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■番外1 01・やって来たのは……

 


■□番外1



 ピイピイ、ピイピイ。


 ――うぅ。ごはん、あげなくちゃ……。でも、もうちょっと寝させて。だってベッドが気持ちよくって。ごめん、本当に眠いの。


 ピイピイ、ピイピイ。


 ――あー、ちゃんと育てるって、お師匠様に言ったんだ。気持ちよく寝てたけど、起きなくちゃ……。でも、何でこんなに気持ちいいんだろう。あったかいし、ふかふかだし。もうちょっと寝たいって思いたくなる。

 ……あれ? でも私、どこで寝たんだっけ? ほら、やっとご飯をあげる間隔が六時間になって……。だったら本でも読みながらって、だから書斎から教本を持ってきてソファーに座って……。

 どこで寝たのかやっと思い出して、エリノアは目を開いて、そして一気に目が覚めた。



「お師匠様っ!!」



 エリノアの視線の先にあったのは、師であるキリエの顔だった。それもなんだか位置関係がおかしい。なぜに自分の顔の真上にキリエの顔があるのか?

 片手で持っていた本を捲ると、キリエは冷ややかな視線をエリノアに向けた。



「やっと起きたか。人の膝を枕代わりに高いびきとは、随分偉くなったもんだな」

「…………ス、スミマセンデシタ」



 その視線に凍りつきそうです。どうやら自分は、いつの間にやらキリエの膝を枕に寝ていたらしい。叩き起こされずに良かったと見るべきか、それともキリエの膝を枕代わりにした度胸を褒めるべきか……。急いで起き上がってみれば、自分の体に毛布がかかっていた。……これでは膝枕がなくてもぐっすり寝ていた気がする。

 背中に突き刺さるキリエの視線にビクビクしながら、エリノアは急いでタクトの餌の準備を始めた。どういった経緯で自分がキリエの膝を枕にしたのか、現実逃避の末の行動でもある。……知りたいような、知りたくないような。うん、聞かないことにしよう。聞いたら立ち直れないかもしれない。

 水で柔らかくした餌、キリエ曰く練り餌――実際には挿し餌と言うらしいが、それを注射器に似た器具に入れ、雛の口に直接餌を入れていくのだ。最初のころは口を開けてくれなかったり、動いてしまって上手く餌が入れられなかったりと、悪戦苦闘したが今はきちんと出来るようになった。



「……あのう、お師匠様。私、いびきかいてたんですか?」

「肯定して欲しかったのなら、肯定してやるぞ」

「ぜひとも否定して欲しいです」

「安心しろ、いびきはかいてなかった。寝言が煩かっただけだ」

「……どっちにしたって、私が泣きたくなる事態が起きたのは確かなんですね」



 穴があったら入りたい、切実に。何が悲しくて、師匠に寝言を聞かれなければならないのか。……いえ、寝ていた自分が悪いのだけれど。

 ピイピイと鳴くタクトの、首のあたりの羽根を撫でるように動かす。そのうと呼ばれる器官の膨らみはなかった。餌がなくなっているのを確かめると、エリノアはタクトの嘴に餌を差し入れた。



「まだ二週間目ですけど、成長早いですよね。昼夜鳩だと普通なんですか?」



 最初の一週間は不規則の極みだった。餌の間隔もタカを括っていたらとんでもなかった。四時間おきだと思っていたら、二時間の時もあれば三時間だったり。個体差によって餌のなくなる時間は違うので、臨機応変に対応しろとキリエには言われた。

 生き物の飼育に関して、臨機応変とは不規則であるとエリノアは理解した。同じ生き物のリムは言葉で意思疎通が出来る分、まったく予想していなかった出来事である。

 昼夜鳩を専門で育てている人を、思わず尊敬してしまった。たぶん、どの動物でもそうなんだろうなと思うけれど。



「昼夜鳩は小型だからな、ふた月ほどでほぼ大人と同じ大きさになる。他の品種と比べると小さな分早いそうだ、手を離れる頃から一回り大きくなるぐらいだ」

「だからアルトは、ずっとあの大きさだったんですね」

「そうなるな」



 昼夜鳩の雛を育てるからと、屋敷の暖炉にはすべて網がかかっている。タクトがきちんと飛べるようになるまではこのままだ、文字通りに焼き鳥になっては困る。

 もっとも、手紙を運べるようになる前には、雪が溶けて春になっているだろうから、暖炉に火は入ってないかもしれないけれど。


 ライナーが言っていたように、ようやく西の街にもアンカルジアの国王が亡くなった話が伝わってきた。王都の方では葬礼の儀に出席する準備で、王族やそれに付き添う貴族がてんやわんやしているらしい。

 それに……今回は、特に騒ぎになっている理由が一つある。



「シエネさん、葬礼の儀に出席するんですね。ちょっと意外でした」



 そう。あの山脈向こうの国、テイラーズが出席するのだ。エリノアたちが知っているのは、シエネからキリエに手紙が届いたからだ。面倒だと言わんばかりの文面だったらしい。いくら移転の魔方陣を使うといっても、やはり大変なのだろうなとエリノアは思っている。

 シエネの面倒と、エリノアの面倒とでは著しい差異が生じているのだが、それを訂正できる人間が生憎とここにはいない。



「予想は出来た事態だろう。交易協定を結んだんだ、その立役者のマティアスの顔を立てる意味もある。まあ、貸しを作っておくのが本音だろう」

「……そういう裏事情は知りたくなかったです」



 気付きたくなかった事実、再び。葬儀に出席するのも貸しなんですね。王侯貴族って怖い!



「それにシエネが行くというが、ラディが同行するはずだ。実際に式で弔辞を言うのはラディだろう。シエネは王族の席を抜けてはいないが、役職の都合上、弔問団の筆頭にはなれない」

「ラディ、さん?」



 聞いたことのない名前に、エリノアは首を傾げてキリエを見た。器具はちゃんと、タクトの嘴から放してある。



「ラディは従兄だ」

「……ええっと、シエネさんのご兄弟ですか?」

「端的に言えばテイラーズの第一王子、王太子だ。アンカルジアに行って怪我でもすれば、翌日には更地になってるだろう」



 ラディさんではなく、ラディ様だった。よくよく考えてみると、シエネも様をつけて呼ぶべき相手な気がする。……お師匠様の周りの人って、ものの見事に偉い人たちばかりだ。

 それと今、なんだか物凄く物騒な単語を聞いた気がする。翌日には更地って、国が? えっ? どう言うことですか? お師匠様。



「………………お師匠様、冗談ですよね?」

「シエネなら簡単に出来るだろう。今回の葬儀はさぞや物々しいことになるだろうな。変にちょっかいを出そうものなら、自分の貴族席どころか国がまるまる無くなる」



 この間は正式な訪問でなかったのが幸いしたな。と、淡々とキリエは続けた。つまりこの間、エリノアとシエネがアンカルジアの城の庭園を見ていた時、遠巻きにいた貴族たちは見逃されていた、ということなのだろうか?

 ……もしかして自分は、かなり物騒な人とお知り合いになっていたのでは。今更ながら、冷や汗がだらだら出てくる。



「アンカルジアの事情を知ってる人たち、大変な事になってそうですね」



 口から出てきたのは、見事に他人事なセリフだった。



「知らなければ何の問題も無い」

「ごもっともです」



 身もふたも無い言い方だが、正論でもある。

 タクトの餌をねだる鳴き声に、止めてしまった手を動かす。ここ、職人の工房だったよね? なんでこんな政の機微を話しているんだろう。一瞬だけ遠い目になり、エリノアは手の中のふわふわとした毛を持つタクトに餌を与えた。



■□■□■



 などと言う話をしたのが二週間ほど前のことになる。

 ずいぶんと身体が大きくなり、エリノアの手を離れ自分で餌を食べられるようになったタクト。日課となっている体重を量り、エリノアは飼育記録を付けていた。後は少しタクトを外に出す。せまいカゴの中ではやっぱりストレスが溜まるらしい。その解消のためだ。

 キリエが作業をしている工房に、邪魔にならないようにタクトを作業台に乗せて構っていたら、小さな封筒がヒラヒラと空中を漂うように、突如として現れた。


 作業をしているキリエは気付いていない。エリノアは床につく前に急いで回収して、手の中の封筒を見る。上質な紙には飾り文字で書かれた、恐らくはキリエの名前。……差出人は、たぶん貴族だ。飾り文字のほとんどが貴族階級者か、そこに出入りしている商人といった一部の上流階級者が使うものだから。

 裏返して見れば、これまた飾り文字の差し出し人名。……読めません。



「お師匠様、なんか手紙が出現しました」

「シエネだろう、貸せ」



 あ、出現なんて言葉を言ったのに疑問がないんですね。お師匠様……。ということは、かなりの頻度で奇妙な配達方法の手紙が来ていると言うことなのだろうか?

 シエネが差出人ならば、そうおかしな話でもない気がしてくる。魔法の一種なのだろうか。手紙を送れるとか、便利な魔法だ。


 いつもの表情で手紙を見て、封筒に使われている飾り文字にキリエが眉を寄せた。検閲されていないことを気にすることなく封を開けると、まったく困った様子もなくすらすらと読んでいく。

 うーん。お師匠様だから簡単に読めるのか、それとも術具技工師だから読めるのか。



「期間が開けたことだし、そろそろお前も飾り文字を覚えろ。どうせ必要になる」

「は、はい!」



 どうやら後者のようだ。はたして自分に、あの装飾のような文字が覚えられるのか心配になってくる。



「お前は飾り文字と、飾り文字の中でも花文字を中心に覚えることになる。上流階級では、女性は花文字を使うことが推奨されている。その辺りはダニエラのほうが詳しいだろう」

「飾り文字ってそれ一種類じゃないんですか!?」

「これは北大陸の飾り文字だ。南大陸で読むのは難儀するだろう」



 ……二種類も覚えなくちゃいけないとか、いっきに難問にランクアップしてしまった。後でダニエラさんに教わらないとだ。

 作業台の上でピイピイと鳴くタクトに、なんだか頑張れと言われた気がするエリノアだった。

 ため息をつきながらタクトのところに戻ると、工房の中の小物がカタカタと音を立て始めた。何が起きたのか? タクトをカゴに戻して、怪訝な顔で室内に視線を巡らせればキリエが足早にエリノアのもとへと来ていた。



「タクトが外に出ないようにしろ」

「はい。あ、あの、何が起きたんですか!?」



 そうこうしている内に、どんどん音は大きくなるし、室内なのに風まで吹いてきた。庇うようにキリエがエリノアの前に立つ。強くなる風からカゴが大きく揺れないように抱えて、エリノアは渦を巻くように吹く風を見た。

 徐々にキラキラとした乳白の虹色に変わる風。見覚えのあるその色に、エリノアは目を見開く。

 渦の中心の色が濃くなっていくにつれ、ガタガタと物が揺れだし風に乗ってあちこちに散らばっていく。ああ、どうしよう。凄いことになってる!



「ちっ、だから作業時間帯に来るなと言っているのに」



 ゴウっと一際大きく唸る音を立てると、あれだけ騒いでいた風が一瞬で収まった。そして――



「はぁい、キリエ、おチビちゃん。二ヶ月ぶりかしら?」

「シエネさんっ! と、えーと……」

「事前に連絡しろとあれほど言っているだろ!」



 風が晴れた先、エリノアの目の前には、濃紺の襞の多い外套を揺らしたシエネと……その隣にシエネと似た色合いの男の人がいた。

 長い白銀の髪を後ろで一つに縛った男は、エリノアを見ると、澄んだ青い瞳を何度も瞬かせた。少し大きめの瞳が、キリエの後ろにいるエリノアに視線を向ける。シエネとは対照的な印象の瞳だ。

 ……なんと言うか、子供がおもちゃを見つけたときのようなキラキラとした瞳に、エリノアは嫌な予感しかしなかった。



「ちゃんとしたじゃない。手紙は来たでしょう?」

「ほぼ無意味なタイミングだ」

「ピイピイ」



 手に持ったままのカゴの中から、合わせたようにタクトが鳴いた。



「キリエ、その()が君が囲った女の子かい?」



 身を乗り出すように口を開いた男の人は、とんでもないことを言ってのけた。

 その一言にキリエの眉間に、一気に皺が寄る。まさに不愉快、無言だと言うのに周りの空気はそう主張している。



「……ダニエラ、『アレ』を外に捨てておけ」

「承知しました」



 男の人をアレ呼ばわりである。そしていつの間にやらルークと共に工房に来ていたダニエラに、キリエは無慈悲に命令した。

 非力そうに見えるダニエラは、その怪力を遺憾なく発揮し、白銀の髪の男の襟首をむんずとつかむと、工房の一番大きな窓の元へと引きずっていく。



「え? ちょっと待とうかダニエラ! 放してくれないかな!?」

「お断りいたします。ラディルシェイドシェルタスカ様」

「相変わらずよく覚えているねえ!」

「お褒めいただき恐縮ですっ!」

「待っ――うおわわわっ!?」



 礼を述べたその直後、その舌の根も乾かぬ内に、ダニエラは男の人を窓から外へと放り投げるのだった。

 男の人は、情けない声をあげながら雪に突っ込んでいった。



「あら。よく飛んだこと」



 同行人が窓から放り出されたのに、まったく気にする様子もなくシエネは感心したように呟く。



「アレが次期国王とか、テイラーズは大丈夫なのか?」



 辟易しながら、キリエが吐き捨てるように言った言葉に、エリノアはぎょっとする。

 今しがたダニエラさんに放り投げられた人って、まさか……。



「大丈夫。仕事の時はああいうところ出さないから」

「つまり、ここに来るとお前たちは悪ふざけに走ると?」

「ちょっとそんなに睨むことないでしょう! 冗談の通じない男ね!」

「お前たちは悪ふざけが過ぎる。まずは工房を元に戻せ、言い訳はそれから聞いてやる」



 どことなく、死刑宣告にも聞こえる気がするのは自分だけだろうか?



「酷いじゃないか! キリエ!」

「自業自得だ、ラディ」



 全身を雪まみれにした男の人は、窓枠に手をかけながら大声で抗議する。

 窓から放り投げられ雪に突っ込んだ男の人の名前は、前に聞いたキリエの従兄で……第一王子で王太子なラディ様だった。


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