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 03・付き返したもの

 


「お、お師匠様!?」



 慌てるエリノアをよそに、キリエの辛辣な言葉は続く。



「たかが紙切れ一枚で、スピカヴィルの術具技工師が動くと思っているのか?」

「正直なところ思ってない」

「だろうな。いくら大国アンカルジアの召集といえ他国、しかも戦場になる国に行きたい技工師はいない。……前回の敗戦を知っている者ならなおさらだ」

「キリエは相変わらず痛いところを突くねえ」



 そう、人魔戦争は誰の目から見てもアンカルジアの大敗だった。南大陸で唯一の、失われた技術、魔法が使える人間が僅かながらに存在する国の敗北。

 周辺国に飛び火した被害も大きい。放たれた魔物はスピカヴィル西端の街、フィスラにまで来た記録が残っている。今現在も、その魔物が自然繁殖し人々に被害をもたらしている。



「二十年近くでアチラさんも新たな兵が増えているし、自衛の面ではそれなりにましにはなったと思うんだ。ただ人魔戦争経験者がいないと、さすがにアンカルジアも厳しいはず。となると、技工師の必要な熟練の兵士が自ずと多くなるだろう」

「技工師が必要な兵士が、戦場に出られるでしょうか?」

「出られるかじゃない、出させられる。当時の戦争知識があれば、少なくとも後手に回る可能性が減る」



 疑問を口にしたエリノアに、手紙を折りたたみながらキリエが言った。

 つまりそれは強制。戦争で術具を付けざるを得ない体になったのに、そのきっかけになった相手国との新たな戦争のために戦場に出る。

 その術具を作った技工師は、また戦場に立たせるために作ったわけじゃなかっただろうに。他の人と同じ普通の生活が送れるように、不自由をしないように、きっとそう思って作ったはずだ。



「ロベリタは今回中立を貫くと連絡が来た以上、お鉢がこっちにまわってくるだろう。だから警戒しておく必要がある」



 スピカヴィルの東側にある小国ロベリタ。スピカヴィルと交易盛んなロベリタとは、良好な関係を保ってきている。小さいながらも歴史の古い国だ。昔は、アンカルジアと同じように魔法を使える人間がいた記録が残っている。残念ながら、今はいないが。

 そのロベリタから、疑似魔法に近い魔導具という技術が広まった。術具技工も、突き詰めればそこに行き着く。

 疑似魔法といっても城や砦を破壊するような爆発や、何もないところに川を作ったりと大きなことは出来ないので、戦争になれば白兵戦が中心だ。疑似魔法の魔導具も、術具技工と同じように値が張るのだから。


 ちょうどアンカルジアにも挟まれる形になるロベリタは、既に声明を出しているらしい。たった二人しかいない術具技工師の師弟を、むざむざ戦場に近づけるつもりはないのだろう。

 一瞬だけ、ルークがキリエの持つ手紙を見たのにエリノアは気が付いた。……もしかして、この手紙はアンカルジアにいる誰からの手紙?



「注意しておこう。もっとも、俺はあそこに行く気は欠片もない」

「その言葉が聞けて安心したよ」

「返送するならそれを送れ。ついでに、『要らぬ気遣いに感謝する』と伝えろ」

「要らない気遣いなのに、感謝するのかい?」

「ああ、ただの嫌味だ」



 中身のなくなった封筒をルークに渡すと、キリエは冷たく言い放つ。

 ホッとしたように肩の力を抜いたルークの姿に、今日工房に来た本当の理由は、この手紙の件だったのではないかとエリノアは思った。



「エリノア、材料の確認を取っておけ。足りないようならルークに頼む」

「はい。保管庫見てきます」

「あの団長殿のことだ、外皮の素材は――」

「多めに見積もっておく、ですよね?」

「……そうだ。行け」



 いくら何でもそのくらいは学習している。ちょっとだけ勝ったような気分で、エリノアはキリエを見た。ちょこちょことリムが肩に乗ってくる。



「ルーク、街に戻ったら一つ頼まれてくれ」

「おや、なんだい?」



 そんなやり取りを耳に入れながら、メモ帳片手にエリノアは保管庫へ急いだ。

 重い扉を開いて中に入ると、冷やりとした風が纏わりつく。気温があまり変動しないように作られた部屋だから仕方がないが少し寒い、上着を持って来るんだったと後悔する。



「うう、寒い」

「仕方がないの。リムがエリーをあたためてあげるの」

「ありがと、リム」

「どういたしましてなのー」



 ふさふさの尻尾がエリノアの首に巻きついてきて、ほっと息を吐く。

 寒い場所から早く出たくて、エリノアは急いで材料を調べ始めた。



「やっぱり外皮素材がちょっと心配かも」

「外皮?」

「うん。団長さん、術具で剣を防いだりするから、きっとざっくり切れ目がついてるよ」

「ざっくりぱっくりなの」



 リムの擬音に思わず切り口を想像してしまった。余計に寒くなってきた気がする。

 廃液の入った樽を避けながら、練り粉の箱を確認してエリノアは顔をしかめた。



「皮下素材の材料もだ……。これはルークさんにお願いする量、結構多いかも」



 外皮素材は文字通り一番外側になる、皮膚となる部分だ。内側にびっちりと構築式を描き込んだ外皮で、組み立てた内側が崩れないように護る。皮下素材は筋肉に近く弾力があり、人でいうところの骨に当たる軸芯を保護している。

 触れても体温を感じないだけでほとんど遜色のない術具は、けして安くはない。それでも以前と同じ日常生活に戻れるからと、注文する人は多い。メンテナンスが絶対条件となるが、使用者本人がすることも可能だ。

 ただし、軸芯だけはヘタにいじることができないので術具技工師を呼ぶことになる。軸芯を傷付ける可能性のあるようなことは、やってはならない。気にせずやっているのはあの団長ぐらいだ。



「いっぱいなの」

「いっぱいだね。あとはストック用の注文もかな。お師匠様に訊いてみないと」



 術具の大半の依頼人が騎士なのは、あの人魔戦争が原因だ。生きているだけマシという見方もあれば、死んで国のために殉教すべしと考える人ともいる。

 何が正しくて、何が間違っているのか――。

 少なくとも、あの戦争がなければ術具技工師の役目はほとんどなかっただろう。魔法と同じように、いつかは廃れて、使える人間がほとんどいない技術になってしまっていたかもしれない。だからまた戦争が起きる可能性の話に、エリノアは複雑な心境だ



「お師匠様。在庫なんですけど、外皮と皮下素材の材料が残り少ないです。鉄鉱石と軸芯は余裕ありましたけど、ストック分のみです」

「……替え脚まで痛めていたら確実に足らないな」



 エリノアのメモを見ながら、キリエは手早く必要な物を書き出していく。

 そんなキリエの呟きに、ルークがぎくりとしたのをエリノアは見逃さなかった。図らずもその予想は当たってしまったらしい。



「ルークさんもしか――」

「しーっ!」



 慌ててエリノアに口止めをするのだから、間違いない。ここでキリエにそのことを話しても、ルークに怒りの矛先が向いた挙げ句、当日団長にもその怒りが向くはずだ。

 目に見えてハッキリと怒るわけじゃないから、それがまた怖いんだよね……。自分のときと重ねて居たたまれない気分になる。



「キリエ、ルークが――むぐぉっ!」

「リム! せっかく持ってきたんだし、さっきのお菓子食べたくないかいっ!?」

「むぐふのー! (食べるのー!)」



 肩の上でルークの言ったことを指摘しようとしたリムが、あっさりお菓子に釣られた。

 ここで隠しても後でばれてしまうのに……団長さんの術具だし、ここは団長さんがしっかりお説教を受けるのが妥当なのかも。もともとルークは手紙の配達と、メンテナンスの依頼に来ただけなのだ。怒られるのは術具を壊した(まだ壊れたとは限らないが)、団長さんだけで充分なはず。



「これを。団長殿が急ぎなら、誰かに運ばせて来い」

「分かった」

「それと当日は替え脚がないものと思え、と伝えておけ」

「……ばれたか」



 思わず顔に出してしまったと反省気味なルークに、キリエの冷たい視線が突き刺る。

 場の空気などお構いなしでお菓子を食べているリムだけが、幸せそうだった。


+++++


 すっかり暗くなった外を見てから、エリノアは床までつく分厚いカーテンを引く。部屋の壁には保温のためのタペストリー、床も同じように厚みのある絨毯が一面に敷かれている。これだけでも冷たい空気がかなり減るのだから、暖炉を消しても安心だ。

 ダニエラが毎日メイクしているベッドに腰掛けて、勉強机を引っ張る。引き出しに今日の手紙をしまって、机の上の小箱を開ける。柔らかい布の上にあるのは、緑の飾り紐と銀の鎖が繋がる若葉模様の銀貨。

 誰かのもとに弟子入りした時に渡される物、術具技工師見習いの証。三年前、キリエから無言で渡された時、エリノアは最初、これがいったい何を意味するのか分からなかった。



「今日は天気がこのままみたいだから、朝は冷え込みそうだね」

「だねー。明日はさむさむなの」



 すでにベッドの中に潜り込んでしまったリムに、エリノアも小箱の蓋を閉じて横になる。

 工房の外に出る時は常に持ち歩いていろと言いつけられたこの銀貨が、術具技工師に順ずるものを示す物だと知ったときは驚いた。ずっしりと重みが増した気さえする銀貨に、エリノアは必死になって知識を吸収した。



「戦争かぁ……」

「エリー、昼間の話を気にしてるの?」

「うん」



 言うなり枕に顔を埋めた。ふかふかとした感触に顔を撫でられた気がして、少しだけ気持ちが落ち着く。



「私、ミレハ出身だから。アンカルジアも、同じようになっちゃうんじゃないかって」



 住み慣れた故郷をなくすのはつらい。帰る場所も、その思い出も全てが消える。

 自分がそうだったから、余計にそう思う。場所も国の名前も、地名として残っている。けれど、やはり違うのだ。具体的にどう違うのかと問われれば、はっきりと言えないけれど……。

 術具技工師の見習いになった今、エリノアがミレハに行くことはまずない。術具技工師にとってミハレ地区は、禁足地といえるほど近寄りたくない場所になっているから。キリエでも、ミレハに行くときは渋る様子を見せるぐらいには。



「ミレハは内乱、アンカルジアは戦争なの」

「内乱と戦争は違うけど、どっちも大切な何かをなくすことになるのは変わらないのに」

「みんな仲良くすればいいのに。人間は面倒くさい生き物なの」



 昼間見た、あの封筒を思い出す。――鈴蘭の封蝋。前から何度か見かけていた。その度にキリエは封も開けずに、持ってきた騎士につき返していた。今年になっておかしなくらい届く封筒に、不安が首をもたげてくる。

 キリエもルークも、あれがどこから来た手紙かは言わない。あれはアンカルジアから送られてくるのではないのだろうか? 召集の手紙、じゃないのか。どうしてあの手紙だけ検閲されないのか。エリノアの疑問は尽きない。


 可憐な花の封蝋。その鈴蘭の花が、今は怖い。

 小さな白い花の部分から、地中に隠れた根の先まで、全てに毒が含まれているあの花が。



「リムはお菓子があればハッピーなの」

「リムは本当、お菓子が好きだよね」



 器用に耳と尻尾を丸めて眠るリムが、今は少しだけ羨ましい。

 答えの出ない不安から、エリノアも自分の体を抱えるように眠る。自分たちが術具技工師としていられるのは、戦争があるからなのではないかという、どうにもならない疑問に目を瞑るように。

 お師匠様が戦場に行ってしまったら、私はどうしたらいいんだろう……。


 ぐるぐると巡る思考を、エリノアは強制的に断ち切った。


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