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■六章 01・技工師の会話

 


■□六章



■□■□■



「面倒ごとを片付けてくる、迎えにくるまで大人しくしていろ」そうキリエに言われて、エリノアが兵士と女官に案内された部屋は、かつてシャルティアが使っていた部屋だという。

 どう見ても高すぎる内装の部屋は、一瞬でエリノアが怖気づくには十分すぎた。薄い総レースのカーテンは、指のささくれが引っかかろうものなら、どこまでも裂けていってしまいそうで。横になって休んでいいと言われた寝台にいたっては、物語のお姫様が使っているような天蓋つき。毛足の整った絨毯は足がとられそうだった。

 どうにか心を落ち着けて、覚悟を決めて座ったソファーは、気を抜けば沈みそうなほどふかふかだ。目の前のテーブルに女官が出したティーカップは、白地に苺や葡萄の果物が描かれ、明るい場所でよく見れば、光がかすかに透るほど薄い。


 普段屋敷で使っているのは、春の青空市で陶磁器工房から買ったカップ。エリノアが気に入って使っているそれと、もはや持ち方すら変えないといけない気がする。というより、持ちたくない。触って割ろうものなら――っ!! 最悪の想像に、全身から変な汗が出てくる。カップ、持たない、ダメ、絶対。

 改めてここが城の中なのだと思うと、すでに落ち着かない。一緒に部屋に残った女官が、怪訝な顔でエリノアを見ているが、そんな視線すら気にする余裕はエリノアにはない。

 思うことはただ一つだ。



(お師匠様、早く迎えにきてくださいっ!!)



 この城のどこかにいる師匠に、エリノアは切実に願った。



+++++



 普段、見学や試作品を試す以外では足を入れる事のない城内の工房。しかし置かれた道具に、興味深げにマティアスは視線を動かす。

 一応ではあるが、城内の安全は確保できたとシャルティアから連絡が来た。どれ程荒っぽい手腕を発揮したのか、あえてマティアスは問わなかった。兵士や高官に一部公開されている隠し通路のいくつかは、まだ残党の有無を確認しきっていないが。牢から解放された管理職たちで、動けるものはすでに行動に移っている。皆疲弊しているだろうに、寝込んでいる場合ではないと息巻いて働いている。それが追い詰められた末の暴挙でないことを、マティアスは祈るほかない。

 安全を優先した結果、キリエの弟子はシャルティアの進言もあって、シャルティアが昔使っていた部屋に預け入れた。あそこは半ば妹の実験部屋と化している。誇張無しに、防御結界をがんじがらめに張られているので、キリエが傍に居ない間安心できる。早速暇な連中が、高位貴族の粗探しに奔走しているのを見ると、彼女を連れて行く部屋を、あそこ以外にする選択肢はなかった。


 宰相の縁者。ストレイド・スパルダの妹の息子。甥にあたるキリエは、皮肉なほど伯父のストレイドに似ていた。マティアスが実権を取り戻して、まだ一晩も経っていないというのに、「堅物宰相の隠し子」そんな噂がすでに出ている。宰相を叩くには、これ以上ない材料だろう。二十年以上も前にスパルダ家を出奔した娘の子だとは、まさかも思ってないらしい。

 そのキリエの弟子で、しかも民間人の少女。粗探しの連中はそろって貴族だ。彼女に問い詰めに行けば、事実上断ることは不可能。放った影からそんな話を聞かされて、マティアスは頭を抱えた。今はそれどころじゃないだろうが! と腹の中で怒鳴り散らした。

 城勤めの人間の心構えが何たるか、今一度締め直さないと。口の軽い女官と兵士には、その性根を叩き直させる。それが駄目ならばクビしかない。賓客が多い城で、内部事情をペラペラとしゃべる人材は不信感を持たせるだけだ。



「なるほど、ここで自分のメンテナンスをしていたわけか」

「離宮近くの工房はバリケードが凄くてね、大人しく諦めた。まあ、基本理論は頭に入ってるから対応可能。しっかし液体金属の洗浄は時間がかかって仕方がない。あれ、絶対改良が必要だよ」

「あれの代用品はまだ見つかってない、諦めるんだな」



 近衛の兵すら外に出した工房。マティアスとオズワルドは、足のメンテナンスを聞いた後、二人のやり取りを黙って見る。これ以上の人間の目に触れるのは避けたい、そう話したキリエ。表に出すことのできない技術は、自分たちが墓の中まで持って逝くことになるのだろう。

 ツギハギが朱銀に染まった上着を脱ぐと、マティアスは息を呑んだ。何箇所もの色の違った肌の上に、それすら霞んでしまうほどの、大量の構築式が彫られていた。



「随分と損壊しているな。メンテナンスは主に術具が中心か」

「生体技工は交換臓器(パーツ)の問題が出てくるからね。これでもかなり頑張ったんだよ」

「努力は認める。構築式に欠けはない」

「キ、キリエ。その、彼の体の文様は……」

「ん? ああ、生体技工の構築式だ」

「これ、が……。僕の足にはなかったはずだが」



 マティアスは、自分の足に視線を落としながら言った。



「お前の足はお前自身の生体だ、生体技工で言うならば一部欠損に該当する。こいつの場合は違う。ダニエラと同じ、循環器に技工を施してある。液体金属を血液に混ぜる手法で、行動に制限がかかる、普通ならな――液体金属を問題なく体内で循環させるために、相応の大きさの構築式が必要だ。俺のあの屋敷クラスの大きさだと思え、その地面に構築式を彫る。その中なら日常生活と同じ行動ができる」

「ただし、僕の場合は師匠の改良版だ」

「まったく。あの大掛かりな構築式の短縮と、賞賛に値する発想の転換だ。フラウリンク師がご存命だったなら、さぞ尊敬されただろうな」

「もっとも、生体技工に関係する内輪の間だけだけどね」

「な、なるほど……」



 本来なら地面に描くような巨大な構築式を縮小し、該当者の皮膚に彫った。ということか。普通ならば生体に施す構築式だが、循環器の場合はそれだけでは動作に支障が出る。そのために、それを補助するための構築式を用意するのか。

 いきなり聞かされる禁忌技工の内容に、正直自分が耳にしていいのだろうかとマティアスは内心で焦る。自分が術具ではなく生体技工を施されているから、この場にいられるようなものだ。メンテナンスの手法は、なるべく自分で見ておきたいが、彼の体にある技工は最初の時点で違ったらしい。



「応急処置でいいのか?」

「二、三ヶ月動けば問題ないよ」

「それは応急処置の範囲を超えている」

「じゃあ、ほどほど修理で」

「勝手に直す」

「お任せするよ」



 短い会話をしながら、キリエは手を動かしていく。自分の工房ではないものの、道具がそろっていれば問題ないらしい。あの屋敷で、キリエが急きょ取り出した物より、だんぜん使い込まれた道具。若干の戸惑いを見せながらも、キリエはメンテナンスに取り掛かった。



「……術具技工の『壊す』と、生体技工の『壊す』は、まったく意味が違う。それでもいいのか?」



 唐突に工房に響いた問い。心なしか硬くなったキリエの声が向かった先は、ツギハギなのだろう。

 事前に話しは聞いていたのか? ツギハギは何も答えず、ただ静かに、一度首を縦に振った。



「そうか」



 それきりキリエは口をつぐむ。状況としては敵同士でありながら、二人の間の空気にギスギスとしたものを感じない。同じ技工に関係した師の弟子。ならばこの二人は、どこかで会ったことがあるのかもしれない。

 作業を続けるキリエから視線を外し、マティアスは工房の隅にある移転の魔方陣を見る。ここに来た早々、指輪を片手に持ったキリエが、何か手紙のようなものをあの魔方陣に投げ込んでいた。あの紙の移転先はどこなのか。考えてみても、キリエの交流先を把握しているわけではない。早々に諦めて、マティアスは静かに作業を見守ることにした。


 ツギハギのメンテナンス――マティアスから見れば、ほぼ修理のようなものが終了し、キリエからどういう訳だか呼べといわれた宰相と外交官が来た頃。

 ――あの魔方陣から、予期せぬ来訪者が現れた。

 襞の多い濃紺の外套をはためかせ魔方陣の上に立つ女は、白銀の髪と澄んだ青い瞳を持っていた。その後ろに、フードまで被り全身をローブで覆った人物が、ひっそりと佇んでいる。女は鷹のように鋭い目付きでマティアスたちを一瞥。スパルダで視線を止め、キリエと見比べると不愉快そうに口を開いた。



「キリエ、こっちは今忙しいって言わなかったかしら?」

「それについては謝る。が、こちらも相応の事情があった。シエネ、あの手紙は見てもらえたか?」

「ええ、酷くご立腹よ。おかげで今回の件、全部私に丸投げされたわよ!」

「それは僥倖。……後ろにいるのは契約者ではないな?」

「ウチの“外交官”よ。で、わざわざ私を呼びつけた理由は何かしら?」



 暗に、くだらない理由なら承知しない。女――シエネはそう言っているようだった。

 だがキリエには、シエネの機嫌はあまり問題にならないらしい。隣に立っていたツギハギを指差して、



「知らん。俺はコイツにお前を呼んでほしいと頼まれただけだ。ついでだが、あの手紙の後半を書いたのは俺じゃなくてコイツだ」

「……なんですって?」

「どうも、お初にお目にかかります。ナウイルといいます、『指切り姫』様」



 そういって仮面をつけたままのツギハギが、恭しく頭を垂れる。

 意外と綺麗なその所作に感心するよりも先に、ツギハギが言った『指切り姫』の一言のほうがマティアスたちには衝撃が大きかった。

 南大陸で有名な、アンカルジアでは特にだろう、ある人物をさす通り名。北大陸の大国、テイラーズのある役職に付いた姫の別名。人魔戦争の終了と同時に、一気に広まった……いや、国の上層部が民の矛先を逸らすために、わざと広めたといっても過言ではないその名。



「指、切り姫……」



 無意識に、唾を飲み込み喉が鳴る。今、マティアスの目の前にいるのは、テイラーズの姫ということになる。しかも、彼女は言った。後ろにいるのは、ウチの外交官だと。なぜ、その指切り姫が、外交官を連れてアンカルジアに来ている。

 シエネは指でこめかみを揉むと、大きくため息をついた。



「……手紙の中身は大体聞いているわ。ナウイルと言ったわね? 私に話をするなら顔くらい見せなさい」

「姫様にお見せできるような顔ではないのですが……」

「構わないわ。顔の醜美なんて、“禁忌”で見慣れているもの」



 聞きなれない単語に、マティアスは眉を潜めた。だからといってここで話の腰を折るわけにはいかない。

 しばらく躊躇いながらも、やがてツギハギは仮面を外した。そこにはマティアスも、もしやと思っていた顔があった。移植された皮膚。うまく動かせないのか? ツギハギはやや困ったような顔をしているらしい。



「あら、造作はいいわね」

「この顔になってからそう言われたのは初めてです。もういいですかね?」

「ええ、いいでしょう。それで、ナウイル、私になんの用かしら?」

「大したことではないです。一人、あなたに殺していただきたいだけです」



 すっと細められたシエネの瞳が、ナウイルを射抜く。



「その相手の名前は、グウェイン――」


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