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後編

「羽ケ崎先生」

女生徒の声が耳に届く。彼女から私のことは見えていないので、私は息を殺して待った。

先生と女生徒は、ひとこと、ふたこと言葉を交わすと今度は先生の淡々とした声が耳に入ってくる。

そうして暫くすると会話が聞こえなくなる。


「終わったぞ」

羽ケ崎先生は準備室にある本棚の奥に居た私に声を掛けた。

「相変わらず人気ですね」

「妬いてるのか」

「全然」

里衣りい

私の名前を呼んで手招きされた。椅子に座ると、緑茶が置かれたので顔を顰めてしまった。

隣を見ると先生がコーヒーを飲んでいた。

「私…苦いの苦手です」

「でもコーヒー飲めないだろ?」

だってブラックじゃないですか。砂糖もミルクも置いてないなんて。

「カフェオレなら飲めますよ。あと、紅茶も好きです。」

「嫌なら飲まなくていいぞ」

「…飲みます。有難うございます」

ブラックコーヒーと緑茶なら、緑茶の方がまだ飲める…。

そう思いながらゴクンと一口飲み込む。

「お前はほんと、苦いの駄目なんだな」

「…飲めます」

「その顔でよく言うよ」

「せっかく、先生が淹れてくれたので飲みます」

「無理して飲むことないのに」

困ったように眉を下げて私を撫でた。あれからスキンシップが増えた気がする。

でも、言葉にしてくれない。知りたいと言ったら頭にキスされただけで、それ以上は何もない。二人きりの時間が増えて、時々私の反応を見るように名前で呼んで、スキンシップをする。

それだけ。





「なんかムカムカする」

教室で私がポツリとこぼした言葉に夏江くんが反応した。

「え、何か食べた?」

「食べてない。朝ごはん食べ損ねたし」

「お腹空いてるとか?」

「んー?」

空腹だけじゃなくて、なんて言えばいいのだろうか。お腹に手をあててみる。

それを肯定ととったのか、言葉が続く。

「休み時間に食べといたら?」

「あんまりお腹空いてないかも」


私が否定すると、それ以上勧める気はないのか苦笑した。

「そう。でも、お昼はちゃんと食べてね」

そんな会話をしたので、購買部に向かってます。

向かってるはずでした。ショートカットしようと中庭を通ったのが駄目だったのかな。


「好きです」

廊下を通り階段の手前で、女の子の声が聞こえた。私は曲がり角の手前にいるので女の子の姿は見えない。

女の子が告白している相手の姿はちらっと見えるから、向こうが振り向けば私に気付くと思う。

このまま気にせず階段まで行けばいいんだけど、この告白を横切らないと階段を下りれない。

なんだ、今日はそうゆう厄日なんですか。

「悪いけど」

気だるそうに断る男性の声が耳に届く。断られた女の子の顔を見なくても、すがり付く声が耳に届くので分かった。泣きそうに声が震えている。

そんな声を聞くと私も少し悲しい気持ちになる。私もこの子の様に泣いてしまうかもしれない、と。好きな人に突き放される未来を想像してしまう。

なに弱気になっているのだろう。


声しか聞こえないからって、こんなとこで考えてる場合じゃないのに。

階段の踊り場に背を向けて別の道を行こうとした。途端、声が掛けられた。

「盗み聞き?」

先ほど断った彼と同じ声だ。振り返ると、キラキラしたイケメンがいました。

色素の薄い髪の色、整った顔立ち、氷のような瞳。

あぁ、攻略対象の方ですね。

私は両手で顔を覆った。別に恥ずかしいからとかじゃないです。顔が引きつるのを隠すためです。

だって、今日はおかしい。イケメンで攻略対象さんに声を掛けられたら嬉しいはずなのに空腹からなのか、さっきから視界がゆがんで気持ち悪い。やっぱり朝ごはん食べればよかった。早弁とかすればよかった。


「泣いてるのか?」

そう言って後ろから抱きしめられた。知っている温もりに、ほっと小さく息を吐いて後ろを見た。


「羽ケ崎先生、イケメン見ても胸がときめかないです」

ゲームだとイケメンを見て、きゅんってなるところなのに攻略対象を見てもときめかない。どころか、お腹にまわされた腕が熱い。

「私、面食いのはずなのに」

はぁ、と溜息を吐けば怒ったような声が降ってくる。

「ちょっと黙ってろ」

はい、黙ってます。でも、もう無理です。ぽかぽかとあったかくて安心したので意識を手放した。





この世界で、この学校で、本気で恋なんてする気はなかった。青春っぽく恋に恋しようと思ってた。

でも、私はこの気持ちが分からないほど子供ではない。

分かるから突き放されたくなかったし、距離をとろうとしたのに近付かれると、優しくされるともっと欲しくなる。撫でられたらすり寄りたくなるし、抱きしめられたら抱きしめ返したくなる。


「起きたか?」

白い。それを遮るように羽ケ崎先生の顔が視界に広がる。状況を確認するために頭を動かす。

白いと思ったのはカーテンとシーツでここが保健室だと分かった。のろのろと体を起こす。

「いま、どれくらいですか。昼休みは――」

「昼休みが終わって授業中だ」

思わず眉を寄せた。そんな私を見透かしてか、先生が言う。

「お前、ごはん食べてるか?」

「食べてますよ。今日は食べ損ねましたけど」

「あんまり心配させるなよ」 

そう言いながら怒ってるのか、私の頭を乱暴に撫でる。

「私を甘やかしたいのか突き放したいのか、どっちかにしてください」

思ったよりも冷たい声が自分の口から出た。

あぁ、可愛くないな。恋に恋しようと言ってた口はどの口だ。それでもまだ言い足りない。

「はっきり言ってくれないですよね」


「言葉で縛るつもりはないから」

「え」

間の抜けた声が私の口から出た。


「これでも手を出さないように頑張ってるんだ」

縛るって何だ。どういう意味ですか。頑張って寝起きの頭を動かす。

「出してるじゃないですか」

触れるか触れてないで言ったら、触れてる。先生のスキンシップは多い。

伸ばされた手が頭に触れず、そっと顔を包み、指が唇に触れる。


「ここにはしてないだろ。それ以上も」

何を言えばいいのか分からず、先生の言葉を聞きもらさないように次の言葉を待った。


「校外で会うつもりもない」

先生の言葉をパズルのように繋ぎ合わせて、私は小さく息を吐いた。

やっぱり先生の言葉は分かりづらいですよ。


「せんせ、って真面目だったんですね」

「心外だな」

先生は大げさに、おどけてみせた。

悔しくなる。その余裕を取っ払いたい。

私はベッドから足を出して距離をつめる。

「ちょっとぐらい手出していいですよ」

頬――といっても唇の端のギリギリ頬――にキスする。

唇はちゃんととってあるのでセーフですよね?

「煽るなよ」

押し倒すようにベッドに戻され、首筋に噛み付くようにキスされた。

「せんせ、」

名前を呼べば視線が絡み合う。唇が降ってきたので目を閉じると瞼にキスされた。

その、ボーダーラインを超えてほしい。

「縛ってくださいよ」

挑むように見つめれば、彼は目を見張った。そして、


ぐー最悪のタイミングでおなかが鳴った。

言葉が途切れてしまった。まぁ、いいや。お腹の言い訳が先だ。

「お昼まだなんです」

へらっと笑えば、先生にデコピンされた。





「お前はもっと我がまま言え」

「…はぁ」

溜息なのか相槌なのか中途半端な声が出た。開けたままの口で、おにぎりにかぶりついた。

やっぱり、梅が一番シンプルでおいしいな。って思ってたら喉が渇いたことに気がついた。

準備室でお昼ごはんです。おにぎりは先生がくれました。

「せんせー、緑茶でもいいんで勝手に飲んでいいですか」

別に苦くてもいいから何か飲みたい。さっさと席を立って緑茶とコーヒーが入ってるカゴに手を入れると「勝手に使え」と諦めのような言葉が返ってきたのでお礼を言ってポットのお湯も入れる。

「先生、コーヒーいります?」

先生はたっぷりと数秒沈黙した後、息を吐いた。

なに、怒ってるんですか。いらないって言われなかったので勝手にカゴの中からカップとコーヒーを取り出す。

あ、インスタントですよ。ここにはお湯の入ったポットしかないですからね。

それにしても、カゴの中色々入りすぎじゃないですか。前はお砂糖なんて入ってなかったのに――


「おい」

いやいや。勝手に使えって言ったのは先生ですよ。

別に私の前に緑茶とコーヒーがあっても何の問題もないですよね。砂糖もあるとこですし。

ちゃんと先生にもコーヒー淹れましたよ。ちらっと先生を見ると紙パックが差し出された。

「カフェオレなら飲めるんだろ」

「先生、甘いですよ」

封が開いてない紅茶のパックも、砂糖も、ミルクも全部甘すぎますよ。

ふふ、と自分の口から笑みがもれる。もう、なんでこんなに可愛いことするんですか。

「羽ケ崎先生」

私はいたずらを思いついた子供のように笑った。

「好きです」

キスは返ってこなかったけど、抱きしめられた。

「…返事は卒業式の後でもいいか」

いいですよ。学校生活の三分の一も終えてないので、まだ先の話ですがその言い方だとほとんど返事じゃないですか。期待しますよ。ふつふつと湧き上がる嬉しさに笑みをおさえることなど出来なかった。


'15.8.30修正

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