ルークは乾いた笑いが出てきた。



「今のルートは、ライナーには報告するからな」

「好きにしろ。そいつは王都に居る。ロベリタとスピカヴィルの商人連を行き来している男だ」

「貧民街にいた時の付き合いか?」

「そうだ」



 両親共に実家からは遠い。母親は縁が、父親は距離が。血筋だけなら、そこら辺の貴族も真っ青なキリエだが、得た人脈がまったく逆の方向からのものだから世の中は不思議だ。

 王都に行くキリエに付き添って知ったが、それでもまだ一部だと聞かされて驚かされた。まさか貧民街の安宿の方が安全な場合もあると、身をもって知ったのは何年前だったか。恐らくその男も『元』がつく政務関係者なのだろう。貧民街は身を隠すにはちょうどいい。



「お前たちに合流する前に、ロベリタの広域調査官に会った」

「おやまあ。遠いところまでご苦労様で」

「処刑した赤毛の掃除屋の、かつて活動のあった場所の確認に来たそうだ。建前らしいがな」

「へえ……。でも、赤毛の掃除屋は死んでいるのにねえ」

「ああ。確かに、処刑されてはいるな」



 言って、キリエは本から視線を上げてルークを見る。その目は何かやったのか? そう問うているようだった。

 少しは信用して欲しいものである。軽く肩をすくめて、心あたりがないことを伝える。わざわざ殺されてやって来たというのに、心外だ。



「ならいい。一週間ほど滞在するそうだ」

「了解」



 大人しくしてろって事ですね、判っていますとも。



「はい。お疲れ様でした、エリノアさん」

「や、やっと終わった……」



 マーサに続いて部屋から出てきたエリノアは、ずいぶんと疲れているようだった。自分たちよりも、かなり時間がかかっていたのだからそれも無理もないか。仕立屋にとって、一式任せたなんて事を言われれば張り切るものだろう。そのしわ寄せが、仕立てる服を着る人間、この場合はエリノアに来ただけで。

 本人からしてみれば、たまった物ではないだろうが。



「お疲れ様。エリーちゃん」

「疲れました、ルークさん」



 ぐったりとソファに座ったエリノアの姿は、少し前のルークと同じだった。

 体勢は一緒だが、エリノアは服装が変わっていた。ここに来るときに着ていた、あの実用一辺倒な地味なコートが、今はデザイン性のある物になった。ダブルボタンに、後ろに回した腰の飾りベルトは、おおかた結んであるのだろう。キャラメルカラーに大きな襟についているフード、腰の辺りにくびれがあるシルエット。



「お師匠様、このコートなんですけど……」

「注文しておいた」

「えーと……まだ、あれ着られたと思いますよ?」

「手垢の付いたコートを、いつまでも着させるつもりはない」

「手垢って、失礼な! いつもきちんとお手入れしてます! ダニエラさんに教えてもらったんですから!」



 たぶんキリエの言っている手垢の意味が違うと思う。そうでなければダニエラが、エリノアのクローゼットの服まで新調するはずがない。ダニエラは、ルーク以上にキリエの性格を熟知しているのだから。

 ……あー。はいはい、判りました。猫かわいがりしたいわけですね、自分の主人は。口で言ってあげればいいでしょが、まったく。



「可愛いね、エリーちゃん」

「はい! ネインさんがデザインしてくれたそうです!」



 表情をぱっと明るくし採寸時の話を始めるエリノアを、ルークは笑顔で聞いていく。

 この様子だと、何の目的で採寸させたのか言わない気だろうな。後でエリーちゃんが怒っても知らないよ、キリエ。今のうちに、主人の代わりにご機嫌を取っておきますか。

 当のキリエは、ケンジットのところで書類にサインをしていた。支払と注文の伝票関係だろう。何か話をして、そしてこちらに戻ってくる。



「あの、お師匠様。コート、ありがとうございます」

「いつまでも着させる訳にはいかないからな」

「だからちゃんとお手入れはして――わっ!」



 むっとした表情で抗議するエリノアを、途中で遮るようにキリエが頭を軽く叩いた。



「お、お師匠様?」

「行くぞ」



 何度か叩いて満足したのか、キリエはエリノアを促すように歩き出す。一瞬だけあっけに取られて、それから嬉しそうにエリノアは後をついて行く。

 今のキリエの行動を、彼女はどう受け取ったのか。エリノアは、キリエに父性を重ねて見ている節がある。少なくともあの表情を見るに、好意的には取ったのだろう。ルークから見れば、さっぱり理解できない動作だ。

 相変わらず、キリエは何も言わない人間だ。それでいて、いろいろと手を回して動くのだから面白い。迷子になった彼女を必死に捜したように、構うつもりがないくせに世話は焼く。見返りを求める気はないのだろう、それは彼が放り込まれて育った環境から得たものなのだろうから。ただしその成長は見届けるつもりではいる。



「お師匠様、いきなり採寸とかなしです。心の準備ってものがあります!」

「仕立屋に来たんだから、言わなくても予想できるだろ」

「自分のだなんて判りません。するなら事前に言ってくれてもいいじゃないですか」

「判った。事前に言うようにしよう」

「本当ですか?」

「……善処しよう」

「今、ちょっと間が空きましたよね?」

「気のせいだろう」



 死んでいるのか生きているのか、判らない生き方をしていた少年。それが今、あの少女を教え導く立場にいる。他人なんて関係ない、そう考えていたはずだろうに。

 それがイーゼルの狙いだったのかは判断が付かない。ただ、ダニエラがあの身体になっていなければ、遠からずキリエは死んでいただろう。それだけは判る。だから背負わせた。死なせるわけには行かないから。


 それがイーゼルの、親としての情でなければ一体なんだというのだろうか?

 確かにあの二人には、微かだが、いびつに歪んだ疑似親子関係が存在している。


 ……やっぱり、キリエとイーゼルは観察していて面白い。

 だからこそ、バラして中身を見たくなる――。


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