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 07・仮面の向こう

 


「……何よ、急に」

「だってそうだろう? なーんにも知らないで、一人安全な所でぬくぬくしてる。何も見せず、何も聞かせず、羽根で包んで護ってもらっている。それってすっごいムカつく」



 振り向きながら言うツギハギの表情は、エリノアには分からない。あの仮面の向こう側で、いったいどんな顔をして自分を見ているのだろうか。

 何も知らされていないのは自覚している。だからなおさら、ツギハギの言葉が突き刺さる。知らなくていいことと、知っていなければならないこと。それはエリノアには判らない。

 どこまで踏み込んでいいのか……キリエはきっといい顔をしない、破門を言われた時のように拒絶されるのが怖い。


「君、ミレハ出身だろう? よくもまあ、キリエの弟子になったね」

「……ミレハの事件は知っているわ、調べたもの。だけど、私がどこの生まれだっていいじゃない。お師匠様は、私を弟子にとってくれたんだから!」

「確かにそうだね。君を弟子にしたのは事実だ。けどそれって、本当に弟子としてとる気だったのかな?」

「どういう意味よ」

「僕とキリエは同じで違う。僕はキリエの、歩んでいたかもしれないもう一つの生き方だ」



 仮面の向こうで、ツギハギが笑った気がした。



「言い換えれば、キリエは僕が歩んでいたかもしれない、可能性の生き方をしている」

「あなたが、お師匠様と同じ生き方が出来るって言うの?」

「君は知らない。いや、『ワザと』知らせていないのかな? ああ、そっちのほうが合っているかもね!」



 青い絨毯の上で、廊下の真ん中で、ツギハギが弾んだ声で話し出す。



「知りたい? うーんどうしようかな、キリエが教えてないってことは、教える必要がないか、それとも、教えたくないか……ねえ、弟子の君ならどっちだと思う?」

「なんで私に聞くのよ!」

「だって弟子なら知りたいでしょう? ああ! 教えてないってことは、信用してないってことかもね!」

「っ!?」



 今まで、エリノアに必要以上のことを教えていなかったのは、まさか――。ううん。そんなはずはない。お師匠様を疑ったらダメだ。

 だってそうなら、街になんて行かせない。だって街には、調べることの出来る場所があるんだから。ぎゅっと締め付けられる胸に、不安が表に出てきそうになる。



「術具技工師から見れば、ミレハの人間は信用に値しない。それもキリエは特に。そりゃあそうだよね。だって、キリエにとって“親も同然だった人”が牢に入る原因になったんだから! しかももう一人は、すでに人ですらなくなった! 子供とはいえ、憎い対象だろうさ!」



 知らなかった事実が、まったくの赤の他人から知らされた。牢に入った人、キリエにとっての親代わり、ミレハの人間は信用できない。

 ミレハの事件で幽閉されたのは、キリエの師匠で。その人は親も同然だった人……。

 エリノアには直接の関係がないのは分かっている。けど、一気に手足の先が冷たくなった。



「そんな人間が、どうしてミレハ出身の君を弟子にしたんだろうね。ボクはすっごく気になるよ。もしかしてさ、君で憂さ晴らしでもす――」

「お師匠様は! お師匠様はそんなことしない!」



 あなたが師と呼んでいる男はね、あなたで――


 グウェインが言おうとした言葉、キリエが止めたあの言葉。


 どちらも嫌ならついて来い。ちょうど弟子を探していた――


 あの言葉はなんだったのか? お師匠様はどんな意味で自分に言ったのか……

 考えたくないその言葉。今まで一緒に暮らしていて、怒られることも呆れられることもあった。けど、キリエのその行動のすべてが……エリノアに術具技工を教えていたことさえ、すべて嘘だったなんて信じたくない。

 あの屋敷での生活が、虚構だったなんて思いたくない。口の中がカラカラだ、手足は冷たいのに、逆に頭は熱くなる。



「どうかなあ。ボクがキリエだったら、きっと選ぶよ、その方法を。だって『手っ取り早い』もん」

「お師匠様のこと何も知らないくせに! お師匠様を悪く言わないで!」

「へえ。君こそ何にも知らな――っ!?」



 パンっと金属を弾く、乾いた音が鳴った。

 今にも泣きそうな表情で、仮面を叩いた姿勢のまま、エリノアはツギハギを睨む。直接顔を叩いたわけじゃない、だから手は凄く痛い。けど、止まらなかった。

 お師匠様はあのとき、確かに助けてくれた。



「ボクはたいして痛くないけどさあ。君、立場分かってる?」

「――っ!」

「本当、よく懐いているねえ。まったくもって気にいらない」



 伸ばした腕が掴まれた。まずい、どうしよう。振り払うには力の差は圧倒的で。

 押しても引いてもピクリとも動かない。



「放して!」

「はいはい。分かったから大人しく――」

「エリーの手を放すの! お面!」



 ひょっこりと、エリノアのコートの中から顔を出したのはリムだった。



「……え? 今の、リムクレット!? なんでこんなところに!?」

「とりゃー!」



 やたら鼻息荒く飛び出すと、二人の視界から消える。

 頭上から聞こえてきた声に、天井からパラパラと金属片が落ちてくる。ふっと黒い影が広がると、突き飛ばされるようにエリノアは廊下の壁に、ツギハギから離れるように弾かれた。

 直後、二人の間に落ちてきた天井の照明。ガラスが割れ破片が飛散る。ひしゃげた金属のフレーム。火が点いていないのが幸いだった。運が悪ければ絨毯に飛び火していたかもしれない。



「逃げるのエリー!!」



 手が放された今しかない。リムを抱えて、急いでその場から離れる。

 ひと気のない廊下。足音の響かない絨毯の上を、エリノアは必死に走る。窓の外の塔を見て、大雑把な方向だけを決めて、ひたすら逃げる。城の中の、どの位置に工房があるのか。キリエが教えてくれた隠し通路。もしかしたら今は無くなっているかもしれない、不安が一瞬頭をよぎる。



「ねー。追いかけっことか、ボクのガラじゃないから止めなーい?」

「だったらあなたが止めればいいじゃない!」



 のんびりと、気の抜けるようなツギハギの声が後ろから聞こえる。追いつかれたらおしまいだ。どこかでやり過ごしたほうがいいのか。でも隠れるにしても、どの部屋が安全なのかエリノアには判らない。

 とにかく、ツギハギの視界から外れないと。

 一番近くの角を曲がった瞬間、エリノアは暗がりに引きずりこまれた――。



「はっ、放し――っ!」

「静かに。君はツギハギから逃げているのだろう?」



 低い声の男の言葉に、口を塞がれたエリノアは大人しくなる。状況はどうあれ、ツギハギから匿ってくれたらしい男の問いに、エリノアは頷く。

 狭くて薄暗い場所だった。エリノアが引っ張り込まれたのは角を曲がってすぐの、柱の影になる壁の中だ。ここも隠し通路の一つ、と言うことだろうか?



「あり? どこ行っちゃったんだろう。困ったなー。ねー、今度はかくれんぼとか止めよーよ」



 壁の中に、ツギハギの声が聞こえる。気付かれるんじゃないか。エリノアは息を殺して、耳に神経を集中させる。



「やれやれ。しょうがない、一か所づつ捜していくか。あー、アズール様に報告するのかったるいなあ」



 近くにあった部屋の扉だろうか? 扉を開けたらしい音に、ツギハギの声が混ざる。



「まだ隠れていたほうが良いだろう。ところで君、城の人間ではないね。なぜここにいる? 今の城は安全じゃない、いったいどうやって忍び込んできた」



 エリノアを解放した男は、袖口から出した懐中時計のようなもののネジを回す。ふっと、明かりがともった。どうやら、明かりの魔導具らしい。

 ふわりと明るくなった先の、魔導具を持った男の顔が見えた。



「……お師匠様」

「同じなの」



 短い黒髪は、きれいに整えられていて。キリエとは真逆の印象を受ける、柔らかな目元。その瞳は、紫色だった……。糊のきいた白い襟に、黒のベストに緑の上着。その上着の襟に、袖に、『鈴蘭』の模様のボタンがあった。

 もっとキリエが歳を重ねたら、こんな感じになるのだろうか? そうエリノアは思ったが、あの涼しげな顔つきが変わる気がしなかった。



「生憎と、私は弟子をとるような職人ではないのだけれど……」



 男は、困ったような顔つきでエリノアを見た。

 キリエとほとんど同じ顔つきなのに、どうしてこんなにも違う印象なのだろう。



「あ、あの。失礼を承知でお尋ねします。名前を教えていただけないでしょうか!?」

「名前? 私はストレイド・スパルダ。この国で宰相をやらせてもらっている。これでいいかな? お嬢さん」



 名前を聞いて、自分の目で姿を確認して、エリノアは急いで指輪を外してスパルダに差し出す。



「お師匠様から、あなたに渡すように預かってきました」

「……これを私に? すまないが君の、師の名前を聞いても?」

「お師匠様の名前は、キリエと言います。それと、お師匠様が言っていました。仕掛けはあなたのほうが詳しいだろう、と」



 指輪を、多分あの交差する羽根の紋を見たのだろう。スパルダの表情が変わった。



「まさかこれを預けるとは……。君は、師の家名を知っているかい?」

「い、いえ。お師匠様は、家名を名乗ったことはありません」



 今まで、聞いたこともないキリエの家名。手紙の宛名もそうだ。すべてキリエとしか書かれていない。そういえば、術具技工師の名簿にもなかった。



「まあそうだろうと思っていた。“彼”は名乗る気はないだろうね、これからも」



 指輪を両の指先で摘むように持つと、スパルダは互い違いの方向に捻るように動かした。硬いものだろうと思っていた指輪は、いとも簡単に動いた。動いて出来た隙間から、帯のような青い光が流れ出る。

 するすると空中を漂う光の帯に書かれていた文字を、スパルダは読んでいく。エリノアも透けて見える文字を追って見たが、教えられた文字とは違うことに気が付いて諦めた。

 あれは、魔導具を作るときに使う文字と同じ気がする。お師匠様は魔導具の知識もあったはずだ、別人に読まれても分からないようにしたのだろうか?



「……手紙は、受け取ってもらえたようで何よりだ。君の名前はエリノアで間違いないかな?」

「は、はい。そうです」

「分かった。スパルダ家の名にかけて、君の身の安全を保障しよう」



 同じように、けれど今度は逆の方向に指輪を動かせば、光の帯が消えていく。



「あ、あの! お師匠様は、お師匠様はどうなるんでしょうか!?」

「……出来る限りの事はしよう。だからそんな顔をしないでほしい」



 受け取った指輪をエリノアに返すと、スパルダは後ろを振り向く。



「……シャルティア姫、彼女はグウェインの仲間ではありません。彼女はキリエの弟子です」



 スパルダの背後、薄暗がりの闇が伸びる場所から、一人の女が現れた。暗がりの中でも分かる、淡い金色の髪。今は後ろで一つに纏め、無造作に背中に流していた。警戒からかきつく感じる目に、暗く青い瞳が光る。



「マティアス殿下が、無事であることが判明しました」



 その言葉に、姫と呼ばれたシャルティアは固い表情を和らげ、



「ところで、その『白い悪魔』は大丈夫なんでしょうね?」



 “リムを”見ながら、そう言った。


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