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挨拶は基本

 数分間、俺と女騎士さんは、どこかも分からない所をあっちこっちに走り回っていた。殆ど目を伏せていたから、どこを走っていたのか皆目見当も付かない。

 気が付けば、俺達は濃い霧に包まれた森の中にいた。いや、前からずっといたのかもしれない。なんせ、今見えている光景は、あの場所に落ちてから周りを見渡した時と何ら変わりないのだから。


「どうやら撒いたようだな…もう大丈夫だ」


 女騎士さんが、俺を安心させるように声をかけてくる。てか、やっぱり日本語にしか聞こえないよな、うん。より詳しく言うと、洋画の吹き替え、みたいな?女騎士さんの喋ってる内容と、口の動きが微妙に合ってないし。…それはそれで、どうなってるんだ?


「…どうした?驚いたような顔をして。…まさか、恐怖で口が利けなくなってしまったか?だが案ずるな。私が付いている」


 いや、安心させようとしてくれるのはありがたいんですけどね。あのオーク(仮)よりも、あんな騒々しい逃げ出し方した時の方がよっぽど心臓に悪いというか。俺、映画でああいうの見た事あるぞ。民間人を連れた警官とか兵士が戦場のど真ん中を突っ切るってやつ。


「ええっと…ありがとう、ございます」


 しかしだ。助けてもらったのには変わりないし、ちゃんと礼を言うのが筋ってもんだ。ちゃんと礼言える。オレ、エライ。


「なんだ、喋れるのではないか。全く…」


 女騎士さんが呆れたように溜め息を吐きつつ、しかしその顔には安堵のようなものが伺える。あらら、心配、掛けちゃったっぽい?


「しかし、驚いたぞ。いきなり召喚鏡が光り輝き、辺り一面が光で何も見えなくなったと思ったら、気が付いたら君があそこに転がっていたのだから」


 召喚…キョウ…今日?んなわけあるか。多分何かのアイテムの事だろうから…鏡の事か?

 もし鏡の事だとしたら―


「もしかしてそれって、手鏡みたいなやつ?」

「…!何故君がそれを知って…もしや、持っているのか!?」


 え、もしかしてまずかった?

 ま、まぁ慌てるこたない。とりあえず正直に実物を見せれば…って、そういや俺あの鏡に吸い込まれたんだから、その鏡がここにあるわけねぇわな…でも念の為に確認しておこう。幸いな事に、愛用の肩掛け鞄は無事だ。非常事態時の鉄則その壱、持ち物の確認を怠らない事。もしかしたら、窮地を脱する為のキーアイテムが入ってるかもしれないからな。


「ええっと、ちょっと待ってくださいね…持ってるかどうか分かんないッスけど…」


 一応予防線は張っておく。こうしておかないと、無かった時に色々言われちゃかなわんからな。

 …つっても、大抵の場合効き目ないんですがね。


 それはともかく、ええっと、やすり…スタンガン…マッチ―ライターはあの村のどっかに落としちまったんだ、テヘペロ☆―…あと霊険あらたかだとかで評判の魔除けの札…それにあの村で拝借した花火玉…うわ、何時の間にあの鈍色の球が鞄の中に…うん、それは後回しだ。見た所、あの鏡は見当たらない。


「あー、持ってないですねぇ…まぁその鏡に吸い込まれたんだから、当然っちゃ当然ですけども」

「吸い込まれた?…成程、そういう事か」


 どうも訳知りらしい。

 女騎士さんはしばらく思案するように手で口元を隠し、そして話す事を決断したのか、その口を開いた。


「…恐らくだが、私が君を召喚した(呼び出した)のかも、しれない。無意識の内に、と前につくがな」

「無意識に…召喚?」


 そういえば、さっき召喚鏡とかいうのが光って、俺が出てきたって言ってたな。そうか、あっさりスルーしそうになってたけど、そんなアイテムがあるなら、ここにはそういう技術…てか魔法?が普通に存在するのか。いやぁ、召喚なんてもん、普通は見る機会なんてないからなぁ。まぁ俺は割と見かけるけど。さっきも見たし。でも大体失敗するイメージしかないなぁ…。

 しっかし、そこから考えると、ここはやっぱりファンタジーの世界なのかな。俺の知るファンタジーに、あんなゲテモノオークなんていないけどさ。


「召喚って、基本的に意識してやるものじゃないんですか?」

「そうなのだが…私が、否、我が一族に連なる者達だけが所持を許されるこの召喚鏡は、ちと特殊らしくてな」


 女騎士さんは微妙に困ったような表情を浮かべそう言うと、自身の懐をまさぐり、見覚えのある手鏡を取り出した。妙に機械的な手鏡。間違いない。俺を吸い込んで変な空間に飛ばした、あの手鏡だ。


「あ、それです。俺が吸い込まれたの」

「何?本当か!?」

「間違いないですって。こんな鏡、これぐらいしか知りませんて」


 えらい食いついてくるじゃないの。そんな謎多きアイテムだったのかアレ…あっ、なんかいい匂い…じゃない。硝煙の臭いだコレ!俺臭った事あるからわかるんだ!間違いねぇ!


「あの…あんまり近づかれると困るんですが…」

「む?…ああ、すまん。そうか、君も見た所、その、年頃そうだしな…」


 あっるぇー?なんだか勘違いされてる気がするぞー?まるで俺が、美人さん相手でドギマギしてるみたいじゃないか。

 まぁ普通はドギマギするんだろうけどさ。…うん。色々、あったしな。

 それはともかく。そろそろ相手の名前聞いといた方がいいタイミングだと思うんだ。流石に、女騎士さん、だなんて呼べないし。


「あの、それはそうと、お名前聞いても…」

「ん?ああ、そうだな。召喚されたという事は、私の事を知らなくても何の不思議もない」


 …さっきからずっと思ってたけど、召喚された俺との接し方といい、えらいスムーズに話が進むな…今までの経験からにして、何かしらゴタつくとばかり思ってたのに。


「私の名はサベディアウヌ=ダラヌーン=ヴァールディニウヌだ。よろしく頼む」

「…え?」


 と思ったら、思わぬ形でゴタつく事になろうとは。

 名前がサベ…なんつった?全く何言ってるのか分からなかったんだけど。いや、正確には、名前が長すぎて上手く聞き取れなかった、というのが正しいだろう。


「ぬ、聞き取れなかったか?我が国の人間ならこれぐらい普通に覚えられるというのに…やはり、遥か彼方の地から呼ばれてきたのだな、君は」


 …どうも、この人と俺では、まるっきり物の考え方ってやつが違うらしい。長い名前を覚えるのが当たり前?そりゃ、物覚えの良さなんて個人差があるだろうけどよ。皆覚えられるって、何時の時代の何処の人間なのさ…歴史の授業かって。


「…え、ええと、愛称とかそういうのは…」

「愛称?確か、他の国にある文化であったか。しかしだな、我が国では普通に名の一つを呼ぶのが当たり前なのだ。だが、流石に異国の者にそれを私が強いるというのも…」


 へぇ、愛称とかニックネームとか、そういう文化ない国なのね。でも不便じゃないのかねぇ…。


「…じゃあ、もう一度名前聞かせてもらえます?ゆっくり、ね。そこから愛称考えるんで」

「承知した」


 そして再度、女騎士さんの名前を聞いたのはいいんだけど、これは早口だとかそういうんじゃない。その、すごく…呼びづらいです…。ちなみに女騎士さんの本名、こっちの言葉で言えばミドルネーム・姓・名の順番らしい。異世界ってめんどくさ…もとい、色々と勝手が違うなぁ。


 この後、大体四回か五回ぐらい聞き直したが、ちゃんと覚えたら覚えたで、女性らしさのある愛称がどうしても思いつけなかった。かと言って、いちいち本名を言うのも、主に俺の舌が追いつかないような気がするし。

 その結果、(本人曰く)本名の中で俺がそれなりに呼びやすそうなヴァール呼びになりましたとさ。


 …世界が違うと、女らしさの基準も違うのか。

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