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 02・手紙の配達係りとは

 


 ケラケラと大笑いするリムの口に、キリエはクッキーを放り投げることで静かにさせると、ダニエラが持ってきたレタートレイを嫌そうに見つめた。

 リムの口には入らないクッキーを小さく砕いて渡しながら、エリノアはキリエにとって苦行となる手紙の開封作業を、静かに見守ることにする。

 あいにくと、筆不精な友人ばかりのエリノアにはめったに手紙は来ない。街に行けば会えるのだから手紙くらいと思うものの、やっぱり少し寂しい。



「検閲は?」



 束になった封筒に手を伸ばしながら、キリエが言った。



「すでに騎士団にて済ませてあるそうです」

「そうか……」



 キリエ宛ての手紙は、なぜか検閲が入る。それをキリエは当たり前だと思っているし、ダニエラも当然といった反応だ。検閲が手紙の中身を改める意味だと、エリノアも知っている。普通の手紙は、検閲なんてしないものだと思うのに。一体なぜなのだろう。

 他の技工師もそうだとすれば、エリノアも一人前になると手紙に検閲が入るのだろうかと想像してみる。それはそれでちょっと嫌だ。



「お師匠様」

「検閲のことか?」

「何で分かったんですかっ!?」

「顔に書いてある」



 驚いたエリノアの手から、ポロリと落ちたクッキーをリムがキャッチ。反射で顔に手を当ててしまった。うう、クッキーの欠片が顔についた……。気付かれないようにこっそり落とす。



「俺宛……というのもおかしいが、一定レベル以上の術具技工師には検閲が入る」



 ペーパーナイフを使うことなく封筒から手紙を出して、眉根を寄せながらキリエはその一通一通に目を通していく。手紙の文面を追うごとに、キリエの目付きがだんだんとキツクなっていくのはいつものことだ。



「国外に出したくない、というのが検閲理由の一つだ」



 つまり、他国からの勧誘。キリエは封筒の一つをエリノアに放り投げる。自分の前に落ちた真っ白な封筒の宛名は、師であるキリエではなくエリノアの名前が書いてあった。

 差出人は街の孤児院の院長先生から。かつては騎士だった院長先生は、昔の戦争で負った怪我で術具を身に付けている。キリエが行なっていたメンテナンスを、エリノアが引き継いだ。

 そっと封筒を開けようとして、エリノアは手を止めた。キリエが目の前であっさりと手紙を出していたので失念していた。自分の手紙は検閲されていない、ということを。



「お前の手紙に検閲が入るのは当分ない」

「そんなこと判ってます!」

「だいじょーぶなの! エリー、当分ってことはいつかはあるの!」



 えっへん! とテーブルの上で励ますリムの言葉が心に染みる。

 いつかお師匠様をぎゃふんと言わせる技工師になるんだから! 心の中で決意して、エリノアは持ってきたペーパーナイフを滑らせる。開いた封から出てきた、花の透かしが入った手紙。そこに書いてあったのは、エリノアがこの間行なったメンテナンスのお礼だった。

 術具技工師の仕事はただ作るだけじゃない、その後のメンテナンスも含まれる。こうやって、自分にお礼の手紙が来ると思わず顔がにやける。



「なんだ、いきなりニヤケて」

「に、にやけてなんかいません!」



 弟子見習いの自分でも出来ることがあるのだと、自信が持てるから。



■□■□■



 術具技工師の数は、現在驚くほど少ない。カルフェト大陸の西端に位置するスピカヴィル国が、最も多くの術具技工師を擁しているが、他はいても一人二人といった国も多い。もともと何かを作ることに長けた民がスピカヴィルには多く、別名職人の国とも言われる所以だ。

 エリノアの生まれる前は、まだ多くいたらしい。その頃は、聖王国アンカルジアが人魔戦争を起こしており、負傷した多くの兵士たちがいたからだ。

 けれどその後は、その複雑かつ繁雑な作業の多さに少しずつなり手は減って行き……そして、今は亡きミレハ国で起きた事件で、多くの術具技工師がその職を辞した。


 どんな事件なのか気になり、一度だけエリノアはキリエに訊ねたことがある。けれど、もの凄く不機嫌になりあしらわれた。なんとなく訊いてはいけない気がして、それ以降エリノアはキリエに訊ねることをしなかった。

 街に行ったとき図書館で調べたが、事件の詳細は記録に残っておらず、ミレハ国で内乱があり、今はスピカヴィルと合併し地名だけを残していることだけ。もしかしたら術具技工師協会の資料になら、その詳細が書いてあるかもしれない。


 いったいそのとき、何があったのだろう。多くの術具技工師が職を辞すような事件。キリエにも、続けていくか止めるのか、決断を迫られることがあったのだろうか。

 キリエには謎が多い。どうしてこんな街から離れた不便な場所に暮らしているのか、術具技工師であることを除いても、やたら高貴な方と知り合いが多いことも。


+++++



「やあキリエ。久しぶり」

「ルークか、相変わらず元気そうで何よりだ」



 ダニエラに案内されて工房に入ってきたのは、騎士のルークだった。片手をあげ、にこやかに微笑みながら挨拶をする。そんなルークに、キリエは作業の手を止めることなく返す。

 お師匠様、素っ気なさ過ぎます。そうエリノアは思うが、キリエの細かく動く手元と集中した表情に、手を止めるタイミングではないのだから仕方がないかと諦める。

 そんな挨拶にも慣れたもので、ルークは緑色の制服の縦襟を軽く広げると、近くの椅子に腰をおろした。サラサとした色素の薄い茶髪の隙間から、穏やかな印象の紅茶色の瞳が、キリエの作業を興味深げに眺めていた。



「深部構築式の彫り込みかい?」

「ああ。すまないがもう少し待ってくれ」

「了解」



 ダニエラが出したお茶を飲みながら、見学者のように静かに作業を見守っていたルークだが、やがてその目が、片付けを続けていたエリノアを見つける。



「エリーちゃん、久しぶり」

「は、はい。ルークさんもお久しぶりです。今日は団長さんの術具のことですか?」



 ちょいちょいと手を動かして呼ぶルークに近付いて、エリノアは小声で訊いた。

 ルークはフィスラの街の治安を預かる王立騎士団――第七支団に在籍している騎士だ。フィスラの街に近い森の浅い場所にエリノアたちは住んでいる。スピカヴィルの西端の街。住人は親しみを込めて、西の街と呼んでいる。

 森の中の屋敷に、ルークは騎士団の用事以外にもちょくちょく足を運んでくる商人以外のお客さんだ。あまり遠出をしたことがないエリノアに、街の外の話をしてくれたり、キリエが渋るお祭りに連れて行ってくれる。エリノアにとっては兄のような存在でもある。



「そう。一応団長の術具じゃ、他の人に頼めないから。すぐに壊れたら大変だし」



 やれやれと肩をすくめるルークの姿に、エリノアは支団長の姿を思い出した。豪快な笑い声の、大きな体の人だ。

 エリノアもキリエにメンテナンスについて行き会った。団長だからどれだけ怖い人なのだろうとびくびくしながら挨拶をしたら、エリノアのそんな反応に本気で落ち込んでいた。話してみると気さくな人で、あのときは悪いことをしてしまったと反省した。



「団長さん、お強いですもんね。お師匠様の術具ぐらいに耐久性ないと困りますよね」

「あ! やっぱり来てたのルークだ! お菓子お菓子!」

「リム! ルークさんはお仕事で来てるんだから駄目でしょ!」

「お菓子ばっかり食べていたら、リムはそのうち体がまん丸になってしまうよ」



 扉の隙間から工房を覗いていたリムが、表情を輝かせながら入ってきた。

 以前、ルークが持ってきたお高いお菓子をいたく気に入ってしまったせいで、リムの中ではルークは菓子配達人という位置付けだ。

 ……騎士が配達人。もともと霊獣に、人間の地位など関係ないのだろうけれど。失礼なことをいっては駄目と言っても、リムにはまったく効果がない。



「そいつに菓子はやるな」



 やっぱり、ルークは持ってきていた。懐からお菓子を取り出そうとしていたルークを、キリエが止める。

 作業がキリの良い所になったらしい、キリエは肩を解しながらリムを見た。……どちらかというと、睨むが正しい気もする。小さく鳴くとエリノアの足元に逃げるようにやってくるリムの姿に、今日はもうお菓子をせがんでくることはないだろうなと思う。

 あの目で睨まれたら、誰だって大人しくなってしまう。



「残念、せっかく持ってきたのに」

「餌付けをするならくれてやる、持っていけ。ただし食費が跳ね上がる覚悟をしておくんだな」

「薄給だから、リムを養うにはもう少し昇進しないといけないようだ」

「騎士が薄給か?」



 鼻で笑うようにキリエが言った。軽く道具を片付けてから、ルークのいる作業台近くの椅子に座る。

 相変わらずな物言いである。騎士でも構わず言うのか、それともルークだからなのか。一度本気で聞いてみたいエリノアだ。……もっとも、後が怖いので聞けそうにないけれど。



「それで、今日は何の用だ? あの団長殿か」

「ああ。この間訓練でちょーっとやりすぎてしまってね。関節の動きが気になるらしい」

「…………あのオヤジは術具技工を何だと思ってる」

「自分の脚の代わり」



 キッパリとルークは言った。間違ってはいない。間違っていないのだが、使い方がおかしいのだ。何をどうしたら、術具で剣を受けようと思うのか疑問だ。これでは修理が追いつかない。

 ぐったりとしたキリエの姿に、珍しいものを見た気になりつつ、エリノアは足元のリムを抱き上げた。



(普通は術具で剣を受け止めようとは思わないし)



「分かった、近いうちに行く」

「助かるよ。どうにも調子が悪いらしくて、団長機嫌が悪いんだ。おかげで騎士が怯えちゃってね」

「言っておくが、機嫌を直せは業務範囲外だ」



 術具技工師が出来ることは、後々のメンテナンスまでだ。確かに騎士の人たちにはご愁傷様と思うが、そこまでの責任はさすがに負えない。



「それとこれを。悪いが今回は中を見てほしい。返送するにもいいかげん苦しくなってきた」

「まだ諦めないか」



 眉を八の字にしたルークが、オフホワイトの封筒をキリエに手渡す。鈴蘭の模様の封蝋がされた手紙。今年になってから何度も届いている、“検閲されていない”手紙。その封をキリエは開けた。

 取り出した手紙の文字をつらつらと追う目が、徐々に剣を持ってくる。



「ここ最近、聖王国アンカルジアがきな臭い」



 キリエが鋭い目付きでルークを一瞥した。

 一度呼吸を整えると、ルークはエリノアにも視線を向けて前へと戻す。つまりこれは、エリノアにも聞いておいてほしい話ということ。軽く頷いて、エリノアは二人から少し離れた場所に座った。



「どうやら準備を始めているらしい。魔国テイラーズとの間にある、山脈の砦に兵が集まっているようだ。ウチに協力の申し入れは来ていないが、上は警戒している」



 魔国テイラーズは大陸北の大部分を占める国だ。失われた技術、魔法を使いこなす人たちが多くいると聞くが真相は判らない。なにしろ北は大きな山脈のおかげで交流などないに等しい。未開の地とさえ言われている場所だ。

 判っていることは、テイラーズはアンカルジアと、人魔戦争と呼ばれる戦争を起こしたこと。アンカルジアに甚大な被害をもたらし、あざ笑うかのようにあっさりと山脈の向こうへと戻ってしまった国。



「術具技工師に召集がかかる可能性があるから、二人とも気を付けてくれ」

「相変わらず暇な連中だな」



 神妙な面持ちで話したルークに、キリエは苦々しい表情で言い捨てた。


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