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 11・重なる線

 


「へーかぁ、そんなところで何やってるんですかぁ」



 体に剣が刺さったまま、まったく調子を変えることなく、エリノアたちには見えない角の廊下の先に、ツギハギは声をかけた。

 陛下、ということはグウェインがそこにいるということか。まだ、意識があるのか倒れ呻く人の間を、ツギハギは歩く。時折踏み潰す破片の中に、べちゃりとした粘度の高そうな液体の音が聞こえてくる。



「エリノア、フードを被っていなさい。君は見るものではない」



 エリノアがフードを被るのを確認してから、スパルダは歩き始めた。

 恐々と、前を歩くスパルダの服をエリノアは掴む。無意識の行動だった。どことなく似ているその姿に、自然と掴んでしまった。後ろ姿は殆どキリエと見分けがつかない、でも同じ人ではないのだと思うと、不安で仕方がない。



「陛下ってバカだよねえ」

「なっ! お前までわたくしを愚弄しますか! ツギハギ!」



 爆発の中心だろう場所に、枯れた古木のような茶髪に、頬に火傷の痕が見える男――グウェインと、ツギハギがいた。

 グウェインのベールハットの下には、あの火傷の痕があったのか。彼は左腕から血を流して、怒鳴るように声をあげた。周りの兵士の人数に、拘束されていたような縄の跡。もしかしてグウェインは、マティアスに見つかり拘束されたところを、魔導具か何かで逃げ出そうとした?


 何が、起きているのだろうか。エリノアの戸惑いを表すように、スパルダもまた怪訝な顔であの二人を見る。仲間割れ、のような事態になったのだろうか。そもそもツギハギは、彼らを仲間として見ていたのか怪しい。だって彼は、さっきその仲間だとエリノアたちが思っていたアズールを、殺めたのだから。

 今だってそうだ、ツギハギはグウェインを助ける様子をまったく見せない。



「だってさ、あんた、生体技工が死体を使わないといけないって思い込んでるんだもん。もともと生体技工ってのは、生者にしか施せないし、対象者の生体以外利用できない。つまり、死んでしまったら何一つ意味がない代物だ」

「……お前、やはり解っていてわざと。わたくしを騙すために、あれほどの資料を作りあげたというのですか!?」

「あんたってさ、いわゆる石頭ってヤツだよね。偉い学者先生がそう言った、その弟子もそう言った。そしたらみーんな信じちゃうんだもん。その構築式が本来の意味を持っていない、ってのを考えもしないで。そりゃ調べはしてただろうけどさ。もともとこの研究の大半が表に出ていないものだし、調べたってほんのさわりだ。しかも工房によって内容は千差万別。ちょっと技工をかじった程度の素人が、見分けるなんて出来るわけがない」



 やっぱり、ツギハギは誰かの弟子だ。それも、生体技工の研究に係わっていたであろう誰かの。

 無造作にツギハギは、その腹の剣を引き抜く。バタバタと音を立てて大量の血液があふれ出る。けれど不思議だ、床に落ちていく血液の色は朱銀に輝いていた。



「とりあえず、死ねよ、バカ王子。あの世で“師匠”に詫びてこい」



 ゆらりと振り上げた剣が勢いよく下りていくなか、不意にグウェインの体が真横に吹き飛ばされた。耳にあまりよくない音を立てながら、グウェインは壁に激突した。



「え?」



 間の抜けた声を出したのは、ツギハギだけじゃなかったはずだ。驚きに目を開いて、グウェインを吹き飛ばした方向、繋がっている廊下の方へと視線を向ける。グウェインが吹き飛んだ原因は、



「お師匠様!」



 お師匠様は無事だった。何と言うべきか、シャルティアの言っていたように自分で何とかしてしまった感がひしひしとする。

 エリノアの声に、キリエが視線を向ける。一度エリノアを見て、そしてたぶんスパルダを見たのだろう、急に眉間に皺を寄せた。それがいつもの、キリエが不機嫌になった時の表情で、それを見て、エリノアはそっとスパルダの服を掴んでいた手を放した。手を放したというのに、不安を感じないのはなんでだろう。



「何やってんのさ、キリエ」

「……一発殴っておくのを忘れた」



 いろいろと端折られている気がするが、判りやすい回答だった。

 つまるところ、連行されていくグウェインを殴ろうと後を追いかけていたら、今の事態に遭遇したと言うところだろうか。そして殴った、と――。



「今の殴ったんじゃなくて、蹴ったの間違いじゃない?」

「それもそうだな」



 訂正。殴ったのではなく蹴り飛ばした、だった。



「キリエ! 護衛もつけないで一人で勝手に外に飛び出さないで!」

「シャルティア、魔導具の効果を相殺するような魔法はあったか?」

「え? ええ、あるにはあるわ。ただ効果の時間が短いものだけよ」



 気を失ったらしく、グウェインはピクリとも動かない。キリエはグウェインに近づくと、血に濡れた左腕を持ち上げた。現れたシャルティアにも見せるように袖を捲って、何かを探すようにその腕を調べる。

 ツギハギも興味を引かれたのか、同じようにグウェインに近づくとその腕を見る。それから何かに気が付いたのか、明るい声で話し出す。



「ああ! 皮下仕込みってやつか。前時代的なことを今どきやる人いるんだねー」

「そうらしい。術具を身に付ける気はないが、皮膚の下に魔導具を仕込むのに抵抗はないらしいな。俺には理解できん」

「どうせだったら術具にすればいいのに。そしたらイロイロ改造できるのに」

「まったくだ。人体に仕込むのは奥歯の毒薬だけで十分だ」



 容赦のない二人の会話が続く。周りが一歩引いているような……たぶん、気にしたら負けだ。

 それにしても、とエリノアは思う。本来なら敵対関係であろうこの二人、なんだか妙に気が合っているような……自分の気のせいだろうか?


 よやく事態を飲み込んだスパルダが、兵士たちに指示を出し始めていた。救護に来ていた兵士の何人かがスパルダと、そしてキリエを見て、驚いた表情で何度も二人を見返していた。

 エリノアは端に寄って、シャルティアが何かを唱え始める姿を見る。皮膚の下に仕込んである魔導具を外すのは早々に諦めたらしい。

「どのくらいあの体に魔導具があるのか、調べるには皮を剥いだほうが早い。俺がやっても構わんが」そう淡々と言うキリエに、シャルティアが慌てて止めていた。淡々としていたわりには、目が本気だった。今のお師匠様なら、そのまま解剖でも始めそうな気がする。


 調べるのは、城にいる医師と魔導具技師に行わせることになった。気絶しているのはかえって都合がいいと、グウェインはそのまま運ばれた。あれだけ、それこそ国一つを利用して事件を起こしたのに、なんともあっけない退場の仕方だ。

 やがて、キリエとシャルティアの二人と話していたツギハギも、シャルティアがその場を足早に離れると共に、兵士と一緒にどこかへ行く。行動にいろいろと疑問を感じたが首謀者の仲間だ、彼が牢屋に行くのは間違いない。なんとなく胸の内がもやもやする。



「エリノア、怪我はしていないか?」

「リムはしっかりごえーしたの!」

「はい、お師匠様。私もリムも無事です」



 フードを外して、エリノアはキリエを見上げる。見知った顔に、いつもの表情だけれど……。

 なんだろう、あの義眼の白目の部分が、やけに充血している。魔導具の影響を受けていたのに、あまり体を休められなかったからだろうか? 軽くエリノアの頭に置かれた手にも、引っかかれたような細い傷がついているのも気になる。



「あの、お師匠様。手が……」

「たいした怪我じゃない、気にするな」



 キリエの手が離れると、エリノアはおずおずと自分の手を伸ばした。触れた布地はいつもキリエが着ているコートの感触で、知っているその感触に落ち着く。



「どうしたエリノア?」



 普段なら考えられないくらい、キリエが気遣うように声をかける。それがいっそうエリノアの感情を揺さぶる。いつもは絶対気が付かないくせに、この間といい、どうしてこういうときだけ……。



「お師匠さまぁ!」



 声をあげてキリエに抱きつく。キリエは驚きはしたものの、エリノアを振り払うことはしなかった。

 頭上から戸惑ったようなため息に、次いで優しく背中が叩かれた。ただそれだけ、だけどエリノアは拒絶されなかったことに、酷く安堵した。いつも行動や、言葉では判断のつきにくいキリエの、その胸の内が何を思っているのか、エリノアには判らない。

 けど、今、自分の背中を叩く手のあたたかさが嘘だとは、エリノアには思えなかった。自分の居場所は、あの屋敷以外考えられない。キリエがいて、ダニエラがいて、リムがいて。ときどきルークやライナーたちが訪れる場所。



「お師匠様、お師匠様。私は、お師匠様の弟子ですよね?」

「なんだ急に」

「答えてくださいお師匠様!」



 ぎゅっとコートを掴んで、せがむようにキリエに問う。

 普段のエリノアならば行わない、問い詰めるような行動に、キリエは困ったような表情になる。やがて戸惑いながらも、キリエは口を開いた。



「ああ、そうだ。お前は俺の弟子だ」



 それは、エリノアが一番聞きたかった答えで。

 エリノアの帰る家(ホーム)は、あの屋敷だと、確かに言われたような気がした。



■□■□■



 高い日がやや傾き始めたころ、屋敷の周りにある草木の間には、人が紛れていた。一人が鳥の鳴き真似をすると、やがて一頭の馬がゆっくりと屋敷へ向かってくる。手馴れた様子で屋敷の近くで馬を降り、フードを下ろす。片手に背負っていた荷物を手に持ち直すと、ルークは扉を叩いた。



「ルークです。届け先の工房から、軸芯の返却に来ました」

「いらっしゃいませ。ルーク様」



 普段と変わらぬ表情でルークを出迎えたダニエラの様子に、内心で胸を撫で下ろしつつ、素早く室内に視線を巡らせる。相変わらず談話室の扉は開いたまま、恐らく来客が誰かを見定めるためだろう。

 視線だけで、談話室にいる人間をダニエラに確認する。答えは首肯。静かに手に持った荷物を下ろし、足音を立てずに、部屋の中から見えない位置へと移動する。この屋敷の間取りは、死角も含めて調べつくしてある。

 その部屋に、いつも何が置いてあるかも……。今はそれを使う気はない、上への言い訳が面倒だ。



「あれでは本数が多すぎだと、ロデさん怒っていまして。速やかに『片付けてくるように』と、頼まれました」

「それは大変申し訳ありません。それでは保管庫へ戻しますので、お預かりいたします」

「いえ、重たいですから持って行きます」

「お気遣い感謝いたします。では、ご案内いたします」

「はい――」



 屋敷への誘導の言葉を合図に、ルークは一気に談話室へ飛び込んだ。声をあげさせるつもりはない。三人の立ち位置を見るや否や、腰のナイフを一番奥の男の胸に投げつける。二投目は暖炉近くの男。あっさりと体に突き刺さるあたり、防具を身に付けていなかったらしい。ダニエラに物理的脅威を感じずに気を緩めたか? 手前の男の首を掻き切りながら思う。

 開け放たれたままの玄関の扉から、小柄な人物が音もなく忍び込む。



「ダニエラ様、二階は?」

「二名です、ニルス。キリエ様の私室で、研究資料を回収しています」

「了解」



 床板を、軋ませる音すらさせない。すばやく二階へとニルスは上がっていく。

 外からはすぐには見えない位置へ動かしてから、ルークは廊下に手を伸ばし、合図を出してライナーたちを中へと入れる。

 ライナーたちと共に屋敷に入ってきた、商人のようないでたちの男たちが、すぐさま談話室の男たちの検分を始めた。


「他に一階は?」

「書斎に二名、過去の文献を汚い手で触っています」

「……さっさと掃除したほうがよさそうですね」

「はい。廃液はどうなりましたか?」

「きちんと家族が引き取りに来ました。謝罪の場は後日設けるとの事です」

「承知しました」



 布でナイフの血を拭き取りながら、床を鳴らさず滑るようにルークは奥へと向かっていく。

 腰に下がった肉切り包丁を鞘から抜きながら、無表情なダニエラが続く。



「二人が戻ってくるまでに、屋敷はきれいにしておかないと。家具は入れ替えになりそうですね」


 ダニエラは、心底嫌そうに呟いた。


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