ある青年と少女の話(其二)
愛されてどうなるの? 彼は、酷く冷たい声で呟いた。
愛されることは、理解されるということと同じくらい大切なことよ。彼女は、熱を孕んだ声で答える。
青い瞳が、彼を捉えた。
「理解されることと愛されることは違う」
「違わないわ。愛されているのだから、その人はあなたのことを理解してくれているはずよ」
「『愛』と言うのは、理解しているか否かよりも曖昧だ。君は、履き違えてるよ」
「違わないと言っているでしょう? あなたこそ、どうして頑なに拒むの? 誰かに愛されることこそ、生まれた者にとって史上の喜びでしょう?」
顔を赤くする彼女と冷ややかな目をした彼。
話し合いは平行線。
交わる気配など皆無。
彼は口を開くことをやめた。
無駄なのだと、諦めたのだ。
「……黙っていればいいというものではないわ。あなたは、ずっと愛されたかった。でも、愛されなかった。そうでしょう?」
疑問形ではあるが、彼が「いいえ」と答えることを良しとしていない口調。
彼は大きく息を吐きだすと、彼女の白い髪を撫でた。
「愛されたかったのは、君だ。君はどうして、そんなに他者からの愛を求める? 曖昧すぎて手に入れたかどうかもわからないものにどうして縋る?」
ナイフのように冷たく鋭い声。
胸焼けしそうなほど甘い彼女の声とは対照的だ。
彼女はそんな彼をそっと抱きしめた。
「可哀想な子。愛を知らなければ、理解なんてされないのよ」
諭すように、憐れむように、そっと囁かれた言葉。
彼の目が一瞬、見開かれた。
「……私は愛されたかった。けれど、それ以上に、誰かを愛していたかった。誰かを愛すことが、私にとって生きる理由だったから」
「一方的な愛情は、勝手な理解と同じだ」
「そうね。でも、愛されて不幸だと感じる人がいる? 愛されたくないと願う人はいる?」
いないでしょう?
ふわりと笑った彼女は、そのまま宙に浮いた。
現れたのは白い扉。
彼は扉を開けた彼女を見上げた。
「考えなさい。『愛』と一言で片付けられるソレの複雑さを」
そうすれば、少しは変わるわ。
彼女はそう言うと、扉の向こうへ姿を消した。
パタンと静かに閉じる扉。
それが消えるのを見届け、彼は大きく息を吐いた。
「『愛』なんて、自分よがりなモノばかりじゃないか」
浮かんだ記憶、溢れる涙。
どこからか聞こえる懐かしい声。
彼はまだ現れない自分の扉を待ちながら、彼女の言葉を否定し続ける。
『愛』なんて、理解者を得るためには、最も不要なものじゃないか。
彼の言葉は、藍色の闇に溶けて消えた。
*****
「その考えが、人とちゃんと向き合えなくしていると早く気付けばいいのに」
彼のいる闇とは対照的な真っ白な空間に響く声。
それは、彼と話していた彼女のモノ。
その瞳は、悲しげに揺れている。
「『愛』にも色々あるのよ」
あなたに向けられていたのは、一方的だったかもしれないけれど、本当に『愛』だったのよ。
彼女の淋しげな声は、彼に届くことはなかった。