やっつめ:貧乏学生の葛藤
ああ面白いなぁと、読む度にいつも思う。
今日も今日とて、学校帰りのその足で、帰り道の途上にある古本屋に寄って立ち読みをしながら、くすくす笑う。周りから見れば変人のそしりは免れないが、我慢するものでもない。
読んでいるのはギャグ漫画だ。やっぱり楽に読めるものはいい。お金があれば新品を――いや、バイトをしているわけでもないからそこまで余裕はないか、やっぱりここで中古を買い漁るのがせいぜいだな。
ま、今はそんな余裕もないから、立ち読みしか選択肢はないのだけど。
漫画を読む上でいつも気になるのは、季節ごとのイベントごと。特に、その中に出てくる小道具の類だ。
例えば、今回のギャグ漫画には祭りの一場面が出てくる。神社の境内でいくつもの夜店が並び、その間を多くの人々が楽しそうに歩いている。そこで紹介される夜店の中には定番と思われるもの――自分も行ったことがある場所でも見たことがあるものだ、焼きそばとかお好み焼き屋とか――もあるが、見たこともないものもやはりある。型抜きやってお金を貰ってるところなんて見かけたことはないし、りんごあめを売っている屋台だって見たことが無い。あんずあめだったらあったかなぁ。ぶどうとかを飴で固めたやつとかも見たことはある。りんごはない。
ほかのイベントごとにも、あからさまに無いだろうという展開や場面というものはあるし。そもそもを言い出せば、展開について矛盾やらなにやらも出てくる。特にラブコメ。少年漫画も少女漫画も等しくなんだあれって場面が出てくるものだ。
基本的には話を頭を空っぽにして楽しむのが一番である。考えたら負け。話が合えば面白いし、楽しめばいいだけだ。
「……っ」
こみあげてくる笑いをこらえながら漫画を読み続けていると、ポケットに入れておいた携帯電話が震えだして頭の中が一気に現実に引き戻された。
なんだよもう、と思いながらディスプレイを見れば、表示された文字列は電話をかけてきた相手が親であることを示していた。
うっわぁでたくねー、と思ったので気づかなかったことにしてポケットに戻す。しかし、震えは止まらない。漫画を読み続けようとしたが、まだ止まらない。なっげえ、しつけえ、鬱陶しい。
いいところだったのになぁと思いながら、手に取っていた漫画を本棚に戻して、古本屋を出て電話をとる。
相手の第一声はすぐに電話を取らなかったことに対する苛立ちで尖った声だった。
謝る気のない平謝りで受け流していると、相手も少しは溜飲が下がったのか、それとも呆れて意気が殺がれたのか、声の調子を戻して用件を話し出した。
どうやら家のプリンターにあるインクが切れたらしい。それを買って来いということだ。
おつかいかよと思って、まぁいいやと頷きかけたところで二つの問題点に思い至った。
ひとつは財布にそんなものを買う金が入っていないということ。金がないから寄り道して漫画を立ち読みしているのである。恥を忍んで周りへの迷惑を顧みず。……我ながらろくでもないな。
そして、もうひとつは家にあるプリンターは恐ろしく型が古いということだ。今時リボン式のやつ置いてるのうちくらいじゃなかろうか。何で現役になってたのか疑問符が募るばかりだが、そんなもんをその辺で買って来いとか罰ゲームである。
その旨を伝えると、案の定、諦めきれないのか口答えが気に喰わないのかまでは判らないが、怒声が返ってきた。
怒鳴ったところで現状は変わらない。そもそもなんでいきなりプリンターが必要なのかを聞けばコピーを取りたい資料があるらしい。
「コ ン ビ ニ に 行 け!」
あまりのあほらしさに、電話の送話口に向かって思いっきり大声でそう叫びつけて、電話を切った。
一拍の間を置いて、周囲から視線が集中していたことに気づいて咳払いをしつつ、そそくさとその場を去る。
今日はもう立ち読み継続は無理だなぁ。でも、こんなことを親に言った手前、すぐに帰るのは非常に気まずい。
「…………」
財布を開いて中身を確認する。相変わらず手持ちは少ないが、そこらのファミレスで時間を潰すくらいの小銭は捻出できそうだ。
「……はぁ」
お金が減ることに溜息が止められないが、仕方ない。
ほとぼりを冷ますためにそれなりに長い時間が必要になる。そんな時間をどこで潰すのかを考えたときに、少しのお金を払ってでも居心地のいい場所を確保したほうが都合がいい。
宿題でも片付けておこうかなぁと思いながら、若干重い足取りをファミレスに向けた。
今回使用したお題は以下の三つ。
1)古本屋
2)りんごあめ
3)リボン
※三題噺お題ジェネレータより
オチらしいオチが相変わらずないという。
まぁお金をケチろうとしたけど、結果としてケチれなかったあたりがオチといえばオチ。