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 03・仮面と鎖

 

*****


 昨日、二話更新しています。

 ご注意下さい。


*****

 


+++++



 驚くほど早く薄れた煙に、煤けた匂いが辺りに広がる。円形に抉れた地面に、黒焦げの何かが点々と横たわっていた。ごく狭い範囲にのみ限定して効果を出す魔導具が、キリエが予想した以上の結果を出した。……予想では、もう少し火力が小さいはずだったのだが。威力面の制御で要改良だ。

 運良く範囲の外だった野盗の仲間たちは、引き起こされた惨状に声もなく立ち尽くす。通常の魔導具ではありえない火力を見たのと、いましがたまで生きていた仲間が、目の前で元の姿も分からぬものへと変貌したのだから無理もない。



「こんなアラだらけの愚策なら、指切り姫の関係は除外」

「ゆ、指切り姫、だと。あれは……」

「この程度であいつと策巡りをしたらすぐさま詰む。ロベリタは野盗に対して手厳しい、よって論外」



 腰に差したサーベルを引き抜いて、キリエのもっとも近くにいた男に切りつける。絶叫と共に地面でのた打ち回る姿を冷ややかに見下ろしながら、淡々と独り言のように話し続ける。もとより回答は求めていない。



「だとしたらあの男の対立派閥か、恨みか。……お前たち、誰に唆された?」

「そ、唆されたって、俺たちはただ、術具技工師は金になるから狙っただけで。森の屋敷の術具技工師は、特に金を持ってる。弟子は女だから売れるって聞い――ぎゃあ!」

「誰に聞いた」



 腹を薙いだ男の肩口に、さらにサーベルを突き刺しキリエが問う。今度は答えを求める問いだ。

 その問いに答えることが自分の利になると判断したのか。それともそこまでの筋を通す相手ではなかったのか、息も絶え絶えな男はやっとのことで口を動かし言葉を吐き出す。



「茶髪の知らない男だ。多分、あんたより一回り歳が上だと思う。どうやって金を手に入れるか話し合っていたときに現れた。同業だといっていたが、俺は違うと思っている」

「根拠は」

「見た目はぼろかったが、ヤローの着ていた服は質がよかった。ガタイもいい、それと言葉に濁りと棘がない」

「なるほど。乗せられたわけか」



 一時しのぎで、見た目だけを合わせて接触してきた男。そこまでする人間が、何の考えもなく話しを出すのはどうみても無理がある。恐らくは、狙っていたのだろう。

 サーベルが引き抜かれた肩を男は押さえるが、血は止まることなくその手の隙間からこぼれていく。



「何とでも言え。妙な面をつけた従者みたいな奴も一緒にいたし、貴族の悪趣味の一つかと思ったんだよ。よくいるだろ、狩りと称して人間を狩る貴族がよ」

「よくいるかは知らないが、悪癖は耳にしている」



 この様子では見た目を取り繕った人物の人相を聞いても、探すのは難しいかもしれない。しいて言えば、仮面をつけた従者だが……。貴族の従者も下級貴族の可能性がある。顔が知れているから隠したのか、はたまた、自分たちがこれから行うことが犯罪であると判かってつけたか。

 そもそもその話しかけた男が貴族なのかも分からない。ここまで考えると堂々巡りになる。ならばさっさと見回りの騎士を呼んで、尋問なり取調べなりをさせたほうが効率的だ。

 痛みを訴えてくる古傷に、それに合わせて右目の視界が酷くかすれてきた。顔をしかめながら、キリエは来た道を振り返る。まだ騎士が来る様子はない。うまく合流できていればいいのだが……。エリノアの足跡が、早くも雪に埋まり始めていた。



+++++



 茶色の髪を揺らしながら、エリノアに近づく男。どこか懐かしささえ感じる琥珀の瞳に、目の前の男が自分と同じミレハ出身ではないのかとエリノアは思った。ミレハの出身者は、茶色の髪に琥珀の瞳の持ち主が多かったから。

 仮面の男は、エリノアのフードを捲ると首を傾げる。



「あなた、お師匠様になんの用よ。お師匠様は仕事以外の話は聞かないわよ」

「ふむ。体型からして“最高傑作”じゃないのは判っていたけど、ようやく弟子だって確定した」



 ちょっと自信なかったんだよねー。と場違いに明るく話す仮面の男は、声の感じからキリエに近い歳の気がするのに、若い印象を受ける。

 キリエへの用件の取次ぎに、弟子を捕獲するという荒すぎる手腕を発揮したこの男、悪びれる様子がまるでない。ちょっとした悪戯という名の罠を仕掛けただけ、といった感じで。エリノアは仮面の男を睨みつけた。



「ありゃ、怖い怖い。かわいい顔が台無しだよ?」

「あなたに愛想を振りまく気なんてないわ」

「うん。笑ってなくてもいいよ、怖がった顔でなくてもいいし。どうせ首しか用がないしね」

「くび……?」



 首しか用がない、とはどういう意味だろう。首は、首でしかない。胴体から離れれば、それは死を意味する。



「最高傑作を切るとうるさいけど、たった一人の弟子なら問題ない」



 身幅の広い大振りのナイフが男の手に握られていた。キラリと光るその刃先が向けられたのは、エリノアだった。



「大丈夫。ちゃんと君の首は有効活用するから。君の首を持って屋敷に訪問すれば、絶対キリエは怒ってくれるよ。今から楽しみだなぁ」

「――っ!? それって!!」



 うっとりと呟く男に、エリノアは得体の知れない恐怖を感じた。エリノアの首を切断しようというのに、どうしてこの男はこんなにも楽しそうにできるのか。仮面の男の腕に、自分の首が抱かれている姿を想像してぞわりと肌が粟だつ。



「さて。師匠と弟子の感動の再会を演出しないとね!」



 ぴたりと、首にナイフがあてられた。冷たい氷のような感触に、不思議と震えが起きなかった。間近に、仮面の向こうの瞳が見える。どこか歪んだ笑みを形作る瞳を、エリノアは歯を食いしばって睨みつける。

 いざその時になったのなら、躊躇うな。そうダニエラに言われた。布越しにその存在を主張する刃物の感触に、エリノアは覚悟を決める。


 首の肉に食い込む刃先、そして――袖口に隠していたナイフで、エリノアは男の腕を突き刺した。手に伝わってくる『馴染みのある感触』に、大きく目を開く。この感触は、皮下素材と同じもの!

 痛みなど感じていないようなそ振りの男に、エリノアは確信した。この腕は、本物ではない。弟子見習いになってから、何度も触ったこの質感。間違えようがない。



「あなたもしかして、術――」



 ヒュっと風を切る音が続けざまに鳴るのと、男がエリノアから飛びのくように離れたのは同時だった。首筋に走る痛みに、舞う鮮血。白い雪の上に突き刺さる細い矢。背後から聞こえてくる馬の駆ける音に、騎士が呼びかける声。



「何をしている!!」



 響き渡る騎士の怒声に、仮面の男は一度エリノアを見て、そして森の中へと消えていった。エリノアの足に巻きついた、魔導具をそのままにして。



「お弟子殿、無事ですか!?」

「は、はい。私は――いっ!」



 操る人間がその場を離れても、効力を持ち続けるタイプのものらしい。魔導具はその機能を忠実に実行し、エリノアの足を締め上げる。目の前の男がいなくなったことで、緊張が切れたらしくどっと汗を噴出して、エリノアは雪に顔を押し付けるようにうずくまる。首の痛みよりも、足のほうがはるかに酷い。

 それでも、お師匠様のことを伝えないと……。痛みを堪えながら、エリノアは騎士の腕を掴んで、必死に声を出す。



「お師匠様が、ここから先の道で、野盗に遭遇しました! 早く、早くお師匠様のところへ行ってください!」

「すぐに動ける者はキリエ殿の保護に急げ!」

「はい!」



 通り過ぎていく騎兵に、これでお師匠様は大丈夫だと安心する。それほど時間は経っていない、まだ間に合うはず。



「おい! 解呪できる奴を早く!」

「今交代で街に戻ったばかりです! 呼び戻さないと」



 耳に入った会話に、あの男はここまで考えて行動していたんじゃないのかと勘ぐってしまう。



「エリー!」

「リム、無事でよかった」

「リムは霊獣! 無事に決まってるの! キリエなら解呪できるの! さっさとエリーをキリエのところに運ぶの、人間!!」



 リムにとって、個別に識別できる人間は少ない。頻繁に会う人以外は、人間の枠組みのなかで止まってしまう。騎士の中で見分けがつくのは、餌付けのようなことをしているルークか団長ぐらいだ。

 首の手当てを簡易ではあるがしてもらう。きちんとしたものは屋敷に帰ってからだ。ダニエラは薬に詳しいから、適切な処置をしてくれる。森の捜索に、何人かの騎士を残してキリエのところへと向かう。


 馬の背に揺られ、戻ってきた先は、エリノアが走る前にはなかった黒焦げの跡が存在していた。あれは、自分が走った直後に聞こえた爆発音の結果、だろうか……。その手前に立つ緑色のコートの後ろ姿――キリエだ。

 よかったお師匠様に怪我がなくて。その心配はきっと無用のものなのだろうけど、エリノアは心底ほっとした。キリエの屋敷に来てから、帰路の途中で盗賊の類に遭ったことはなかったから。……屋敷への不法侵入者はいたけれど。



「お師匠様ぁ」



 キリエの姿にほっとしたら、情けない声が出てきた。

 馬の頭の上でリムが飛び跳ねながらキリエを呼ぶ。馬は嫌がっているらしく、大きく頭を振る。



「キリエ! キリエ! エリーが大変なの!」

「なんだ、腰でも抜かした」

「違います!」



 こんな人前でそんなことを言わなくたっていいのに! 足の状況で動けないだけなのに! そんなことを思っても、エリノアの状態をキリエが知るわけもなく。

 通常運転のキリエに、ようやくエリノアは落ち着きを取り戻してきた。その代わりに、首と足の痛みがぶり返してくる。その痛みをやり過ごそうと、馬の首にしがみつく。



「キリエ殿、お弟子殿も野盗に遭遇しました。魔導具が足に」

「魔導具? 野盗が持っていたというのか?」

「お弟子殿の状況からして恐らく……」



 いつもより険しい顔つきでエリノアの元へときたキリエは、おもむろにエリノアの左足を掴んだ。



「痛い!」

「ああ、この鎖が魔導具か」

「お師匠様、私の足、切れちゃいませんよね」



 泣きそうな声になってしまったのは不可抗力だ。

 垂れ下がった鎖を摘みながら、何がおかしいのか、キリエは鼻で笑った。



「こんな程度の低い代物で、足が切れるわけがないだろう」

「よかったぁ」

「誰か鞄を」



 鞄を手に取ると、キリエは小さな赤い石が嵌った指輪を取り出した。その輪に鎖を巻きつけて、一番強く絡まっているであろう場所に指輪を重ねるように押し当てる。



「動くなよ。動けば足が吹っ飛ぶからな」

「ふ、ふっと――!!」

「黙っていろ」



 硬くみえた指輪を事もなげに潰し歪めると、鎖が細かく崩れていく。ぱらぱらと足から落ちていく鎖に、やっと足の痛みが引いてきた。かわりに急激に血流が戻ってきたのか、足先が熱を持つ。じんじんと鈍い痛みが残っているし、感覚が戻ってくるのには時間がかかりそうだ。



「お師匠様、騙しましたね。ぜんぜん吹っ飛ぶようなことが起きなかったじゃないですか」

「ずれると効果がない。ああでも言わないと、お前は動き回るだろう」

「うっ……」



 エリノアの、しびれて感覚の鈍くなった足をキリエが動かす。強い痛みは引いたが、やはりまだ動かすと鋭い痛みが走る。キリエの視線がエリノアの首あたりで止まると、目を細めた。



「状況は騎士に話してある、後は連中の領分だ。屋敷に戻る、怪我はダニエラに手当てをしてもらえ」

「はい。あの、お師匠様は怪我とか、してないですよね?」

「お前の目には、俺が怪我人に見えるのか?」

「ぜんぜん見えません!」



 慌てて否定するエリノアをよそに、キリエは鐙に足をかけるとエリノアの後ろに座った。



「暴れて落ちるなよ」

「あ、暴れたりなんてしません!」



 受け取った鞄をエリノアに押し付けると、キリエが手綱を操る。護衛を担当するらしい騎兵をつれて、屋敷への道を戻り始めた。

 降りが強くなってくる雪に、風が混じり始めた。この様子だと早いうちに吹雪いてきそうだ。



「あ、ライナーさんの馬車」

「どうやら片付けは済んだらしいな」



 屋敷の前で、ダニエラの見送りを受けようとしていたライナー親子がいた。近づいてきた馬の蹄が聞こえたのか、ニルスが振り向く。



「二人ともお帰りなさい」

「馬を借りたのかい? キリエ」

「ああ。吹雪きそうだし、ちょうどいい。そっちは片付けだったそうだな」

「歳をとった人間にはちょいと重労働だった」

「無事でなりよりだ」

「ざっと探したが、残りは見かけなかったよ」



 エリノアを馬の上に残したまま、キリエはライナーたちのところへ行ってしまった。馬から降りるのを補助したりはしないだろうと思ったが、キリエは本当にしなかった。

 動かしにくい足をずるように鞍から降りるエリノアを、ダニエラの手が支えた。二人分の鞄を持ち、さらにエリノアの体を支えるダニエラは、どうみても見かけ以上に力がある。



「吹雪が止んでからでいい、廃液の回収を頼みたい。恐らくその時はルークが同行するはずだ。委細はルークに」

「分かった」



 エリノアたちが降りて騎手のいない馬にニルスが騎乗し、ライナーが御者台に座るとすぐさま馬車は動きだす。吹雪いてきたせいで、ライナーたちの姿はすぐに見えなくなった。



「お帰りなさいませ。キリエ様、エリノア」



 屋敷の扉を背に、ダニエラがきれいな所作で頭を下げた。



「ああ」

「ただいま戻りました」



 ダニエラが静かに開く扉を潜れば、エリノアの、いつもの日常が戻ってくる。


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