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三題噺  作者: どらぽんず
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さんじゅうく:自分だけが違う世界で


 これは私が私に宛てた言葉である。

 自身に起こった出来事を整理するために、あるいは、大したことではないのだと笑い飛ばすために書き連ねるものである。



 スワンプマンという思考実験を知っているだろうか?

 私なりにその内容をまとめると、死んだ人間とまったく同一の何かが、その死んだ人間とまったく同じ生活を続けるとき、その二つは同じ人間なのか? という問いかけのようなものだ。

 同一性について考えるための問題提起である。

 よくよく考えれば、当然のように昨日の自分と今日の自分を同じもの――連続しているものだと認識しているが、一度意識してしまうと、それがどれだけ曖昧なものであるのか、恐ろしくなって仕方が無い。

 私は本当に私なのか? 何をもって私を私とするのだ?

 そうやって、自分という足場を疑ってしまうことほど怖いことはないだろう。どんな年齢の人間であっても、積み重ねてきた年月こそが自分であり、それを全て疑うなど正気ではやっていられない。

 ――死んでしまえば楽になるのだろうかと、そんなことを考えるくらいには、辛いことだと実感している。

 なぜこんなことになったのかという経緯を、次に書くことにしよう。

 ただ、結論だけ先に述べれば、どうやら私は、あらゆるものが私の認識とは少しずつ違う世界に迷い込んだようだ。





 その日は休日だった。

 友人と遊ぶ約束をしていた。待ち合わせの場所は地元で有名な――と言っても、これが具体的に誰であるのかなんて殆どの人は知らないだろうが。私も知らないし――誰かを模した銅像の前だった。

 この日に待ち合わせていた友人は、よく遅刻する奴だった。その日も案の定、約束していた時間に間に合っていない。

 流石に慣れたものだったから、待っている間の暇を潰すために読みかけの文庫本を持ってきている。

 それを読んでしばらく待っていると、どん、と少し勢いよく肩を叩かれた。

 今から思い返せば、それがきっかけだったのだろうと思う。

 肩を叩かれた方向から、友人の方へと振り向いた。何をするんだと、少し強めに言ってやろうと思っていたのだが、その光景を見てそんな気は失せてしまった。

 銅像が無くなっていたからだ。

 確かにあったはずのそれが、本を読み始める直前まで存在していたはずのものが、忽然と姿を消していたのだ。誰だって驚くだろう。そう思って、友人にその旨を尋ねてみたのだが、友人は何を言ってるんだこいつはという、怪訝そうな表情を浮かべるだけだった。

 これが最初の違和感だった。私にしてみれば違和感どころではないが、相手がそう思っていないことは友人の雰囲気から察せられた。友人にとっては、銅像が無い方が当たり前なのだと、わかってしまった。

 これ以上質問を重ねるのはよくないと、本の世界に入り込んでしまったみたいだ、なんて恥ずかしい台詞を誤魔化すために吐き捨てて友人から笑われながら、遊びに出かけた。

 しかし、そこでも違和感があった。

 最初は遊ぶ内容が予め聞いていたものと違ったのだ。これはその時の気分で変えたのか、私の聞き違い、覚え違いかと思っていたのだが、友人の好み――食べ物とか飲み物とか、服の趣味とか――が知っていたものとは違うことに愕然とした。

 この友人とは数年来の付き合いがある。これを勘違いしていたというほど、浅い付き合いだったとは思っていない。

 その後も、よくよく見てみれば街の細部が違っていることに気づいた。

 あの店は服屋じゃなかったか? あのデパートのマークはあんなのだったか?

 私が確かに覚えているものと違うものもあれば、そうであったか自信がないものもある。最早疑心暗鬼になっていて、すべて違うものであるかのようにすら感じられて、頭の中がぐちゃぐちゃになって叫びだしてしまいそうになった。

 こんな状態で友人と会話をしていたらどうなってしまうかわからないと考えて、体調が悪いようだと嘘を吐き、友人と早めに別れることにした。

 友人は心配そうにして送り出してくれたが、それすらもう恐怖の対象だった。あれは本当に私が知っている人間なのかと、そう思ってしまったからだ。

 友人と別れた後に自宅に戻って、アルバムやらなにやら、残っている記録を読み漁った。

 やっぱり幾つかのものが、覚えているものと違った形で残っていた。

 しかし、自分の人生にあった出来事をすべて覚えているつもりはない。確かに覚えていると思っているものも、実際は違ったりすることだってあるだろう。それに、人の趣味嗜好だって時間が経てば変わるものだ。嫌いだったものが好きになることもあれば、好きだったものに飽きて嫌い……まではいかなくとも無頓着になってしまうことだってあるだろう。

 そう考えると、これもそうではないのかと考えてしまう。

 銅像だって本当は無かったのではないか? 白昼夢でも見ていたのだろうか? 過去に何度かあの周辺で、あの銅像を目印にと待ち合わせをしたことがあったとしても? 

 最後の確認にしようと、両親にあの銅像について聞いてみたが、そんなものはなかったという答えが返ってくるだけだった。





 これが、私が今感じている自分に対する違和感を抱いた経緯である。

 冒頭で違う世界に迷い込んだようだと書いたが、結局のところはどうなのだろうか。

 スワンプマンの例えを出したのは、自分の中でもそうではないのかもしれないと思うところがあるからだ。

 ある物体に刺激を加えた瞬間に状態が遷移する。これは当たり前のことだが、ここにあり得ない状態というのは存在しない。

 ――違う、そういうことを言いたいんじゃない。頭がこんがらがるが、そう、どんな途方も無い状態であっても、そうなる可能性は存在するということを言いたいのだ。

 だから、この状態を説明するのに適した言葉はいくつか思いつく。私個人の、得られた情報から想像した可能性であり、本当にそうであるかどうかを確かめる術は持ち合わせていないが。

 ひとつは違う世界の自分に入ってしまった、という可能性だ。

 過程はどうであるかは問わない。どこぞのゲームのように、誰かがイフを望んだ結果として歴史が変わり、たまたま私がその変化を認識できたとしたっていいし、あるいは、何か原因があって入れ替わってしまったとか、そんなファンタジーな過程でもいい。

 もうひとつは、以前の私は確かにこれらを当然と認識していて、友人に叩かれた衝撃で頭の中が銅像があるべき世界観を認識している状態と同一になってしまったという可能性だ。

 スワンプマンとは異なるが、この世界のどこにも存在しないとしても、そう認識している状態というのが出来上がってしまってもいい筈だ。それがどんな刺激であっても、脳の中がそういう状態に変化してしまうことだってあるかもしれない。結局、人間は脳で現実を認識しているのだから、脳の中身がそうなれば、認識だって換わるだろう。

 とは言え、ここまでつらつらと書き続けてきたが、結論というのは実際のところどうであってもいい。自分を納得させ、落ち着かせるためには必要だが、その結論が誰から見ても確かであるかどうかは関係がない。少なくとも、私自身にとっては、この事態を表現できる言葉が出てきた時点で用済みだ。次の段階に進むことができる。

 大事なのは、これからどう生活していくのかということだ。

 私の認識が周囲の認識と一致していないこと、それが一番問題なのだ。

 今まで積み重ねてきた記憶が信じられないから、常に新しいことをし続ければならないのと同じようなものだ。だというのに、周囲はそう認識してはいない。この齟齬が厄介で、これからの生活が大変なものになるのではないかと不安になる原因だ。

 人は豹変――急な変化を避ける生き物だ。認識していたものが違うというだけで、周囲は私と距離を置くようになるだろう。そうなれば、平穏無事に過ごすということは難しくなる。私が体験していることは他人にとっては妄想と大差ないのだ。そういうボロを出さないように努めなければならない。

 幸い、人間関係はそう大きく変わっていないことが数日を過ごしてわかっている。他人とのやり取りを慎重に、気を使って行えば、なんとかなるだろう。

 ただ、未練というのとは少し違うが、今の私にとっての現世――つまりあるべき世界にあり、ここでは消えた関係を惜しむ気持ちがないわけではない。

 こうなってしまった原因が何であったとしても、私にとっては、この認識が全てなのだ。それらは私を私としてくれる、大事なものだったのだ。失ってしまうことは、手放さなければならないということは、とても、辛い。他に表現のしようがないが、辛いという言葉では足りないくらいに、辛い。

 しかし、このことを話すことができる相手などどこにも居ない。

 ――ああ、そうだ。だから、こうして書くことにしたのだと、今更ながらに気が付いた。

 私は確かにこう思っていたのだとここに残しておけば、次にこんなことがあったとしても、これが確かな縁になる。

 これから先どうなるかはわからない。出来れば平穏に暮らして行きたいし、次にこれを見ることになる時が来ないことを祈るばかりである。

 だいぶ心は落ち着いた。だから、この話はここでお終いにしよう。折角なのだから、誰にも見られないのだから、少しは舞い上がったような、言葉を記しておくか。



 さようなら、今までの私。

 それでは、新しい自分を始めるとしよう。


今回の条件は以下の通り。

お題:現世、銅像、消えた世界

ジャンル:SF

※三題噺のお題メーカーより。


ジャンルがSFということで少し不思議な話をと思って書きました。

しかし、最後のほうまで書いたあたりで某シュタゲと題材もろかぶりだなと気付いたという。ネタ出し時点ではゲームの設定には頭がいってませんでしたが、よく突き詰めると同じでしたね。突き詰めるまでもないか。

シュタゲと違うところがあるとすれば、頭の中がそうなってしまった理由が明確か否かという辺りが一番大きいですかね。

言い訳が長くなってしまうのでこの辺にしておきます。次もがんばります。

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